二十七話 撒き散らされる不幸
翌日。光葵が昨日同様、アジトに向かっている途中でスマホに三件の通知が入る。
なんだ? 若菜がメッセージを送ってきたのか? などと思いスマホを開く。刹那、身体の芯から戦慄した。メッセージは空手道場の友人からのもので、以下の内容が書いてあった。
「親愛なる日下部君。やっと君と都合良く逢える場所が分かったよ。君を探すのに僕は随分と苦労したよ。身体もボロボロだったしね。君と逢えると思うと胸が高鳴るよ」
「今から三十分経過するごとに一人ずつ道場生を殺していくね。状況は送ってる写真を見てもらえば分かると思う。じゃあ、逢えるの楽しみにしてるよ!」
添付された写真には、血溜まりの上に倒れる多数の道場生、そして師範の姿があった……。
内容を読み終えた瞬間に光葵は《身体強化》を使い道場に向かって駆け出していた。
――嘘だろ……。俺のせいでみんなが……! 頼む間に合ってくれ――。
「おお~。ぴったり三十分で到着だね! 逢いたかったよ、日下部君。ちょうど二十日ぶりだね」柔らかな笑顔を貼り付けたまま漆原は話しかけてくる。
「お前……何で……」目の前に広がる惨状に言葉が出てこない……。
「ああ、何で君の通う道場が分かったのかかい? 背丈や雰囲気から高校生と当たりをつけて、君と逢った町周辺の高校五つをしらみ潰しに張り込んだのさ。五十メートル圏内に入らないように遠くから望遠鏡でね」
漆原は手で望遠鏡のように丸を作る。
「それで登校中の君を見つけたんだ。君が放課後帰ったのを確認した上で、帰り際の生徒何人かに声を掛けた。日下部君の名前と見た目の特徴を伝えて『お世話になった人で、どうしてもすぐに渡さないといけないものがある』とか伝えて、生徒から逢えそうな場所を聞き出したんだ」
「……違う。何で無関係の道場のみんなを巻き込んだ……?」声が震えているのが分かる。
漆原はキョトンとした顔をする。「ははは! 君は本当に面白いことを聞くね。そんなの決まってるじゃないか。真正面から戦ったら勝ち目が薄いのと、君の色んな表情が見たいからさ!」
「……お前は……本当に狂ってるな……ぶっ飛ばしてやる……!」
「僕は狂ってなんかいないと思うけどなぁ。君達も同じだよ。映画とか小説を読んで、出てくるキャラクターの色んな表情や葛藤を見るのが好きでしょ? それを直接自分でするかどうかの違いでしかない」
自分の感覚が普通だと心底思っている、何の偽りも感じさせない口調だ。
「お前は『悪』だ。人を傷つけることに何の躊躇いもない。もう黙れ……!」
「『悪』だなんて、何を基準に決めてるのさ。僕には分からないな……。ああ、そういえば同じようなことを言ってた褐色肌のポニテの女にも追いかけ回されたなぁ。最近流行ってんのか? 正義の味方って奴目指すの」
漆原は挑発したような口調で言葉を吐く。
光葵は漆原と話している間に、極限まで高められた集中力で生きている道場生が何人いるかを〝知覚〟しようとしていた。
おそらくだが、十六人いるうち八人は生きている……と言っても死にかけている……。位置はまばらだ。
漆原の問いには答えず、一気に道場の中央に走り込み、生きていると思われる人に《回復魔法》《プロテクト魔法》をかける。
「おっ! 意外と冷静?」と言いながら、漆原は回復魔法等をかけていない道場生に向かってサプレッサー付の拳銃を撃ち込む。
咄嗟にプロテクト魔法を使い銃弾が道場生に当たる前に弾く。
「前よりもずっと反応速度が上がってるね。でもこの人数を守りながら戦えるかな?」
光葵の知覚している感覚が告げている。既に半数は殺されている。それでも、もし生きているとしたら……そう思うと、身体が勝手に守るための行動を取ってしまう。しかし、全員にプロテクトをかけている程マナの余力は無い……。
「ウォオオオオ!」雄叫びを上げながら漆原に氷魔法での中距離攻撃を仕掛ける。
「あれ? それ平田さんの魔法じゃん。爆破で死んだと思ってたよ」漆原は軽薄な驚き顔をする。
「黙ってろ!」
早くこいつを倒してみんなを回復させたい――。
だが、漆原の立ち回りは〝今の状況〟を最大限に活かしたものだった。常に道場生が後ろにいる位置取りをし、光葵が全力で攻撃することを牽制していた。
「ほらほら、そんな動きじゃ守れないよ?」
適宜道場生に撃ち込まれる銃弾、そして光葵の急所を狙って放たれる銃弾を防ぎ続けるのは至難の業だった……。
そして、ダメ押しで手榴弾が二つ投げ込まれる――手榴弾をプロテクトで包み込む隙を狙い、銃弾が光葵の左胸に衝撃を与える。
