80限目 引き続き六日目も一度も死なずにがんばっていきましょう!
前回までのあらすじ:お待たせしました。本編が始まりました。
藤井ヒナという少女がいる。
いなければ良かったのに……と血の涙を流しながら悔やむ黒猫もいるが、それはともかく、いるのだ。
身長157.6センチ、体重は――トップシークレットのひとつだが――意外にも重いのは、その細い手足の見えないところにズッシリとした筋肉がついているからだろう。
長く伸ばした髪は多少ヤンチャだった幼年期に、せめて見た目だけでも女の子らしく! という母親の願いによるものである。
当然、今ではもうヒナの好きにしてもいいというお許しを得てはいるが、ヒナもすっかり黒髪が気に入ってしまっているのだ。
総じて外見は、『清楚な黒髪ロングの女子高生』という辺りに仕上がっている。
切って捨てるのなら詐欺である。
藤井ヒナの性格を一言で表すのは難しい。良いところだけあげるのなら枚挙に暇がない。ポジティブであり、良心的であり、思いやりがあり、温和で人当たりが良く、奉仕の念にあふれている。
だが悪いところがないかと言えば、そうでもない。彼女は異常にホレっぽいのだ。
ホレっぽいのが悪いことだって!? こいつは傑作だ、HEHEHEHE! と隣に越してきたマイケルならば笑い飛ばすだろう。笑い飛ばした後に身も心も骨抜きにされた廃人となり「あー」と「うー」と「だ-」しか喋れなくなるに違いない。
何事も度が過ぎるとひどいものだ。藤井ヒナのそれは、度が過ぎるを過ぎている。その結果、どんな悲劇が巻き起こっているのかは今は割愛しよう。きっとすぐにわかる。
それに――これは彼女を知るものにとっては少し首を傾げる事柄かもしれないが――藤井ヒナは独善的であり、我の強い側面を持つ。
恋愛とは大なり小なり独善的な部分があり、彼女の恋愛力は通常の人間が10-30の範囲で収まっている中の53万なのだから、負の側面がクローズアップされるのも仕方のない部分ではあるのだが。
陰と陽、清濁併せ呑む藤井ヒナという人間は、実に複雑だ。
これはそんな彼女――とそのお供である黒猫――の史上最大の戦いを追った、ドキュメンタリーである。
「はああああああああん、久々に朝みる制服姿の優斗くんかっこいいいいいいい!」
そしてもうひとつ、付け加えるまでもないことかもしれないが。
藤井ヒナという人物は、重度の享楽主義者――快楽を追求することを最上の目的とする少女――である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやあ、六日目始まってそうそうに死んじゃいましたね」
「予想していた事態だったからボクのダメージは少ないよ」
頭をコツンと叩いてペロリと舌を出すのが、本作の主人公である藤井ヒナである。
これは余談だが、シュルツが仕事でつけているレポートの表記は『ビッチ』で統一されている。
ふたりはいつものように何の変哲もない葬式に参列していた。
頭に白い布を巻いた幽霊ヒナの前では、優斗が「ヒナぁぁぁぁぁ!」と泣きじゃくっている。これまた何の変哲もない、昼下がりのコーヒータイムよりもありふれた景色である。
ヒナは細い指先を顎に当てて、思い返す。
「一日目は転校初日。木曜日の二日目を過ぎて、三日目がアルバイト初日、四日目がアルバイト二日目、そして先日の五日目にデートを終わらせたところですね」
「そうだね。すごく順調に進んでいるね」
「えへへー、そうですねー、楽しいですねー」
皮肉を真っ向から受け止めて笑顔を浮かべるヒナに、シュルツは盛大な舌打ちをした。
「……それはそうと六日目だよ。きょうも何事もなく過ごせるといいね」
「はい、そうですね! わたしがんばって、一度も死なずに突破してみせますよー」
「校門前の優斗くんと挨拶を交わしただけで死んだんですがそれは」
「えへへ、やですねえ、こんなのもう挨拶みたいなものじゃないですかー」
挨拶代わりに死ぬ幼なじみを持つ優斗は、ヒナの遺影にすがりつくようにして泣いていた。
その様子を見守る親戚縁者たちも皆、涙ぐんでいる。
若くして愛する人を喪ったその悲しみで溢れた斎場にて、ヒナひとりがニコニコと朗らかに微笑んでいた。
そんな彼女は立ち込める暗雲のような葬式の雰囲気にもめげず、立ち上がって宣誓する。
「わたし、六日目はもう死にません! 見守っていてください、シュルツさん! 藤井ヒナは、やりますよ! きょうからのわたしは違うんです! 決意を新たにしました! ネオ藤井ヒナです! ありとあらゆる悲しみを乗り越え、わたしは先へ向かいます! もう絶対に死にません!!」
「どうでもいいけど、UCのネオ・ジオングさんカッコ良かったよね」
「聞いていますか? シュルツさん」
もはやツッコミを放棄しているシュルツであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、なんやかんやで教室まで辿り着いた藤井ヒナである。(言うまでもないが三度ほど死んだ)
「おはよー、リンコー」
「あっ、お、おはようございます、藤井さん」
