85限目 さらに出てきます、ゾクゾクと! 死ぬ!
葬式も終わりに近づき。
一部始終を見物していたヒナは、空と翔太のいさかいを眺め、このような感想を漏らした。
「なるほど……二子玉空くんは、すごいラッキーボーイなんですねー」
「そう、だね……」
葬式場の隅っこに座っていたシュルツは、苦虫を噛み潰す。
「そのすべての幸運力ですら、ヒナさんと出会ってしまった運命には抗えなかったか」
「え? なんですか?」
「なんでもないです」
幽霊ヒナは「えへへ」と笑いながら、再び視線を戻す。
その先には、無力感にうちひしがれる翔太がいた。
血が出るほどに強く拳を握りしめ、「俺は、姉ちゃんを、救えなかった……」とつぶやいている。
「はあ、しょーちゃん、かっこいい……」
「ねえ、ヒナさん」
「なんですかぁ……」
目をとろんとさせたまま翔太を見つめているヒナに、シュルツは自らの髭を引っ張りながら。
「ボク思うんだけど、避けようと思えば避けられたんじゃないかな、ヒナさん」
「え、なんのことですか?」
「ぶつかってきた空くんだよ」
ああ、とヒナは漏らす。
「でもどうなんでしょうね。体が動かなかったことは確かなんです。でもでも、ぶつかったことによってわたしが幸運になったんだったら、これがわたしの幸運力なのかもしれませんね、なーんて」
てへぺろ、と舌を出すヒナ。
シュルツは白い目でそんな彼女を見つめる。
「まあこのゲームに閉じこめられている時点で、ボクたちに幸運なんていうものはおそらく微塵も欠片も一ミクロンも残っちゃあいないんだろうけど」
「え? そうですか? わたし結構ラッキーだったって思っちゃってますよ」
「…………………………そうだね」
長い、長い間のあとに、シュルツはそうつぶやいた。
様々な逡巡があったのだ。
開発者としてここまでゲームを楽しんでもらえることは冥利に尽きるのだが、だが、だが素直にそう言うことなどできやしない。
苦慮の果てに行き着いた答えが、消極的な同意だった。
もしかしたら藤井ヒナは、他人の幸運を吸い取って、自らの愉悦に変える能力者なのかもしれない。
二子玉空も、彼女のラッキードレインの餌食になった哀れな犠牲者だったのだ……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
というわけで、六日目である。
優斗と一緒に登校し、そして全校朝礼を終えて教室に戻ってきたところだ。
この辺りまでの流れはだいぶスムーズになったと言えるだろう。
「ねえねえ、リンコ、リンコ」
「ふぁーい」
ノートを広げる凛子が、間延びした返事をする。
ヒナはニコニコと微笑みながら。
「もしわたしが死んだら、悲しい?」
「えー……?」
凛子は妙に嫌そうな顔をした。
「そういうこと言うの、やめなさいよ、藤井さん」
「え、どうして?」
「だって、縁起でもないじゃないですか。人が死ぬだなんて。そりゃもちろん悲しいですけど……です、け、ど……」
凛子の表情が徐々に歪んでゆく。
「あれ……悲しい、悲しい、ですけど……なんだろう、この感じ、あれ、あれ……あたし、もしかして……あれ……?」
「そっかあ、ごめんね、リンコ。えへへ、でもありがとう。わたしもリンコのこと、好きだからね」
「う、うう……なにか、思い出しては、思い出してはいけないことが……頭に、血、やだ、なにこれ……やだ……やだ……」
苦悶に悶える凛子の前、ヒナはるんるん気分で体を揺らしていた。
悪魔のような女が笑顔で天使を追いつめる。
まるで狩猟のようだとシュルツは思った。
