ep.17 素材録と、黒髪の少女
火のそばに、静かな気配があった。
孝平は、素材録のページをめくりながら、 その気配が近づいてくるのを感じていた。
「……それ、あなたが書いたのですか?」
咲姫の声は、風のように静かだった。 孝平は顔を上げ、少しだけうなずいた。
「素材の記録です。拾った場所、反応、火の揺れ方…… 忘れないように、書き留めてるだけです」
咲姫は、火の向こうから歩いてきて、 そっと素材録を覗き込んだ。
「字、きれいなのです。 ……火のまわりに、こんなに言葉があるなんて」
孝平は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「火って、見てるだけじゃわからないことが多くて。 素材の癖とか、火の気分とか……記録しておかないと、すぐ忘れるんです」
「火の気分、なのですか。 あなた、火と話せるのです?」
「……話せてるかどうかは、わかりません。 でも、火が何かを伝えようとしてる気は、します」
咲姫は、素材録のあるページで指を止めた。
「この“灰の中の小石”って、ぽぷらんが並べてたやつなのです?」
「はい。火のそばに転がってたんです。 数字が刻まれてて……たぶん、誰かが置いていったか、火が拾ったか」
「火が、拾う……なのですか」
咲姫は、ぽつりとつぶやいた。
火が、ふっと揺れた。 咲姫の髪が、わずかに風に舞う。
「この火、どこから来たのです?」
孝平は、言葉に詰まった。
「……気がついたら、ここにいて。 ぽぷらんがいて、火があって。 それで、素材を集めて、記録して…… でも、最初の火がどこから来たのかは、正直、覚えてないんです」
咲姫は、素材録を閉じて、そっと返した。
「変わってないのです。 でも、少しだけ……強くなった気がするのです」
「え?」
「火の匂いが、そう言ってるのです。 あなたの火、前よりも深くなってるのです」
孝平は、素材録を胸に抱えたまま、火を見つめた。
ぽぷらんが、しっぽで灰をならす。
「火は、覚えてるよ。 誰がくべたか、どんな気持ちだったか。 それが、火の色になるんだ」
咲姫は、火のそばに腰を下ろした。 果林と瑛里華は少し離れた場所で、それぞれの荷を解いていた。
「ここ、落ち着くのです。 風が静かで、火がやさしいのです」
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちのほうなのです。 この火に、呼ばれた気がしたから。 それで、来たのです。……風に導かれて」
火が、ふわりと揺れた。 素材録の端が、そっとめくれた。
咲姫の視線が、孝平の横顔に向けられる。 けれど、何も言わず、ただ火を見つめていた。
孝平もまた、火の奥に目を向けた。 そこには、まだ知らない素材が、 静かに燃える順番を待っているようだった。
火の記録に、風が書き足す。 黒髪の少女が、火の輪に座った日。
次回――「火の輪の外、風の先」
果林と瑛里華が動き出す。 火の輪の外に、次の素材の気配。




