ep.35 ぽぷらんのあとを
朝、火の輪に小さな足音が増えた。
ぽぷらんのしっぽを追いかけて、子どもたちが走る。
ミオ、ルカ、ナナ。
舟でやってきた、あの子たち。
ぽぷらんは、いつもよりゆっくり歩いていた。
しっぽで砂をなぞりながら、火の輪のまわりを一周する。
「ぽぷらん、どこ行くのー!」
ナナが笑いながら追いかける。
ミオは少し離れて、ぽぷらんのしっぽをじっと見ていた。
火のそばには近づかない。
でも、ぽぷらんのあとなら、ついていける。
ルカは、何も言わずに歩いていた。
手には、リリアーナがくれた地図の写し。
火の輪の中を、子どもたちが歩いている。
それだけで、空気が少しやわらかくなった。
*
「ここ、まだ描かれてないよ」
ルカが、地図の端を指さした。
リリアーナが顔を上げる。
広げた紙の上、火の輪の外れ。
畑と小屋の間にある、草の生い茂った空き地。
「そこは……ただの空き地だよ。何もない」
咲姫が言うと、ルカは首をかしげた。
「でも、音がする」
「音?」
「うん。風の音。あと、虫の声。
それに、ぽぷらんが、さっきから何度もそこ通ってる」
ぽぷらんが、しっぽで草をかき分けて戻ってきた。
しっぽの先に、どんぐりがひとつ、くっついていた。
ミオがそれを見て、ぱっと笑った。
「ここ、遊び場にしようよ!」
ナナが草の上でくるくる回る。
ぽぷらんが、しっぽでそのあとをなぞる。
火の輪の中に、まだ名前のない場所があった。
子どもたちは、そこに風を通しはじめていた。
*
夕方、看板の裏に、新しい紙が貼られた。
ルカが描いた、火の輪の地図。
中央の火の輪。まわりの小屋、畑、鍛冶場。
そして、その端に――
“ぽぷらんの道”と書かれた、くるくるした線。
その先に、小さな丸。
“どんぐりのひろば”と、子どもたちの字で書かれていた。
孝平が、看板の裏を見上げてつぶやく。
「……火の輪は、まだ育つんだな」
リリアーナが、地図を見て笑った。
「描かれてなかっただけで、ちゃんと“あった”んですね」
ぽぷらんが、しっぽで火を囲んだ。
その先に、どんぐりがひとつ、ころんと転がった。
火が、ぱちりと音を立てた。
その光が、紙の地図をやさしく照らしていた。
火の輪の地図に、新しい線が加わりました。
それは、大人たちが見落としていた場所。
風の音、虫の声、ぽぷらんのしっぽ。
子どもたちは、そこに“遊び場”を見つけました。
火の輪は、まだ育つ。
誰かが歩けば、そこに道ができる。
誰かが笑えば、そこが居場所になる。
次回は、火の輪に届いた“手紙”の話を描く予定です。
遠く離れた誰かと、火をはさんでつながるような、そんな回になればと思います。
それでは、また火のそばで。




