ep.50 火の輪の朝、名乗りの火
朝の火は、静かに揺れていた。
夜の名残を抱いたまま、火はまだ芯を保っている。
ぽぷらんが、しっぽで灰をならしながら、火の輪の中心に小さな“◎”を描いた。
「火の輪が、ひとまわり広がったね」
孝平は、素材録を閉じて火のそばに腰を下ろした。
潮の香りが、昨日よりも少しだけ柔らかい。
「……そろそろ、名前をくべてもいいかもしれないな」
ぽぷらんが、しっぽをぴんと立てた。
「じゃあ、名乗っていこう。火の輪の今を、ちゃんと火に伝えよう」
そのとき、鍛冶場から足音が近づいてきた。
「……だったら、これを使え」
イサリが、腕に抱えていたのは、銀青色に光る金属の板だった。
「ミスリルとハイミスリルを合わせてみた。火の輪の火で、ゆっくり鍛えたんだ」
板は、青白くも銀のように輝き、光を受けると表面に淡い模様が浮かび上がる。
孝平がそっと触れると、ひんやりとした感触の奥に、かすかな熱が宿っていた。
「……これ、名前を刻むのにちょうどいい」
「火の輪の記録板、だな」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描いた。
「火の輪の“真ん中”に置こう。……また戻ってこられるように」
*
火の輪の火を囲みながら、仲間たちが順に名を刻んでいく。
支倉孝平。
ぽぷらん。
咲姫。
果林。
瑛里華。
リリアーナ。
アリシア。
ルミナ。
Anne。
サヤ。
餡子熊王。
イサリ。
そして、舟で流れ着いた人々の名も、少しずつ、火の輪の板に刻まれていく。
名札は、火の輪の周囲に奉納札のように立てられていく。
銀青の板は、光の角度で名前を浮かび上がらせ、火に近づくと淡く光を帯びた。
風が吹いた。札がかすかに鳴った。
まるで、火の声がそこに残っているかのように。
*
孝平は、刻まれた名前を見つめながらつぶやいた。
「これが、今の火の輪だ。……ここから、また始まる」
火が、ぱちりと音を立てた。
銀青の札が、朝の光をやさしく反射していた。
火の輪の節目となる第50話、ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、これまで登場してきた仲間たちの“名乗り”を、火の輪らしい形で描いてみました。
ただ名前を並べるのではなく、火の輪の火で鍛えた銀青の札に刻み、奉納するように並べていく――
それはまるで、神社の名前札のようであり、火を囲んだ記憶を静かに残す儀式のようでもありました。
火の輪は、まだ村とも呼べない、小さな集まりです。
でも、こうして名前を刻むことで、「ここにいた」「ここで火を囲んだ」という証が、物語の中にも読者の中にも、そっと残ってくれたら嬉しいです。
次回からは、火の輪の再調整と、港づくりの始まりが描かれていきます。
少しずつ、火の輪が“暮らしのかたち”を持ちはじめる、その第一歩を一緒に見届けてもらえたら幸いです。
それでは、また火のそばで。




