ep.63 火のそばにいられなかった
ナギは、灯壺の火を見つめていた。
その目に、遠い記憶の色がにじんでいた。
「……火の輪を出たとき、何も持たなかった。
火も、名前も、全部置いてきた」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描く。
けれど、ナギは目を伏せたままだった。
「火が、怖かったんだ。
あたたかくて、優しくて、でも……
あの火は、俺にとって“別れ”の象徴だった」
*
「誰かを、見送ったの?」
咲姫の声に、ナギはうなずいた。
「大事な人がいた。
でも、その人は“火の輪に残る”って言った。
俺は、それを受け入れられなかった」
「だから、出ていったんだね」
「うん。火のそばにいると、思い出すから。
あの夜の火を、あの人の背中を」
*
孝平が、灯壺の火を見つめる。
「でも、戻ってきた。どうして?」
「風に押されたんだ。
……いや、違うな。火に、呼ばれたんだと思う」
ナギが、ぽぷらんの◎を見つめる。
「この火は、あのときと違う。
誰かを焼く火じゃない。
誰かを迎える火になってる。……そう思った」
「それなら、もう一度、そばにいてもいいよね」
咲姫が、そっと灯壺に手を添える。
「火は、変わる。人も、変わる。
だから、戻ってきてくれて、うれしいよ」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描いた。
その輪の中で、火がふわりと揺れた。
ナギが火の輪を離れた理由は、“別れの火”だった。
誰かを見送る火の記憶が、彼にとっては痛みだった。
だからこそ、火のそばにいることができなかった。
でも、火は変わる。
燃やす火から、迎える火へ。
その変化を、ナギはウンヌツギヘで感じ取った。
火の輪の火が、ただの記憶ではなく、
“今ここにある灯”として彼を迎えたことで、
ナギの中でも何かが変わりはじめた。
次回は、ナギが“火を受け取る”回。
ホムラノワ号が、その橋渡しをする場面です。
それでは、また火のそばで。




