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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第六章 ルッンルン☆初めてのデートは彼岸の彼方♡
87/103

79限目 デートもこれでおしまいです!


 2001回目の挑戦である。


「えへへ、それじゃあシュルツちゃん、わたしいってきますね」

「あー」

「はい? どうしたんですか?」

「だぁー」

「あ、もう、シュルツちゃんってば」


 ヒナは黒猫のぬいぐるみを抱き上げて、その頭を撫でる。

 ぬいぐるみの安心しきった笑みを見下ろし、ヒナも幸せそうであった。


「だめですよ、シュルツちゃん、わたしおっぱい出ませんよ」

「まーまー」

「えへへ、がんばっても無理ですよー。もー」

「あー」


 ヒナは黒猫のぬいぐるみをひとしきりあやした後、そっと床に戻す。

 途端に不安げな顔をする彼(彼女?)に満面の笑みを浮かべると、ヒナはそっと人差し指を立てた。

 つん、と黒猫の鼻先を押し、頬を緩める。


「大丈夫ですよ、シュルツちゃん。

 わたし、すぐに優斗くんとのデートをクリアして、戻ってきますからね」

「だぁー……」

「そうしたらまた一緒に遊びましょうね。

 何回でも、何度でも……この世界で、ずっと、ずぅっと……えへへ……」

「あぶー」


 そしてヒナはゲームのスタートウィンドウを手で押し込む。

 世界の色は変わってゆく。


 こうして2001回目の挑戦とともに、五日目、優斗とのデートイベントが始まる――。





 ――





「――という幻覚を見たんだよ、ヒナさん」

「幸せそうな夢ですねえ」


 実際はまだ1000回死んだばかりである。

 そうそう簡単に1000回単位で死亡回数を重ねてたまるか、だ。


 ぺたんと座ったままのんびりと髪を撫でるヒナに、シュルツは遠い目をしながら尋ねる。

 それは多少勇気のいる行為であったが、確認せずにはいられなかったのだ。


「……ひとつだけ聞いてもいいかな」

「なんですか?」

「ヒナさん、もし幻覚のときみたいにボクが辛くて苦しくて、もうなにもかもやめたいって言ったら……。

 ……そのときは全力で慰めてくれる?」

「はい」


 シュルツの言葉に、ヒナは一も二もなくうなずいた。

 そのまっすぐな瞳に、いつものような甘さはない。


「そのときはシュルツさんの気が済むまで、おそばにいますよ」

「一生気が済まなかったら?」

「じゃあ一生」

「……」


 傍目には簡単に言い切るその彼女の声には、紛れもなく本物の決意が込められているだろう。

 添い遂げる覚悟があるのだ。藤井ヒナには。こんなところで出会った正体もわからない自分に対して。


 シュルツは「なるほど」と小さくつぶやいた。


 心の中には、荒波が巻き起こっていた。

 なぜそんなことをシュルツが言い出したのか。

 別に狂ったわけではない。安心してほしい。誰にとは言わないが。


 シュルツは試したのだ。

 彼女と、そしてどちらかというと自分の今の心情を。

 クレイジーサイコビッチの言葉を心地良く受け入れることができたら、もうヤバい兆候であったろうが……。


 シュルツの心にあったのは、寒々しい荒涼感であった。

 つまり「なにいってんだこのビッチは……」である。

 ヒナの好意を突き返すことができそうだ。

 良かった。まだ自分は腐ってはいない。魂はこの胸に、ある。


「……ま、この分なら、まだしばらくは平気かな」

「???」

「ヒナさん」

「はい?」


 シュルツは両手でバッテンを作って、明確に告げる。


「No Thank you」

 

 自分から言い出しておいて、割とヒドい言いぐさであった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





 ……。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





 ……。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




「皆さん、こんばんは、シュルツです」


 さてさて。

 黒猫のぬいぐるみはロッキングチェアに座り、ゆっくりと火のついていないパイプをくゆらせる。


「こんばんは、かな、こんにちは、かな?

 まあ、もう正直よくわかんないよね。

 朝も昼も夜もないこの世界で、ボクは今でも生きています」

「なにをしているんですか? シュルツさん」


 するとそんなシュルツの前、首を傾げるのは普段通りのヒナだ。

 シュルツは静かに目をつむり、つぶやく。


「もしボクになにかがあったときのために、元気な姿を映しておこうと思ってね」

「えっ、具合悪いんですか?」

「体の調子は良いよ。でも人は肉体だけで生きているわけじゃない」

「心のケアなら任せてください。

 えへへ、わたし結構そういうの、得意なんですよ。

 身も心も溶かし尽くしちゃいますよ!」

「ボクがボクじゃなくなってしまいそうだから、それは最後の手段に取っておこう」

「はーい」


 返事は素直なのだ、返事は。

 それが余計に憎らしくもある。


「じゃあ、ボクは引き続き証言を残しておくよ」

「はい……っていうか、えっと、なんの証言ですか?」

「優斗くんの末路を見て、ちょっと色々と思うところがあってね。

 いつかボクも証言台に立つ日が来るかもしれないし。

 そのときのために準備は万全にしておいたほうがいい」

「は、はい。がんばってください! ファイトです!」

「うんまあ、うん」


 一体なにを応援しているかわからないだろうが、このビッチは目を輝かせながらシュルツの手を握りしめてきた。


「なにか目標に向かって走る人は、カッコイイです! 素敵です!

