ep.30 火と水のあいだで ―鍛冶と水路と、暮らしの循環―
鍛冶場の火は、朝からごうごうと燃えていた。 瑛里華が、火の温度を測りながら、孝平に言った。
「このままだと、炉が熱を持ちすぎるわ。 冷却用の水路、そろそろ本格的に整備しないと」
「だよな。昨日の水脈、うまく使えそうか?」
「うん。あの水、流れは細いけど、温度が安定してる。 火と組み合わせれば、素材の加工にも使えるはず」
孝平は、地図を広げて水路のルートを確認した。 火の輪の中心から鍛冶場へ、そこから畑へと流れるように―― “暮らしの循環”を意識した配置だった。
果林とアリシアが、木の杭を打ち込みながら水路の枠を作っていく。 孝平は、石を並べて水の通り道を整え、 ぽぷらんがしっぽで水の流れをなぞっていた。
「……ここ、ちょっと詰まりそう」
「了解。石、少し削る」
鍛冶場で作った簡易ノミで、孝平が石を削る。 水が、すうっと流れ始めた。
『水は、まっすぐより、ゆるやかな曲がりが好きだよ』
水の精霊の声が、風にまぎれて聞こえた気がした。
午後、鍛冶場の炉に水路をつなぐ作業が始まった。 瑛里華が、火の温度を見ながら指示を出す。
「今! 水、流して!」
孝平が合図を送り、ぽぷらんがしっぽで水門を開けた。 水が、炉の下を通る石の溝に流れ込む。
ごうっ、と火が一瞬だけ揺れた。 けれど、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……いい反応。火が怒ってない」
「水と火が、ちゃんと呼吸してる感じがする」
孝平は、火と水のあいだに手をかざした。 熱と冷気が、交互に指先をなでていく。
『火は、焦らず。水は、止まらず。 ふたりが一緒にいれば、素材はよく育つよ』
素材の声が、どこかでささやいた。
夕暮れ。 鍛冶場の火は、穏やかに燃えていた。 そのそばで、孝平が削った鍬の刃が、きらりと光る。
「……これで、明日からの畑仕事も安心だな」
ぽぷらんが、しっぽで火を囲んだ。
「火と水が、ちゃんと手をつないだ日。 暮らしが、ひとつ、輪になったね」
火が、ぱちりと音を立てた。 水路の先で、畑の土がしっとりと濡れていた。
今回は、「火と水の共存」をテーマに、鍛冶場と水路の整備を描きました。 火の輪の暮らしが、ただの“点”ではなく、“流れ”としてつながり始めた回です。
素材の声、精霊の気配、仲間たちの連携―― それぞれが少しずつ噛み合って、 “村”としての輪郭が見えてきたのではないでしょうか。
次回は、「小屋の影、火の灯り」。 いよいよ、住まいと作業小屋の建設が始まります。 火のそばに、夜を越す場所ができる――そんな節目を描いていきます。
それでは、また火のそばで。




