ep.52 イサリ、火を見る
鍛冶場の火は、まだ眠っていた。
火の輪の中心にある火とは違い、こちらはしばらく使われていなかったため、
灰は冷え、炉の奥にはかすかな煤の匂いだけが残っている。
イサリは、無言でその炉の前に立っていた。
孝平が、そっと声をかける。
「……使えるか?」
イサリは、炉の縁に手を置いたまま、しばらく黙っていた。
やがて、低く、短く答える。
「火は、まだ生きてる」
その言葉に、孝平はほっと息をついた。
「火の輪の火を、ここに分けようか?」
「いや。……火は、くべるもんだ」
イサリは、懐から小さな火種石を取り出した。
それは、彼がかつて使っていた鍛冶場から持ってきたものだという。
「火の輪の火は、暮らしの火だ。
だが、鍛冶の火は、“打つ”ための火だ。……別の火だが、同じ芯を持ってる」
ぽぷらんが、しっぽで炉の前に◎を描いた。
「じゃあ、ここにも“火の輪”をつくろう」
イサリがうなずく。
火種石を炉に置き、そっと息を吹きかける。
孝平が、火の輪の火から小さな種火を分け、炉の中へと運んだ。
ぱちり、と音がして、火が灯る。
炉の奥で、火が目を覚ました。
*
イサリは、銀青合金の残りを取り出し、槌を構える。
「……火の輪に、港を打つ」
その言葉に、孝平がうなずいた。
「船も、つくるのか?」
「港があれば、船は来る。……だが、火の輪の船は、ここで打つべきだ」
ぽぷらんが、しっぽで炉の灰をならす。
「火の輪の船には、“火の芯”がいるからね」
イサリが、槌を振り下ろす。
銀青の板が、火の音とともに鳴った。
鍛冶場の火が、再び動き出した。
火の輪の鍛冶場に、再び火が灯る回でした。
イサリという人物は、あまり多くを語らないけれど、
その沈黙の中に、火と向き合ってきた時間の重みがにじんでいます。
「暮らしの火」と「打つ火」は、同じ火でありながら、少し違う。
でも、どちらも“くべる”ことで生まれ、誰かの手を通して育っていく。
そんな火の在り方を、イサリの言葉を借りて描いてみました。
火の輪に港ができるということは、
この場所が“通りすがりの島”ではなく、“帰ってこられる場所”になるということ。
それは、火の輪の物語にとっても、大きな意味を持つはずです。
次回は、ローミスリルの素材録。
地の奥に眠る“熱を返す鉱石”と、火の輪の仲間たちの小さな冒険が描かれます。
それでは、また火のそばで。




