ep.19 素材の森と、火の試練
森の奥は、静かすぎた。
風は吹いているはずなのに、 葉は揺れず、音もない。 まるで、空気そのものが息をひそめているようだった。
「……ここ、変だな」
果林が短剣の柄に手をかけながらつぶやく。
「風が止まってるのに、火の気配がある。 素材が、何かを隠してる」
瑛里華は、瓶の中の粉を観察しながら、 眉をひそめた。
孝平は、火打ち石を取り出し、 小さな火をともした。
「……火が、揺れてる。 でも、風じゃない。これは……」
「“素材の声”よ」
瑛里華が、ぽつりとつぶやいた。
その瞬間、空気が変わった。
風が逆巻き、 森の奥から、白い霧が流れ込んできた。
「っ……!」
孝平は思わず目を閉じた。 霧の中に、何かがいる。 誰かの声。 懐かしいような、怖いような。
「……火を、くべて」
ぽぷらんの声が、遠くで聞こえた気がした。
孝平は、火打ち石を強く打ち、 霧の中に火をともした。
火が、霧を裂いた。
その瞬間、幻が消えた。
目の前にあったはずの“誰か”の影も、 風の音も、すべてが消えていた。
「……試された、のか?」
孝平がつぶやくと、 果林が肩をすくめた。
「素材ってのは、時々こういうことをする。 “くべる覚悟”があるか、見てるんだよ」
「……火が、助けてくれた気がしました」
「違うわ」
瑛里華が、火を見つめながら言った。
「あなたが、火に応えたのよ。 素材は、それを見てた」
孝平は、足元の土をすくい、 そこに埋もれていた結晶を取り出した。
それは、淡い青と白が混ざった、 小さな風のかけらのようだった。
「……これが、“風結晶・未名”」
素材録を開くと、 そのページに、文字が浮かび上がった。
《風結晶・未名》 火の輪の外縁にて発見。 霧と幻をまとい、試す素材。 火と心が通じたとき、姿を現す。
孝平は、素材を瓶に収め、 火のそばにそっと置いた。
火が、ふわりと揺れた。
「……ありがとう」
ぽつりとつぶやくと、 火が、まるで応えるように、 一瞬だけ桜色に染まった。
果林が、肩を軽く叩いた。
「よし、戻ろう。 火の輪が、待ってる」
瑛里華も、静かにうなずいた。
「記録は十分。 でも、まだ素材は眠ってる。 この森、奥が深いわ」
孝平は、火を見つめたまま、 素材録を閉じた。
火の輪の外で、 自分が少しだけ変わった気がした。
火は、何も言わない。 けれど、確かにそこにいて、 見ていてくれる。
火の輪の外で、 素材に試され、火に応えた。
次回――「ペガサスの夢、兎の導き」
夜の火が揺れるとき、 幻想の羽根が降りてくる。




