ep.53 素材録:ローミスリル
火の輪の裏手にある岩場。
そこに、ぽっかりと口を開けた小さな洞窟がある。
孝平とぽぷらんは、そこへ足を踏み入れていた。
「このあたり、前にミオたちと来た場所だよね」
ぽぷらんが、しっぽで壁をなぞる。
岩肌には、かすかに青や赤の筋が走っていた。
「うん。あのとき見つけた鉱脈、もう一度ちゃんと調べておきたくて」
孝平は、素材録を開きながら、足元に注意して進んだ。
*
洞窟の奥へ進むにつれ、空気が変わっていく。
ひんやりとした風の中に、かすかな熱が混じっていた。
壁のひび割れから、赤銅色の光がにじみ出している。
「……あった」
孝平が、そっと手を伸ばす。
指先に、じんわりとした温かさが伝わってきた。
「これが……ローミスリル」
赤銅色に鈍く輝く鉱石。
手に取ると、まるで心臓のように、ゆっくりと熱を返してくる。
「魔力を蓄えて、少しずつ返す性質があるんだよね」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描いた。
「火の輪の火と、相性よさそう」
孝平は、慎重に鉱石を掘り出し、素材録に記録していく。
ローミスリル:赤銅色の魔法鉱石。
熱と魔力を蓄え、時間をかけて放出する。
火の輪の火に近づけると、共鳴して脈動する。
*
さらに奥へ進むと、空間が広がっていた。
天井からは、かすかな水音が響いている。
岩の隙間から、ぽたぽたと水が滴り落ちていた。
「……水の気配がある」
ぽぷらんが、耳をぴくりと動かす。
「この先、何かあるかも」
孝平は、足元の岩を踏みしめながら、そっとつぶやいた。
「火の輪の下に、まだ何かが眠ってる気がする」
素材録のページが、風にめくられた。
次の記録を待つように、白紙のまま、静かに揺れていた。
今回は、火の輪の地下に眠る“ローミスリル”をめぐる素材録の回でした。
赤銅色の鉱石が、じんわりと熱を返してくる感触――
それは、火の輪の火とどこか似ていて、
「すぐに燃え上がらなくても、少しずつ温めていく」そんな在り方を感じさせてくれます。
孝平とぽぷらんの探索は、派手な冒険ではありませんが、
一歩ずつ素材と向き合い、記録し、火の輪の暮らしに繋げていく――
それこそが、クラフトアルケミストとしての彼の旅なのだと思います。
そして、洞窟の奥に響いた“水の気配”。
火の輪の下には、まだ何かが眠っているようです。
次回は、イサリの鍛冶場が本格的に動き出します。
火の輪の火と、素材の力が交わる瞬間を、どうぞお楽しみに。
それでは、また火のそばで。




