ep.20 ペガサスの夢、兎の導き
夜の火は、静かに揺れていた。
孝平は、火のそばで素材録を閉じ、 ぽぷらんのしっぽが灰をならす音に耳を澄ませていた。
「……ぽぷらん、今日は風がないのに、火が落ち着かないね」
「うん。夢の火が近づいてる。 音のない風が、火の奥から吹いてる」
ぽぷらんは、しっぽで火の縁をなぞりながら、 空を見上げた。
そのときだった。
空から、白い羽が一枚、ふわりと舞い降りてきた。
孝平は、思わず手を伸ばした。 けれど、羽は指先でふっと消えた。
「……今の、なんだったんだ?」
「夢の羽根。 火が深くなると、空から落ちてくることがあるんだよ。 それは、“渡し手”が近いって合図」
「渡し手?」
ぽぷらんが答える前に、 空に光の筋が走った。
風が逆巻き、火の上空に、 白い光の粒が集まりはじめる。
そして――
夜空を駆ける、白い馬の姿が現れた。
その馬は、背に白い羽を生やし、 光の粒子をまとっていた。
実体があるようで、どこか透けている。 けれど、確かに“そこにいる”と感じさせる存在。
「……ペガサス」
孝平がつぶやいた瞬間、 ぽぷらんがそっと言った。
「夢の渡し手。 火が深くなったときだけ、 “兎の夢”を見た者を連れてくる」
ペガサスの背から、三つの影が降りてきた。
最初に降り立ったのは、 白い衣をまとった巫女のような少女だった。
「……ルミナ。 この火に、祈りを捧げに来ました」
その声は、夜の風のように静かだった。
続いて、長い銀髪のエルフが降り立つ。
「リリアーナ。 夢の中で、この火を見た。 だから、来たの」
最後に、冒険者風の少女が軽やかに着地した。
「アリシア。 夢なんて信じてなかったけど…… 気づいたら、ここにいた。 あんたが火をくべてるって、なんか納得」
孝平は、三人を見つめながら、 火のそばに立ち尽くしていた。
「……これは、夢じゃないんですか?」
ぽぷらんが、しっぽで火をならした。
「夢と現の境目に、火はある。 でも、今ここにいるのは、ぜんぶ本当だよ」
ルミナが、火のそばに歩み寄り、 そっと手をかざした。
「この火……やさしい。 でも、奥に“問い”がある。 あなたは、まだ答えていない」
孝平は、火を見つめた。
火は、静かに揺れていた。 けれど、その揺れは、 まるで“歓迎”のように見えた。
ペガサスは、三人を降ろすと、 光の粒となって空へと還っていった。
白い羽根が一枚、火のそばに落ちた。
孝平は、それを拾い上げた。 今度は、消えなかった。
「……これは、夢じゃない」
ぽぷらんが、しっぽで火をくるりと囲んだ。
「火の輪、またひとまわり広がったね」
火の輪に、夢が降りた。 羽根のように、静かに、確かに。
次回――「火の輪の再調整」
咲姫とルミナ。 火をめぐるふたりの視線が交わる。




