ep.14 波の音が聞こえた日
火をくべる手を止めて、ぽぷらんは耳を澄ませた。
ぱち、ぱち、と燃える音の奥に、かすかに混じる気配。
風のない朝。葉も揺れず、鳥も鳴かない。
それでも、どこか遠くから、波の音が聞こえた気がした。
「……気のせい、かな」
ぽつりとつぶやいて、火のそばにしゃがみこむ。
灰の中に埋もれていた小石を拾い上げると、そこには数字が刻まれていた。
「……二百八?」
昨日までなかったはずの石。
他にも、見覚えのない数字がいくつか転がっている。
「火って、たまに勝手に拾ってくるからなあ……」
しっぽで灰をならしながら、小石を円のように並べていく。
火を囲むように、ぽつぽつと。
そこへ、ぽふっと音を立てて、モスリィが現れた。
苔の精霊は、ぽぷらんの並べた石をじっと見つめている。
「また増えたね」
「うん。最近、火のまわりがにぎやかでさ」
「火が呼んでるんだよ。遠くの風に、波に、誰かに」
「呼んでる……か」
火を見つめる。
昨日よりも少し高く、ほんのり桜色に揺れていた。
火の色が変わるとき、ぽぷらんの胸は少しざわつく。
何かが近づいている合図。
風の精霊が目を覚ましたときも、誰かが火を思い出したときも、火は応える。
「……まさか、あの人?」
ぽぷらんの中に、ひとつの影がよぎる。
大きな背中。
あんこを練る手。
火のそばで、静かに湯を沸かしていた、あの、もふもふの――
「……餡子熊王」
名前を口にした瞬間、火がふわりと揺れた。
まるで、返事をするように。
「会いたいの?」
モスリィが肩に乗って、ぽぷらんの耳元でささやく。
「うーん……会いたい、けど……」
しっぽが、くるくると回る。
「なんていうか、ちょっと、こそばゆいんだよね。
変わってなかったらいいなって思うし、
でも、変わってたら、それはそれで……」
「ぽぷらん、しっぽがぐるぐるしてるよ」
「うぅ……」
火が、また揺れた。
今度は、風が吹いた。
そして――
はっきりと聞こえた。波の音。
近づいてくる、舟の音。
「……舟?」
ぽぷらんは立ち上がった。
火のそばから、海の方角を見やる。
遠くの水平線に、小さな灯りが三つ、ゆらゆらと浮かんでいた。
「舟だ……」
しっぽが、ふるふると震える。
ぽぷらんは、火のそばに新しい席を三つ描いた。
灰の上に、そっとしるしをつける。
「餡子熊王、Anne、サヤ……来るのかな。ほんとに」
モスリィが、ぽふっと笑った。
「火は、呼んだ。あとは、風と波が運んでくるだけ」
ぽぷらんは、火のそばに座りなおす。
火は、静かに、でも確かに、再会の準備を始めていた。
火の音だけが聞こえる日があって、
その静けさの中に、ふと波の音が混じることがあります。
誰かが近づいているのかもしれない。
それとも、ただの気のせいかもしれない。
でも、火の色が変わるとき、
ぽぷらんはいつも、何かを感じ取ってしまうようです。
この話は、再会の前の、ほんの小さな揺らぎのような時間。
火のそばに座って、耳を澄ませてくださった方に、
そっと届けばうれしいです。
(※火のまわりが、昨日より少しにぎやかだった気がします。
ぽぷらんも、しっぽで“208”って書いてました)




