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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第八章 ラッブラブ☆ふたりの愛は死に至る病♡
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87限目 バイバイ・バーチャルアイランド

 うららかな春の朝。

 おはようの挨拶があちらこちらで咲く校門前。


 通学する生徒たちの中、ひとりのセーラー服姿の少女が立っていた。

 大和撫子然とした黒髪の小柄な娘だ。


 その少女は少しだけ緊張した面持ちで胸元に手を当て、深呼吸。

 これから通うことになる学校を見上げ、期待と少しばかりの不安を抱えていた。


『……よっし』


 きゅっと手のひらを握り締めて。

 両手で黒猫のキーホルダーがついた鞄を抱えながら、歩き出す少女。


 スカートを揺らしながら細い足を動かして。

 たれ目がちな大きな瞳で、まっすぐに前を見て。


 と、そこに。


『おいおい、ヒナ。ひとりで勝手にいくなって』


 若い男が彼女を呼びかけた。

『あ』とヒナは瞬きをしながら振り返る。


 学ラン姿の青年は鞄を肩に担いだまま彼女の元へと駆け寄り。

 形の整ったその眉を寄せる。


『だめだろ、お前方向音痴なんだからさー。転校初日は一緒に行こうぜって誘っただろ。ったく、あんまり俺に世話かけんなよー?』


 そんなことを言いつつも、その美青年の顔には笑みがあった。

 まるで彼女と一緒に学校に通えることが、嬉しくてたまらないとでも言うように。


『ごめんね、優斗(ゆうと)くん。もしかして、待っててくれた?』


 ヒナが困ったように微笑みながら尋ねると。

 優斗は口元に手を当てて、吹き出すように笑う。


『いいや、俺もまっすぐこっち来たよ。お前のことだから、学校に向かってんだろうなって思ってさ』

『……えへへ』


 照れたように頬をかくヒナ。


『優斗くんには、なんでもお見通しなんだね』

『べ、別に、そんなんじゃないけどさ。つか、お前がわかりやすすぎんだよ、ヒナ』

『えへへ』


 彼の言葉には、親愛の情が多分に含まれていた。

 笑い合いながら歩くそのふたりは、まるでカップル同士にも見えただろう。


『お前体弱いんだからさ、なんかあったらすぐ言えよ。保健室の場所もあとで教えてやっからさ』

『うん』

『無理はすんなよ?』

『ありがと、えへへ……』

『ったく……けど、なんかこれ、いいよな。同じ学校……ってさ』

『うん、楽しいね』


 春は出会いの季節だ。

 春は新しい恋の始まる季節だ。


 小鳥の鳴き声に祝福されながら、校舎へと続く道を辿り。

 そこはあたかも、世界で一番幸せに包まれていた場所のようで。


『――じゃなくて』


 そこに黒猫の渋い声が突き刺さる。

 ちょっと待って、ちょっと待って、と。


『ふぁい?』

『いや、間の抜けた返事をしないでさ。なんなの、どうして最初からやっているの? どういうことなの?』

『え、だって』


 黒髪の少女は唇に指を当て、ほんのりと微笑む。


『エンディング見たじゃないですかもう。となれば二周目ですよね! ああっ、今度はどんな出会いが待っているんでしょう!』

『あれはNormal ENDだからキャラ攻略ENDじゃねえからこの世界から抜けらんねえからマジで! 勘違いしてんじゃねえよマジで!』

『ええええ~~~~~~っ!?』


 と、とんでもない顔で叫んだヒナは――。




 ――ぱっちり、と目を開いた。

 その瞬間、耳元で悲鳴があがる。


「わ、わあ!?」

「ふぇ……?」


 ぱちぱち、と瞬きを繰り返すヒナ。

 真っ白なタイルの天井と――そして、見えたのは焦る友達の顔だった。


「び、びっくりしたあ、ヒナちゃん急に目を覚ますんだもん。ふー、びっくりした。びっくりさせちゃダメだよー、もー」


 自分の見ているものを認識するまでに、わずかなタイムラグがあった。

 それほどまでに、ヒナも驚いたのだ。


「……さ、サーヤ?」


 呆気に取られたまま、ヒナは彼女の顔を見返す。


「あ、あれ? 優斗くんは? シュルツさんは? なんでわたしここにいるの?」

「もー、どうしたのヒナちゃん、寝ぼけているの? 急に教室で倒れるからびっくりしたんだよ。あ、でも大丈夫、運んでくれたのも女の先生だったから、そこは安心していいよ。どう? あたし気が利くでしょ!」


