ep.28 水脈を探して ―火と水の、はじまりの対話―
朝の火は、まだ眠たげに揺れていた。 孝平は、火のそばで湯を沸かしながら、ぽぷらんに尋ねた。
「……そろそろ、水をちゃんと確保したいな」
「うん。火の輪が広がってきたからね。 水がないと、畑も鍛冶も、ぜんぶ続かない」
咲姫が、地図を広げながら言った。
「この島には、いくつかの“くぼみ”があります。 もしかしたら、地下に水脈があるかもしれません」
「水脈か……探せるかな」
孝平がつぶやくと、ぽぷらんがしっぽで火をなぞった。
「水の精霊、呼んでみる?」
「呼べるのか?」
「うん。火の輪がここまで育ったから、たぶん、届くよ」
ぽぷらんが、火のそばに座り、目を閉じた。 しばらくすると、火がふわりと青く揺れた。
そのとき、空気がひんやりと変わった。
『……呼んだ?』
声が、火の奥から響いた。 けれど、それは火ではなく、“水の気配”だった。
「……あなたが、水の精霊?」
『うん。火の子が呼んだから、来てみた。 この島、まだ浅いけど、ちゃんと流れてるよ。 でも、掘る場所、間違えると……出ないよ?』
「教えてくれるか?」
『うーん……じゃあ、ひとつだけヒント。 “風が止まる場所”を探してみて』
声は、すっと消えた。 火は、元の色に戻っていた。
「……風が止まる場所、か」
孝平たちは、地図を手に、島の内陸へと向かった。
最初の候補地は、林の奥のくぼ地だった。 風が通らず、空気がしっとりと重い。
「……ここ、風が止まってる気がする」
孝平が地面に手を当てる。 けれど、何も感じない。
『ここ、ちょっと違うよ。水、逃げちゃってる』
ぽぷらんが、しっぽで地面をなぞった。
「じゃあ、次の場所だね」
二つ目の候補地は、岩場の陰。 風はほとんど吹かず、苔がしっとりと広がっていた。
孝平が、石をどけてみると―― 地面の奥から、かすかに冷たい気配が伝わってきた。
『……ここ、いいかも』
ぽぷらんが、しっぽをぴんと立てた。
「よし、ここを掘ってみよう」
鍛冶場で作った簡易スコップを使い、孝平と果林が交代で掘り進める。 土は固く、石も多い。けれど、少しずつ、湿り気が増していく。
「……冷たい」
孝平が、手のひらを土に当てた。 その奥から、じんわりと水の気配が伝わってくる。
『もうちょっと。あと、ひとすくい』
最後のひと掘りで、土の奥から、 ぽたり、と水がにじみ出た。
「……出た」
孝平は、そっと手を差し入れた。 冷たくて、やわらかい水だった。
「これで、火の輪の暮らしが、もう一歩進める」
ぽぷらんが、しっぽで火をくるりと囲んだ。
「火と水が、ちゃんと手をつないだね」
火が、ふわりと揺れた。 まるで、うれしそうに笑っているようだった。
今回は、村づくりの第一歩として「水の確保」を描きました。 火の輪の暮らしが、ようやく“自給自足”の土台に乗り始めた感覚―― それを、火と水の精霊の対話を通して表現してみました。
次回は、いよいよ「畑づくり」。 土の精霊との出会いと、最初の“耕す”という行為が、 どんなふうに火の輪の暮らしを変えていくのか。お楽しみに!
それでは、また火のそばで。




