ep.58 風の記憶と、灯のかけら
風が変わった。
ホムラノワ号の帆が、ふっと揺れる。
「……潮目が、動いた」
イサリが、海の音に耳を澄ます。
「何か来る?」
「いや、“何かがいた”って感じ」
*
入り江を出てしばらく、
海の上に、ぽつんと浮かぶ小島が見えてきた。
「地図には、ない島だね」
瑛里華が素材録をめくる。
けれど、そこには何も記されていなかった。
「寄ってみよう」
孝平の声に、誰も反対しなかった。
*
島には、誰もいなかった。
けれど、風が残っていた。
「……これ、火の輪の風だ」
咲姫が、草の間に落ちていた布を拾い上げる。
それは、火の輪の灯守が使っていた、古い帆布だった。
「誰かが、ここにいたんだ」
「そして、火の輪を目指してた」
果林が、帆布の端に縫い込まれた◎を指差す。
「ぽぷらんのしっぽ……じゃない。
でも、同じように描かれてる」
「火の輪の火は、ここまで届いてたんだね」
*
島の中央に、小さな石碑があった。
そこには、風の記憶が刻まれていた。
『この島に、火を灯した。
いつか、誰かが見つけてくれるように。』
孝平が、そっと碑に手を当てる。
「……見つけたよ」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描いた。
風がふわりと吹いて、碑の上に火が灯った。
それは、確かに“火の輪”の火だった。
今回は、“風の記憶”との出会い。
誰かが残した火の痕跡を、ホムラノワ号が見つける回。
火の輪の火は、ただ燃えているだけじゃない。
誰かの願いや、祈りや、旅の記憶を、
風に乗せて、遠くまで運んでいる。
そして、受け取った誰かがまた、
その火を灯しなおす。
そうやって、火の輪は広がっていく。
次回は、風の記憶をたどって、
ホムラノワ号が“もうひとつの火の輪”に出会うかもしれません。
それでは、また火のそばで。