「ガハッ……!」血が口まで上がって来ているのが分かる。
「ありゃ、心臓を撃ち抜いたつもりが外したかな?」漆原は軽い声を上げる。
「……急所ばかり狙ってきてるのが分かりゃ……防げる……」とは言ったものの、複数箇所にマナを使ってる影響でプロテクトの強度が低く、ダメージはかなりのものだ……。
「ははは、そっか。いやぁ、戦争参加者だと殺しがいがあるなぁ」
漆原は子どもが新しい玩具で遊ぶように無邪気に〝邪悪な笑み〟を浮かべる。
「クソ野郎が……! 命を奪うことで撒き散らす不幸をお前は何とも思わねぇのか?」
「最初にも言ったじゃん。僕は人の色んな表情が見たくて、その手段を自分で取ってるだけ。ただ、衝動に従ってるだけだよ」
そう言いながら、左手が青白く光ったかと思うと、少しずつ何かが形を成していく――それは、サプレッサー付の拳銃だった。
「なっ……。お前武器が作れるのか……?」驚愕で声が自然と出る。
「そうだよ? 固有魔法が《生成魔法》なんだ。コレのおかげですごく助かったよ。凶器の調達に足が付かないからね。まあ、正確には生成魔法の下位互換の《具現魔法》を使ったんだけどね。生成魔法は一度作ると残り続ける。具現魔法は一時的に具現化してるだけだから、一定時間経つとマナレベルで分解されちゃうんだよね……。でも逆にそれがよかった! 完璧に凶器の足が付かないからね」
トリックの解説をしている名探偵のように得意げな口調だ。
「じゃあ……お前は今まで『具現魔法』で凶器を全て変えながら殺しを続けてたのか?」
「大正解! 色んな表情が見たければ凶器も変えた方がいいと思ってね。あと、警察の捜査の攪乱にもなるし。いや~、ナイフから銃、鉄線、チェーンソー色々使ったなぁ」
……聞いているだけで頭がクラクラしてくる。
「さて、じゃあ今度は二丁拳銃でいくね。守り切れるかな……?」
漆原が銃を撃つ前にできる限り氷魔法を使い攻撃をする。しかし、全力での攻撃ができなく、かつ道場生に常に意識が割かれている状態であり、徐々に追い込まれていく。
「もう限界かな? こんな攻撃はどう?」そう言い、道場生の死体を蹴り上げてくる。
咄嗟に受け止める。そこで俺は〝一番見たくなかった人物〟を見る。
「若菜…………」
時が止まったような、それでいて走馬灯の如く、若菜との記憶が溢れ出してくる……。
小さい頃から一緒について来てやんちゃに遊んでいた姿、小学生の時に一緒に空手がしたいと言い一緒に道場に通うようになった姿、今朝も優しく微笑んでいた姿……。
「あれ? どうしたの? もしかして好きな子だったとか?」
「若菜……。若菜ちゃん……。若菜……」
光葵と影慈は〝限りなく近い感情〟になっていた。
若菜を巻き込んでしまった後悔、そして目の前にいる仇敵への明確な殺意……。
「いいね! その顔が見たかったんだ! もっと、もっと見せてくれ!」叫び声が聞こえる。
どのくらい時間が経ったのかも最早分からない。ただ、光葵と影慈の心は一つになっていた。それだけは分かる。きっとコレが〝人格の共存〟なのだろう。
――左の瞳は琥珀色、右の瞳は陰のある黒へと変わる――。
途端に光葵の周囲から黒い霧のようなものが出現する。
「なんだ? まだそんな魔法を隠していたのか。まあいいや、もっと絶望する顔を見せてくれよ!」
漆原は二丁拳銃を構え直す。次の瞬間、漆原の全身を黒い霧が覆う。
「何が起こっている?」
〝光葵、影慈〟は《闇魔法》を使えるようになったことを知覚する。
「でも、そんなことはどうでもいい。ただ、こいつを殺せれば。それだけでいい……」
その後の事はほとんど覚えていない。気が付けば、仇敵は地べたに這いつくばり、闇魔法で抑えつけられ身動きが取れなくなっていた。不敵なような満足げな笑みを浮かべながら……。
「あ~、もっと君の絶望して苦悶する顔が見たかったのに……。でも、色んな表情が見れてよかったよ。そこまで明確な殺意だけに満ちた顔は初めて見れたし」
「……死ね」ただ、殺意だけを込めた言葉が口から出る。
「殺される側はこんな気持ちなんだね。圧倒的な絶望、生存本能が逃げろ、生きろと警鐘を鳴らす……。それが分かったのも嬉しいよ……ありがとう日下部君……」
漆原はそのまま闇魔法に飲み込まれて完全に破壊し尽くされる。
道場生で生きていた八人は回復魔法が功を奏し、何とか命を繋ぎ止めた。
救急車と警察を呼び、〝光葵、影慈〟は無言で待ち続けた。サイレンが聞こえてきたタイミングでその場を後にした……。