さあ、一時間目の授業が始まる――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そしてあっという間に昼休みである。
がやがやと騒がしくなる中、攻略対象者たちの姿も消えてゆく。
ヒナは唇に指を当てながらつぶやく。
「なんか急に登場人物がいっぱい出てきちゃったんですけど、どうしてなんでしょう」
「そりゃあキミ、オープニングが終わったからだよ」
「あ、ああっ」
机の上で寝転がるぬいぐるみシュルツの言葉に、ヒナは思わず手を打った。
そうだそうだ。五日目の終わり、町を見下ろす高台の上で、確かにオープニングテーマも流れたのだ。
「な、なるほど。つまりここからが本番だったってわけですね!」
「そうだよ。恋の狩人たちがキミという狼を始末するために放たれているよ」
「あ、ああっ、射抜かれちゃう……♡♡ わたしのハート、射抜かれちゃう……っ♡♡♡」
陶酔顔で胸に手を当てるヒナ。まあその想像はあながち間違ってはいない。
しばらく桃色のオーラを散布していたヒナだったが、ようやく現実に戻ってくると――ヨダレを拭いながら――咳払いをする。
「……こほん、つまり、新キャラの登場を押さえてゆくのが、当面の目標になりそうですね」
「あ、我に返った」
「わたしは常に冷静沈着です。十六才にして不惑の境地にいます」
「ヒナさんは冷静沈着だからね、うん」
斬新なルビを振るシュルツの前、ヒナは嬉しそうに立ち上がった。
それから妙に機敏な動作で、シュッシュッとシャドウボクシングを始める。
上体を八の字に振るウィービングだ。黒髪が揺れ、彼女の残像が力強く無限大の軌跡を描く。左右から交互に繰り出されるブローはまさに風神の如きパワーである。
「なるほどなるほど、なんだかテンションがあがってきました!」
「病弱設定ェ……」
ダンプカーがぶつかったところで、この少女がどうにかなるとは思えない。
転生トラックが突っ込んできたところで、ワンパンひとつで跳ね返せるだろう。
そんななのに、空の幸運体質は万が一を引き当ててしまった。同情を禁じ得ない。
ウィービングをやめ、ヒナは息ひとつ切らさず、汗一滴かかずグッと拳を握る。
「なんとしてでも、会長と副会長だけは登場させるわけにはいきません! わたしの命が危ないですからね! というわけで虎次郎くんが学校に来るまではひたすら凛子ちゃんにつきまとい、平和な学園生活を謳歌しましょう!」
「まあ謳歌しちゃあだめなんだけど、そうだね」
デフォルトで死んだ目のシュルツがうなずいたところで、ヒナは歩き出す。
「さ、それじゃあ空くんと出会うために、ぶつかった廊下まで向かいましょう」
「凛子ちゃんは!?」
「えー大丈夫ですよお。空くんは年下のかわいい男の子なんですから、そんなにわたしのタイプじゃないですもん。生徒会長や副会長が出るより全然マシですよぉ。平気です、平気平気。えへへ」
「信じられる要素など、微塵も! 欠片も! 一ミクロンもない!」
ヒナは自信満々な顔で、死出の旅に出たのだった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
と――。
廊下を曲がったところで誰かにぶつかった。それはまあ、イベントが問題なく発生したということで、当たり前なのだが。
「あ、あれ?」
ヒナの胸に飛び込んできた少年は、空色ではなく――桃色の髪をしていた。
さらに美少年には変わりない。変わりないけれど、さらに彼よりももうちょっと女の子らしく見えた。
おどおどとした態度が、そういう印象を人に与えるのかもしれない。超かわいい。
小動物を思わせるような桃色の髪の美少年は、こちらを上目遣いに見つめ、そしてなんと――その瞳を潤ませた!