慌ただしく頭を下げてくる凛子の机に挨拶代わりの名刺をどさっと乗せると、ヒナは椅子に座って伸びをする。
「ふぁー、連休明けの学校って、ちょっと気だるいよねー」
「え、ええ……そう、です、ね……」
苦虫を噛み潰すような顔をする凛子。
彼女は乙女ゲーの中においてヒナの親友ポジションを担当するキャラクターである。
そのバッチリとした気遣いと、溢れ出る女子力の輝きから、ヒナのサポート役になるはずだったのだが。
だったのだが……。
「ああ、あたしの一日ってきょうもこれを読むだけで終わり……? そんなの、そんなのって……つ、つらたん……」
ずーんと沈み込んだ凛子は、初日に比べてなんだか化粧のノリも落ちている気がする。
一体どうしたんだろう、休みの間なにかあったのかな、と密かに心配するヒナの前。
彼女は三日ぶりの『名刺』と題されたノートを読む作業に没頭してゆくのであった。
が、それも長くは続かなかった。
「きょうは全校朝礼があるからな。みんな、講堂に集合だ」と九条椋が号令をかけたのだ。
ヒナがきょとんとしていると、凛子は慌ててノートを閉じながら。
「あ、そ、そうよ。早くいかなくっちゃ、藤井さん」
「えっと、講堂って、どこだろう? わたし場所わかんないや」
「そ、そうね、転校してきたばっかりだものね。誰か他の人に案内してもらおうか? ね? そうしない、藤井さん?」
「リンコはだめなの?」
「うっ……、べ、別にだめじゃないけど……でも、えと、できれば……ううん、そうね、いきましょう……」
盛大なため息をつきながら立ち上がる凛子を前にヒナは、「用事があるッポイのに案内してくれるなんて、凛子ちゃんは優しいなあ」と、ニコニコそんなことを考えていた。
ヒナのポケットに押し込まれて頭と手だけ出しているシュルツがつぶやく。
「鬼か」
鬼よりも恐ろしいものなのかもしれない……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
全校朝礼である。
2年B組の藤井ヒナたちは、中段のやや左よりの席についていた。
生徒のつめ込まれた講堂は、華やかながらも厳かな雰囲気であり、この数星学園の真新しい校舎と比べてもまるで見劣りがない、立派な建物であった。
そんな講堂の壇上には、先ほどからこの学校の理事長とおぼしき人物が立ち、春は出会いと別れの季節である、という風な趣旨の演説を披露していた。
いかにも乙女ゲーらしい、恋せよ乙女!的な内容だが、ヒナはほとんど聞いていなかった。
隣の席に優斗が、その奥に九条椋が座っていたからである。
もうドッキドキであった。
顔を赤らめながら俯き、死に耐えるのが精一杯であった。
しっかりと姿勢を但し、理事長の演説に聞き入る優斗の横顔なんて見ようものなら、その場で恋のタイフーンが血の雨をまき散らすことは明白であった。
こんな、全校生徒が詰め込まれている場で死ぬなんて、それは淑女としても相当にみっともない行為だ。
そんな死に方は、はしたない。絶対に回避しなければ。
そういうわけで、恐怖の席順に巻き込まれたヒナは今、精一杯だった。
一秒ごとに緊張感が高まってゆく。
頬を染めながらぷるぷるしているから、もしかしたら声をかけられてしまうかもしれない。
優斗にこの状態を気づかれたら最悪だ。
粗相をしでかしてしまうに違いない。
ここは耐える、耐えるんだ。
ヒナは自分に言い聞かせる。
無駄に凄まじく切迫した雰囲気であった。
人ひとりの命がかかっているのだ。当然かもしれない。
ああ、早く終わってくれないかなあ。
この状況はやばい。お願いだから優斗くん振り向かないで。
あ、理事長の演説が終わった。
あと少しかな。脚が震えだす。
ヒナは必死にお腹をさする。それがなんの役に立つのかはわからないけれど。
うー、うー、と具合悪そうにしているヒナのことには気づかず。
というかそもそも、講堂に凄まじい爆弾を抱えているということにも人類は気付かず。
それもともかく。
理事長が壇から降りる。
そして代わりに生徒たちの前にやってきたのは――。
なんと、白い学ランを着た、ド派手な男性だった。
校則違反ぶっちぎりもいいところである。
「よう、お前ら! 青春を謳歌しているか!」
彼は明瞭な声で告げてくる。
その声量は、マイクがなくても講堂全体に響き渡るだろう。
確かに美形だが、それ以上にオーラがすごい。
一介の男子高校生とは思えないほどに、成功者の迫力が溢れていた。
「はっはっは! 学生という限られた時間は、光のように過ぎ去ってゆく! いいか? 一日一日を後悔しないように生きてゆけよ!」
獅子のような髪型をした長身の彼は、マイクをむんずと掴んで、名乗る。
「俺様は八宮龍旗! 知らない奴ぁいねえと思うが、この学園の生徒会長だ! 困ったことがあったら俺様のところへ来いよな! 得意の魔法でなんでも解決してやるぜ!」
その男気と自信たっぷりの姿は、まさしく龍のように勇ましかった。
ヒナは己の陥っている状況にもかかわらず。
うっとりと――壇上の彼に見惚れてしまっていた。
まるで、自分と彼の間だけ、時が止まったかのようだった。
きゅん、と胸が高鳴る。
絶対に攻略対象者だ。だって苗字に数字が入っているし!
