ep.59 ウンヌツギヘの火
風が変わった。
ホムラノワ号の帆が、またふっと揺れる。
「……呼ばれてる」
咲姫が、ぽつりとつぶやいた。
「どこに?」
「ウンヌツギヘ。さっきの碑に刻まれてた、あの名前」
*
海の色が、少しずつ変わっていく。
青から、灰銀へ。
波の音も、どこか低く、深くなっていく。
「このあたり、地図には何もないはずだけど……」
瑛里華が素材録を閉じる。
「でも、風は知ってる」
イサリが、舵を握りしめた。
*
やがて、霧の向こうに島が現れた。
火の輪に似ている。けれど、違う。
「……火が、逆に燃えてる」
果林が、島の中央に立つ火を見つめる。
それは、内側に向かって燃えていた。
「“迎える火”じゃなく、“閉じる火”だ」
孝平が、静かに言った。
「でも、ここにも誰かがいたんだ」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描く。
けれど、火は反応しない。
「……火の輪の火じゃないのかも」
「いや、違う。これは“忘れられた火”だ」
イサリが、足元の砂をすくう。
そこには、かすれた◎の跡があった。
*
夜、島の火のそばで、誰も言葉を発さなかった。
ただ、ぽぷらんがしっぽで◎を描き続けた。
やがて、火がふっと揺れた。
そして、内側に燃えていた炎が、外へと広がった。
「……灯った」
「火の輪の火が、ここにも届いたんだ」
孝平が、そっと火に手をかざす。
「ウンヌツギヘ――
忘れられた火が、また誰かを迎える場所になる」
“似ているけれど、違う”火の輪。
今回は、そんな場所との出会い。
ウンヌツギヘという名前は、
風が運んできた“記憶のかけら”のようなもの。
そこにあった火は、迎えるためのものではなく、
誰にも見つけられないように、そっと閉じられていた。
でも、ぽぷらんの◎が、それを開いた。
火の輪の火は、忘れられた場所にも届く。
次回は、この島に残された“最後の灯”をめぐる回。
誰が、なぜ、火を閉じたのか――
その理由が、少しだけ明かされます。
それでは、また火のそばで。