「あっ、ああ、うう、ごめんなさい……」
「――」
凍りつくヒナ。ポケットの中のシュルツがぽつりと「あ、これさっき見たやつだ……」と誰にも聞こえない声でつぶやく。
「僕、ちゃんと周りに注意しているはずなのに、すぐ誰かとぶつかっちゃうんですよね……ああ、僕ってなんて不幸体質なんだろう……」
「――」
別人との出会いだ。なぜ、なぜこんなことになったのか。
メインシステムが思考停止に陥っているヒナが、そのサブシステムで思う。
ああ、なるほど――。
そうか、彼は、そうなのだ、彼はそうだ。
二子玉空とうり二つの容姿を持ち、そして、まるで鏡合わせのような特徴。
幸運体質と、不幸体質を持つふたり。
すなわち彼は――。
「え、ええっと、お姉さん、どこも怪我はない? ……えと、あの……お姉さん?」
「――」
声変わりもしていない声でこちらに向かって問いかける少年。
両声類というのだろうか、それとも男の娘というべきか。
Very Very Kawaii!!
システムウィンドウがポップした。
それはまるで、答え合わせのようなものだった。
『六実陸。
とても大人しくて人見知りな、一年生の男の子です。
幸運体質の兄を持つ彼は不幸体質を背負っていて、そのため人に近づくことを怖がっているのです』
やっぱり、双子だった。
空と陸。ふたりとの出会いはランダムだったのだ。
乙女ゲーのテンプレート設定、双子キャラである。
どうせきっと生徒会役員なのだ。そして会計と書記とかをやっているのだ!
しかしどうして名字が違うのか。もちろんそこにも彼らの根幹に関わる設定があるのだろう。
とりあえず今は――。
「……陸くん」
「はっ、はい?」
「わたしは藤井ヒナと申します」
「あ、これどこかで見たやつだ」
ちなみに今の発言者はシュルツである。
それはいいとして。
「え、えっと」
「陸くん、これからあなたには、すごく辛いことが待っていると思います」
「ええっ!?」
「でも、くじけないでください。心折れないでください。その悲しみはいつか時間が解決してくれますから……ええ、大丈夫です……」
「そこのビッチ。それ結局言ったところで何の意味もないから、やめたほうがいいよ」
今のもシュルツである。
わざとらしくない態度で女子力めいた態度を取る陸に、ヒナは深呼吸を繰り返す。
ただ一目見た美少年のために、ヒナは死ぬ。
攻略対象者の容姿が――そうとわかるほどにずば抜けている、というのも、もちろんある。
だが今彼女の脳裏をよぎるのは、なぜ人間とはこんなに人の心を動かすことができるのだろう、という根源的な問いであった。
46億年という地球の歴史の中で、常に子孫を残し続けた生命体が、行き着いた果てに自分たちはいる。
綿々と続く営み。その途中でひとつでも命のリレーが途切れていたなら、ヒナは存在していなかった。
それこそが、その遺伝子に刻まれた本能こそが、きっとヒナに突き動かすのだ……。
「あなたは強く――生きてくださいね」
「え、ええっと……ヒナセンパイ……?」
子犬のようなキラキラとした瞳でこちらを見つめるその視線が、レイザー・ビームだった。
億千万の胸騒ぎにシェイクされた藤井ヒナは、その場にゆっくりと崩れ落ちる。
「えっ、ちょっ、ええええええ~~~~~!?」
廊下でひとり叫ぶ六実陸。
そう、バトンを繋ぐ生命の連鎖、いつか個々は死に至る。
これから先、人類が宇宙へ進出し、爆発的にその人口を増やすことになったとしても、変わらない理。
藤井ヒナはその絶対的な掟を今、身を持って皆に、知らしめているのだった――。
永遠に繰り返される天丼の中、ヒナは再び床に倒れ込む。
四人目の新キャラによってトドメを刺された彼女の明日はどっちだ……。
1168回目。
死因:六実陸との出会い、幾億の哀しみ。
シュルツより一言:次回、葬式話『86限目 六実陸の不幸体質』。どんなことになるか、想像してみてください。はい。想像してみた? じゃあ大体その通りのお話だよ。




