ep.18 火の輪の外、風の先
朝の火は、静かに揺れていた。
孝平は、火のそばで素材録を開いていたが、 その視線は、ページの上ではなく、 火の向こうにいるふたりの少女に向けられていた。
果林と瑛里華。
ふたりは、火の輪の少し外で、 地図と素材瓶を広げて何やら話し込んでいる。
「……あのふたり、朝からずっと動いてるね」
ぽぷらんが、しっぽで灰をならしながらつぶやいた。
「火の輪の外に、何かあるのかな」
孝平は、素材録を閉じて立ち上がった。 火の輪の外に出るのは、少しだけ勇気がいる。 でも、火の揺れが、 「行ってこい」と背中を押してくれている気がした。
「果林さん、瑛里華さん。何か探してるんですか?」
ふたりが顔を上げた。
「お、やっと来たか。 あんた、火の番ばっかしてるから、そろそろ外に出たほうがいいと思ってたのよ」
果林は、腰に短剣を下げたまま、地図を指差した。
「この先の森に、素材の気配がある。 昨日の夜、火が少しだけ青く揺れたでしょ? あれ、たぶん“風素材”の兆しよ」
「風素材……」
「私は、反応を確かめたいだけ。 この火、普通じゃないから。 素材の変化も、記録しておきたいの」
瑛里華は、素材瓶をひとつ取り出して、 火にかざした。
瓶の中の粉が、わずかに揺れた。
「……行きましょうか。僕も、気になります」
孝平がそう言うと、果林がにやりと笑った。
「よし、決まり。 ぽぷらん、火の番、頼んだわよ」
「うん。火は任せて。 でも、気をつけてね。 火の輪の外は、風が強いから」
ぽぷらんは、しっぽで火をならしながら、 孝平の背中を見送った。
森は、火の輪からそう遠くなかった。 けれど、空気の質がまるで違った。
風が、葉を揺らし、 枝の間から光がちらちらと差し込む。
「ここ、素材の気配が濃い。 でも、ちょっと変な感じ……」
瑛里華が、足元の苔を指でなぞる。
「風が、逆流してる。 普通、こういう場所は“火”が落ち着かないはずなんだけど……」
孝平は、足元の土をすくい、 小さな瓶に詰めた。
「……この土、熱を持ってる。 でも、火の匂いじゃない。 風と、何か……混ざってる」
そのときだった。
風が、急に止まった。
森の奥から、 かすかに“音”が聞こえた。
「……素材の声?」
孝平がつぶやくと、 果林が短剣に手をかけた。
「気をつけて。 素材ってのは、時々“試す”から」
「試す?」
「火の輪の外で拾える素材は、 ただの材料じゃない。 “くべる覚悟”を見てるのよ」
風が、再び吹き始めた。 今度は、火の匂いをまとって。
孝平は、素材録を開いた。 ページが、風にめくられる。
そこには、まだ書かれていない素材の名が、 うっすらと浮かび上がっていた。
「……“風結晶・未名”」
瑛里華が目を細めた。
「記録されてない素材。 でも、火が反応してる。 これは、拾う価値があるわね」
孝平は、そっと手を伸ばした。 風の中に、確かに“何か”があった。
それは、まだ名前を持たない素材。 けれど、火の輪にくべれば、 きっと何かが変わる。
「……持ち帰ろう。火に、見せたい」
果林がうなずいた。
「よし、初仕事にしては上出来。 あんた、意外とやるじゃない」
孝平は、少しだけ笑った。
「火が、教えてくれたんです。 “ここに行け”って」
火の輪の外に、風が吹いた。 素材の声が、静かに目を覚ます。
次回――「素材の森と、火の試練」
火の輪に戻る前に、 孝平たちは“試される”。




