ep.66 火のあと、土のまにまに
朝の光が、島の土をやさしく撫でていた。
昨日までの喧騒が嘘みたいに、静かだ。
風も、波も、ぽぷらんも、今日はおとなしい。
孝平は、ひとりで畑に立っていた。
鍬を握る手に、ほんの少しだけ力が入る。
「……さて。こっちは、こっちの火を守らないとな」
土はまだ冷たい。
でも、昨日までの“誰かの足音”が、ちゃんと残ってる。
咲姫が笑って走った跡。ナギが転びかけた場所。
ぽぷらんが◎を描いた、あの小さな丘。
「……よし。まずは、畝を増やそう」
鍬を振るたびに、土が応える。
ぽふっ、ぽふっ、と。
まるで「おかえり」と言ってくれてるみたいだ。
*
「……あれ? パンの匂い?」
背後から、ふわっと白いもふもふが飛びついてきた。
「わ~い! パンだパンだ~! やっぱり来てよかった~♪」
「……誰?」
「ミミルだよっ! うさちぁんの使い魔で~す!」
「……監視役?」
「ちがーう! 見守り役っ! あと、パンの味見係っ!」
孝平は、焼きたてのパンをひとつ差し出した。
ミミルはそれを両手で受け取って、にっこり笑った。
「うん、おいしい! これなら、島の精霊たちも喜ぶよ~♪」
「精霊って……あの、気配のやつらか?」
「うんうん。最近、ちょっとずつ目覚めてきてるみたいだよ~」
ミミルが指さした先、畑の端っこで、
小さな石がひとつ、ころんと転がった。
「……あれ、昨日はなかったな」
「でしょ~? 土の精霊さん、孝平くんの畑、気に入ったみたい♪」
*
その夜。
焚き火のそばで、孝平はぽつりとつぶやいた。
「……火の輪って、どこまで広がるんだろうな」
ミミルは、パンの耳をかじりながら答えた。
「さあ? でも、広がるよ。だって、ここに“火”があるもん」
「……そうか」
火は、もう胸の中にある。
それなら、どこにいても、始められる。
*
翌朝。
畑の端に、ひとつの杭が立っていた。
そこには、木の札がくくりつけられている。
──エルシンポリア・南の畑
誰が書いたのかは、言わずもがな。
でも、風がそれを読んで、ふわりと笑った気がした。
ナギが火を受け取り、咲姫たちが旅立ったあと。
ウンヌツギヘには、静かな朝が戻ってきました。
でもその静けさは、空っぽじゃない。
昨日までの気配が、ちゃんと土に残ってる。
それを感じながら、孝平はまた“暮らし”を始めます。
そして、ミミル登場。
ふわふわでお節介な白ウサギ。
でも、ただのマスコットじゃない。
彼女は“暮らしのナビゲーター”であり、
ときどき孝平を強制的に休ませる、ちょっと厄介な味方です。
次回は、島の精霊たちが少しずつ動き出します。
風のない島に、気配と声が戻ってくる──そんな予感のする回になる予定。
それじゃ、また火のそばで。