 エッヘンと彼女は胸を張る。


 そうだ、ここは、保健室。

 間違いなく自分の通っていた学校だ。


「えっとぉ……」


 ヒナはまだ事情を飲み込めなかった。

 

 ヒナが横になっていたのは、そのベッドの上で。

 付き添いにいた目の前の彼女は――。


「うん? どうかした? ヒナちゃん」


 ――藤井ヒナの学校での唯一の友達、遠藤紗耶香。


 そう。

 つまり、ヒナは――。


 ごくりと生唾を飲み込んだ。


「……現実世界に、戻って来ちゃったってこと?」


 その声は極めて現実感の薄い言葉で、聞こえたのだった――。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 恋をしたら死ぬとか、つらたんです

『87限目 バイバイ・バーチャルアイランド』


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 ヒナはしばらくベッドの上でぽうっとしていた。

「おーいおーい、ヒナちゃーん」という紗耶香の声もまったく届かない。


「え、終わったって、え、どういうこと……?」


 ベッドの上でぽつりと漏らすその声。

 とても、とても、空虚なものに聞こえてしまう。


 紗耶香がヒナの手を引く。


「ねーねー、もう授業終わったんだよー? 帰ろうよー」

「えっ、あっ、ちょ」


 ぎゅっと握られたその手の感触が温かくて、ヒナの頬が赤く染まる。

 慌てて払いのけると、紗耶香は笑いながらため息をついた。


「はあ、ヒナちゃんってば、相変わらず恥ずかしがり屋なんだから。じゃああたし、先に帰っちゃうからねー?」

「……う、うん、ごめんね」


 ばいばいをして去ってゆく紗耶香の背中を見送るヒナ。

 その際、自らの手を握り、わずかににやけたりしてしまったり。


「さ、紗耶香ちゃんってば、わたしが起きるまで、そばに、そばにいてくれたんだね……え、えへへへ……」


 緩む頬を両手で抑えていると、ふいに胸がズキリと痛む。

 その不思議な痛みで、ハッとヒナは我に返った。


「ち、違います、そうじゃないです。今はそんなことより、どうしてわたしがここにいるのかってことを……」


 あれほど願い、憧れて、戻って来たがっていたリアルな世界だというのに、ヒナは飛び起きた。

 これがヒナの望んだ終わり方では――断じてないからだ。


 このままではもやもやが収まらない。


「シュルツさん、シュルツさんはどうなっちゃったのか……確かめなきゃ、いけませんよね……?」


 こんな中途半端な形で投げ出されて、納得なんてできないだろう。


 ヒナはポケットから携帯電話を取り出して今の時間を確かめる。

 確かに放課後だ。紗耶香に大好きだと言われて今の今まで気絶していたのだ。情けない。


 じゃなくて。

 立ち上がり、ヒナは上靴を履いて歩き出す。


「まだわたし、『乙デス』クリアしてませんもん……!」


 保健室を出て、ヒナは現実世界でその目に炎を燃やした。


「待っててください、シュルツさん……あと、優斗くんと、椋さんと、樹先生と、凛子ちゃんと! 虎次郎くんと! しょーちゃんも! 生徒会長も、副会長のイベントも全然見れてませんし! ああっ、陸くんも空くんもすごい可愛かった! 他にも他にも、嵯峨野さんとか、バイト先の人も気になりますし! まだまだわたし、もっともっと『乙デス』遊びたいですー!」


 お願いだから帰ってこないで。

 どこからかそんな、凛子の声が聞こえてきたような気がしたが、それは確実に気のせいなのである――。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ただいまー」


