ep.62 ナギ、風のように
その朝、島の西側に、ひとつの舟が流れ着いた。
帆は裂け、舵も折れていた。
「……誰か、いる」
咲姫が、波打ち際に駆け寄る。
舟の中には、ひとりの人物が倒れていた。
風にさらされた髪、薄い外套、そして胸元に刻まれた◎。
「火の輪の……印?」
孝平が、そっとその人物を抱き起こす。
「……ナギ、だ」
イサリが、目を見開く。
「知ってるの?」
「昔、火の輪にいた。
でも、風のように去っていった人だよ。
ウンヌツギヘには……来たことないはずだ」
*
ナギは、目を覚ました。
けれど、すぐには何も語らなかった。
ぽぷらんが、しっぽで◎を描く。
ナギは、それを見て、かすかに笑った。
「……まだ、灯ってるんだな。火の輪の火」
「うん。今は、ここにも灯ってる」
咲姫が、そっと答える。
「じゃあ、帰ってきた意味がある」
ナギの声は、風のようにかすれていた。
今回は、風に導かれて現れた“ナギ”の登場回。
彼はかつて火の輪にいたけれど、ある日ふっと姿を消した。
その理由はまだ語られていないけれど、
火の輪の火が、彼を再び呼び寄せたのは間違いない。
ウンヌツギヘは、地図にも記されていない孤島。
誰かが“意図して”来られるような場所じゃない。
それでも、ナギはここにたどり着いた。
それは、火の輪の火が届いた証であり、
この島が“迎える場所”として目覚めはじめた証でもある。
次回は、ナギの過去と、火の輪を離れた理由。
そして、彼が再び火のそばに戻ってきた理由が語られます。
それでは、また火のそばで。




