ep.36 返事を書く夜
朝、看板の下に封筒が落ちていた。
風に揺れて、草に引っかかっていた。
誰も気づかなかったのが不思議なくらい、白くて目立つ紙だった。
孝平が拾い上げる。
宛名はない。差出人も書かれていない。
でも、封を切る手は、なぜか迷わなかった。
*
手紙は、丁寧な字で書かれていた。
「火の輪の名前を聞きました。
あなたたちが、火を囲んで暮らしていると。
そこに行けば、誰かに会えるかもしれないと」
それだけだった。
名前も、場所も、過去も書かれていない。
でも、火の輪の仲間たちは、黙って手紙を囲んだ。
「……誰だろうね」
咲姫がつぶやく。
「知ってる人かもしれないし、知らない人かもしれない」
リリアーナが、地図の端を見つめる。
「でも、火の輪の名前が届いたってことだよね」
ぽぷらんが、しっぽで火をなぞった。
火が、ぱちりと音を立てた。
*
夜、火を囲んで、手紙をもう一度読み返す。
誰かがぽつりとつぶやいた。
「……返事、出す?」
孝平は、火を見つめたまま、うなずいた。
「火の輪から、はじめての手紙だな」
ぽぷらんが、しっぽで砂に文字を書く。
“ここにいます”と、ゆっくりと。
火の光が、その文字をやさしく照らしていた。
火の輪に、手紙が届きました。
差出人の名前も、宛先もない。
でも、そこには確かに“つながりたい”という気持ちがありました。
火の輪は、まだ小さな暮らしです。
でも、名前があるから、返事が書ける。
火を囲んでいるから、誰かを迎えられる。
次回は、返事を書く夜のことを、もう少しだけ描く予定です。
火の輪から出ていく言葉が、どんな風に旅立つのか。
それでは、また火のそばで。




