ep.25 火の輪の鍛冶場 ―はじめての道具づくり―
『火の輪の鍛冶場 ―はじめての道具づくり―』
朝の火は、昨日よりも少しだけ高く、そして静かに燃えていた。 火輪石のそばにしゃがみ込んだ孝平は、手のひらでそっと火の温度を測る。
「……よし、悪くない」
火の輪の中心に、昨日採ったばかりの鉄鉱石から精錬した棒状の鉄をくべる。 赤橙に染まりはじめた鉄が、じわじわと熱を帯びていく。
「温度はこのくらい。色は……まだ芯まで通ってないな。音も静かだ」
孝平の耳には、鉄が発する“声”がかすかに届いていた。 スキル《素材共鳴》が、素材の状態を教えてくれる。
――まだだ。もっと芯まで熱を通せ。
孝平はうなずき、火の輪に薪をくべる。 火が応えるように、ぱちりと音を立てた。
ぽぷらんが、しっぽで火の縁をくるりと囲みながらのぞき込む。
「また手作業? 魔法で形にしちゃえば早いのに」
「……それじゃ、わからないんだ」
孝平は、火の中の鉄を見つめたまま答える。
「どのくらい叩けば、どんな音がするのか。 どこまで熱すれば、どこが柔らかくなるのか。 それを知らないまま、魔法で形だけ作っても……それは“道具”じゃない気がする」
「ふーん。じゃあ、魔法は?」
「補助。時間を短縮したり、失敗を減らしたり。 でも、最初は自分の手でやる。……感覚を、つかみたいんだ」
ぽぷらんは「やれやれ」と言いたげにしっぽを揺らしたが、 その目はどこか、誇らしげだった。
鉄が赤くなった。孝平は火から引き上げ、金床に置く。
「いくよ」
金槌を振り下ろす。 カンッ! カンッ! カンッ!
火花が舞い、鉄がわずかに伸びる。 叩いては火に戻し、また叩く。 その繰り返しの中で、鉄は少しずつ、道具の形を帯びていった。
瑛里華が遠くからちらりと様子を見て、にやりと笑う。
「精度、高いじゃない。やるわね、転生者くん」
孝平は軽く会釈し、再び作業に集中する。
刃の角度を調整し、柄の取り付け部分を削り出す。 “構造投影”で頭の中の設計図を火の輪に投影し、 細部のバランスを確認する。
「この角度なら、木の繊維を断ちやすい。 でも、硬すぎると石に負ける……バランスが大事だ」
成形を終えた鉄を、水の入った桶に沈める。 ジュッという音とともに、蒸気が立ちのぼる。
水の精霊が、そっと波紋を広げた。 孝平はその気配に気づき、静かにうなずく。
「ありがとう。……焦らず、ゆっくり、均等に冷やす」
焼き入れを終えた鉄を取り出し、砥石で丁寧に研ぐ。 シャリ、シャリ……と、静かな音が火の輪に響く。
やがて、一本のナイフが完成した。 刃は細く、軽く、しかし芯のある輝きを放っていた。
「……できた」
孝平は、ナイフを手に取り、光にかざす。 火の輪の炎が、刃に映り込んで揺れていた。
ぽぷらんが、しっぽでナイフをつつく。
「うん、いい感じ。これなら、木も草も、ちょっとした鉱石もいけそうだね」
「……ありがとう。火も、素材も、精霊たちも。 これが、僕の“最初の道具”だ」
火が、ふわりと揺れた。 まるで「よくできたね」と言っているようだった。
今回は、孝平が“クラフトアルケミスト”としての第一歩を踏み出す回でした。 魔法で何でもできる世界において、あえて“手で作る”ことを選ぶ彼の姿勢は、 この物語の核である「暮らすように働く」「感覚を取り戻す」ことに直結しています。
次回は、いよいよこのナイフを手に、素材採集へ。 火の輪の周囲に広がる森で、どんな出会いが待っているのか―― そして、精霊たちとの“はじめての対話”が始まります。
それでは、また次の火のそばで。




