ep.67 気配と声と、島の精霊たち
朝、畑の端に立つと、空気が少し違っていた。
風はないのに、葉がひとつだけ、ふわりと舞った。
「……?」
孝平が見上げると、枝の影が一瞬だけ揺れた。
その下に、昨日はなかったはずの小石が、ぽつんと転がっている。
「……気のせい、じゃないな」
「精霊さんたち、ちょっとずつ起きてきてるみたいだよ~♪」
ミミルが、パンをかじりながら言った。
「昨日のパン、土の精霊さんが気に入ったんだって~」
「……パンで起きるのか、精霊って」
「うんっ。おいしい匂いとか、あったかい気配とか、そういうのに弱いの~」
「……なんか、思ってたより生活感あるな」
その日、孝平は畑の隅に、干し実をひとつ置いてみた。
朝の光の中で、それはきらりと光った。
すると、木漏れ日が一瞬だけ強くなり、
影が、まるで“ありがとう”と頷くように揺れた。
「……光の精霊、か?」
夕方。
焚き火のそばで、孝平はぽつりとつぶやいた。
「……声は聞こえないけど、気配はあるな」
「うんうん。最初はそれでいいの~」
ミミルが、しっぽで◎を描く。
「精霊さんたち、急に話しかけたりしないから。
でも、“暮らしてる”って伝わると、ちゃんと返してくれるよ~」
「……返してくれる?」
「うん。たとえば、石が並んでたり、葉っぱが落ちてきたり。
それが“返事”なの~」
孝平は、焚き火の火を見つめた。
「……会話って、言葉だけじゃないんだな」
「そうそうっ♪ 暮らしの中に、ちゃんと“声”はあるの~」
その夜。
畑の端に、またひとつ石が増えていた。
昨日の石と並んで、まるで“並べた”ように。
孝平は、そっとその前に干し実を置いた。
「……おやすみ。明日も、よろしくな」
風は吹いていない。
でも、葉が一枚だけ、ふわりと揺れた。
今回は、島の精霊たちが少しずつ目覚めはじめる回でした。
言葉はなくても、気配はある。
返事はなくても、応えはある。
そんな“暮らしの中の対話”を、孝平は少しずつ感じ取っていきます。
精霊たちは、派手に登場したりしません。
でも、確かにそこにいて、暮らしの中でそっと“返して”くれる。
それが、この島の静かな魔法です。
次回は、精霊たちとの“最初の約束”が描かれます。
火の輪の暮らしが、島と本当に“つながる”瞬間を、どうぞお楽しみに。
それじゃ、また火のそばで。