 家のドアを開くヒナに「おかえりなさい」の声が届く。

 リラックスした部屋着の若い女性が、ダイニングのドアから顔を出した。


 藤井ふじい佐南さな。ヒナの母親だ。

 ヒナはきょとんとして自分より少し背の高い彼女を上目遣いに見やる。


「あれ……? お母さん、きょう休み?」

「そうよ。朝言ったじゃない」

「そうだっけー……」


 わずかに明るく長い髪を撫でて、佐南は優しく微笑んだ。


「うふふ、ヒナちゃんがそんなこと言うなんて、珍しいね。疲れているのかな?」

「えへへ、そうかも……」


 頬をかくヒナは、記憶を探りながらも首を傾げる。

 急に現実に戻ってしまったから、うまく適応できていないのかもしれない。


 それ以前に、佐南と朝に話をしたのも、もはやどれくらい前の出来事かわからない……。

 ヒナは頭を振りながら自分の部屋へと向かう。と、その前に顔を出して問いかけた。


「お母さんー、きょう晩御飯どうするー? わたし作るー?」

「ううん、私作るよ。さっきお買い物も行ってきたから」

「わーい、じゃあ部屋にいるー」

「はいな」


 手を振り、自室に戻るヒナ。


 ヒナの部屋は彼女の大幅な趣味変更に伴い、何度かリニューアルされている。

 今の部屋は、母親曰く「すごくまともでビックリしたよ」というもので、暖色系統で統一されている、比較的女の子らしい内装だ。

 窓際に並んでいるぬいぐるみの中に黒猫のものがないかと探してみたが、しかし見つからない。


 さて、と。


 ヒナは小さくため息をつき、部屋の自分専用PCに向かった。

 これはちょっとした仕掛けのある自作PCだが、それほどスペックは高いものではない。

 ここに演算速度は必要ではないのだ。すごく電気代を食うし。


 ヒナはデスクの上のゴムひもで髪をくくると、腕まくりした。


「どうしましょう。でもシュルツさん、この時代の人じゃないって言ってましたし……。わたしが探し出すことはできるんでしょうか」


 不安を抱きながら、ヒナはキーボードを叩く。

 メーラーの『コネクション』欄を呼び出し、わずかに思慮。


「まあ、うん、とりあえずはKGBとCIAに連絡を取りましょう。あとはー、シュルツって名前は、確かドイツ系の方ですよね。じゃあドイツ連邦情報局(Bundesnachrichtendienst)ですね」

 

 独り言を言うのも、ヒナが考え事をするときの癖だ。

 手と頭と口を同時に動かし、彼女は考えをまとめてゆく。


「シュルツさん、シュルツさん……他に特徴は、特徴はー……」


 と、その指が止まった。

 ヒナはぽかんと口を開いて、そして黙り込む。

 

 しばらく経ったとき、彼女の声は沈んでいた。


「特徴……シュルツさんの、特徴……。おうどんが好きで、黒猫のぬいぐるみで、ツッコミが辛辣で、ゲームが大好きで、それで……あとはー……」


 知らない。

 ヒナは、シュルツのことを、なにも知らないのだ。


「……」


 それでもヒナはキーボードを叩き、そして、彼らからのメールを受け取る。

 さすが仕事が早い。『どうしても』のお願いを使っただけのことはある。

 

 ――全世界に『シュルツ』の名がつく人物は、2万4812名。


「……」


 ヒナはとりあえず頬を叩く。


「顔写真を9分割画面で一秒ごとに表示したら、晩ご飯までには終わりますね……。うん、大丈夫。がんばります」


 だが、一時間後――。

 結局、その中からシュルツの痕跡を見つけられるような人物は、いなかった。


 ヒナは携帯電話を指で撫でながら、ハッと気づいた。


「……まさか」


 机の引き出しからヒナが取り出したのは、貯金通帳だった。

 ここ数ヶ月、まるで手を付けていないものだ。


 それを開く指は、震えていた。

 見やる。


 口座にお金が振り込まれていた。

 書き込んだ記憶は一切ないのに。


 三百万円――。


「……うっそ」


 それは『乙女は辛いデス』をクリアしたときにもらえる、報酬だ。

 シュルツが言っていたものだ――。


 全身から力が抜けてゆく。

 

「わたし、クリアしたってことなんですか……? シュルツさん」


 ヒナはそのまま、ベッドに倒れ込んだ。


 Normal ENDを見たヒナが目覚めたそこは、現実世界であった。

 果たしてヒナは本当にゲームをクリアしたのか。

 納得しきれない彼女は、バーチャルアイランドの痕跡を探し始める。

 そうして頼った先は、小学校時代からの幼なじみだった――。


 次回『88限目 ファンファン・フレンズ』


 シュルツさん、このままお別れなんて、イヤです――。

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