攻略対象者だ。新たな攻略対象者が現れたのだ。
ヒナの視線は、キラキラとした笑顔で髪をかきあげる彼に吸い寄せられていた。
八宮龍旗。ヒナはその名前を深く心の中に刻みつける。
お馴染みのキャラ紹介ウィンドウが出てこないのは、まだ実際に出会ったわけではないからなのだろう。
知りたい。
もっともっと彼のことが知りたい。
なんだろう魔法って。気になる。すごい、気になる!
「まったく、八宮会長は相変わらずだな」
椋がぽつりとつぶやいた瞬間、ヒナの耳がダンボになった。
耳ざとく、ヒナは優斗越しに尋ねる。
「え、えっと、八宮会長って、どういう人なんですか?」
「ん? あ、ああ、あの通り、変わった人だよ。ただ、相当な辣腕であることは確かだ。八宮家は旧華族の出身で、九条財閥とも縁があるため、何度か僕も世話になっているが……」
「へ、へえええ……」
ヒナの瞳の奥に、ぽわんとハートマークが浮かんでゆく。
年上。三年生。美形。生徒会長。旧華族。長身。イケメン。ミステリアス。俺様系。
なんかもう、数え役満のようだ。すごく格好良い。
やばい、これはやばい。タイプかもしれない。
そもそもヒナにとってタイプじゃない男性などほとんどいないのかもしれないが、それはそうとして、だったらもうすごくタイプかもしれない!
テンションあがってきた。
良い、新キャラの登場というのは、実に良い。
どうしよう、たまらない、心ぴょんぴょんしてきた。
ヒナは体を左右に揺すりながら、口元にだらしのない笑みを浮かべる。
「八宮会長……えへ、えへへ……」
両頬に手を当て、鼻血を垂らしそうになりながらニヤニヤしていたところで。
こちらに気づいた優斗が声をかけてきた。
「あれ……おい、ヒナ」
「え?」
「どうしたんだおまえ、なんか、顔が真っ赤だぞ」
「あ」
忘れていた。
三分後、口から血を吐くひとりの女子生徒が講堂からタンカに乗せられ、運び出されていた。
彼女は「うう、粗相を、わたし、そそうを……」と何度も繰り返していたらしいが、それがなにを指すのかはわからない。
ただ、その女子生徒は病院に運び込まれるのを待つこともなく、その場で絶命したのだった……。
1153回目。
死因:優斗の優しい笑顔を見て。
1154回目。
死因:優斗と他愛のない世間話をして。
1155回目。
死因:優斗から昨日のデートに言及されて。
1156回目。
死因:昨日のデートを思い出して。(思い出しトキめき死)
1157回目。
死因:八宮龍旗を見て。
シュルツより一言:
誰がデー! ダデヲゴウリャグしても! オンナジヤオンナジヤオモテー! ンァッ↑ハッハッハッハーwア゛ン!! このニこのゲームンンンッハアアアアアアアアア↑↑↑アァン!!!!!! アゥッアゥオ-ゥ、ウア゛…アアアアアアアアアアアアーーー!!! アウアウ! コノヒホンァゥァゥ....-..ア゛ー世の中を...ウッ...ガエダイ! ゲーム業界門題はぁ...グズッ...我が会社のみンドゥッハッハッハッハッハアアアアァァ↑ 我が会社の件みンゥッハー↑我が会社のみならずぅー! ツラタン...世界の問題やないですかぁ...命がけでッヘッヘエエェエェエエイ↑↑↑↑ア゛ァアン!!! ヒナサンニハワカラナイデショウネエ......。
作者より一言:タイトル変わって『恋したら死ぬなんて、つらたんです』。8月30日にエンターブレインより発売いたします。よろしくお願いします。