 わたし、シュルツさんのことをずっと前から素敵だなあって思っていましたけど、その気持ちが今、さらに強くなっちゃいました!

 がんばってください、シュルツさん! わたしにできることなら、なんでも言ってくださいね!」

「あ、はい」


 ぶんぶんと手を振り回され、シュルツにはうなずくことしかできない。

 目をキラキラと潤ませ、憧れの眼差しで見つめてくるヒナは、間違いなく清楚可憐な黒髪の美少女であった。

 もし相手がシュルツでなければ、誰でも騙されてしまうだろう。それほどの可愛らしさが溢れていた。

 

 桃色のハートマークを散布しながら、だらしなく口元をほころばせたヒナの前、なんともやりづらさを感じながらシュルツは咳払いをする。


「とりあえず、デートの顛末について、語るとしよう」

「あ、はい、そうですね!」


 ピカピカの笑顔のヒナは、うなずく。


「優斗くんは、すっごく手ごわかったですね!」

「なぜだろうか、ヒナさんに言われても嫌味にしか聞こえないよ」


 シュルツはパイプを手の中から消し、頬杖をついた。

 さて、顛末を、語るとしよう。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 1000回目の挑戦の後の物語である。


 流れるOPテーマをバックに、見晴らしの良い展望台の上でヒナは死んでいた。

 この直後に優斗が警察に逮捕されたのは、先に語った通りである。


 さて、この場合、ヒナはどうなるか。

 イベントの途中だが、クイックセーブなどは効いているのだろうか?

 そんなものはない。

 当然、また最初からやり直し、である。

 そこに慈悲はない。


 ……いや、そもそも慈悲がないことなど知っていた。

 そんなものがあるのなら、この『乙女は辛いデス』はどこでもセーブが可能だったはずだ。

 VRゲームというハードの性能を限界まで引き出したゲームにおいて、少しでもメモリの無駄遣いは削るべきだと上が主張したのだろう。

 なぜ上層部は、ゲームの世界にクレイジーサイコビッチとともに閉じ込められてもう二度と出られない限界迷宮に迷い込んでしまうことを想定していてくれなかったのか。


 少し想像力があれば、優斗の微笑みひとつで即死するチョロインがいるということぐらい、わかったはずだ。

 それなのに、それなのに……!


 ……いや、よそう。

 この場で開発者を責めたところで、どうにもならない。不毛だ。

 すべては『藤井ヒナ』というモンスターを生み出した世界が悪いのだ。

 この地球の、銀河の、全宇宙の運命であったのだ。

 

「はにゃああああん! かっこいいよおおおおお!」


 優斗の笑顔の前にひっくり返る藤井ヒナの様子を、人間の愚かさを見守る神のような目で眺めながら、シュルツは思う。

 

「ウゴゴゴ、コレガ人類ノ選択ナノカ」


 シュルツももうだいぶ参っていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 


 そして結局のところ。

 最終的にはすべて、力押しであった。


 力押しというのは、正確な表現ではない。

 すなわち、ヒナの精神力によるゾンビアタックである。


 死んで挑んで死んで挑んで、挑んで死んで、また死んで。

 それでも挑戦することをやめなければ、いつかはクリアーできる。

 ――乙女ゲームとは、そういうものなのである。


 もはやすべての障害は明らかになった。

 序盤の待ち合わせ、中盤の軽食店、そして終盤の優斗の展望台でのいい感じの雰囲気。

 さらにムードを盛り上げるためにバックで流れる、男性ボーカルたちによるミディアムテンポのOPテーマ。

 その曲名は『死ぬほど君に恋してる』だ。

 

 営業として販促の場面で何度も耳にしたことはあったが、今こうして閉じ込められた空間の中だと、皮肉にしか聞こえなかった。

 なにが『死ぬほど君に恋してる』だ。

 冗談で言ってンじゃねェンぞ、ダボが。

 実際死者が出ているンだぞ、遊びじゃねェンだよ。


 そんな良くない言葉がシュルツの胸のうちで湧く。

 良くない兆候であった。

 

 しかし、それにしても音楽の効果というのは素晴らしいものだ。

 これはゲームがゲームであるがゆえの、演出である。

 小説や漫画では張り合うことすらできない分野だ。

 いかに音楽が恐ろしいかというのは、ゼントラーディが証明しているので、ここでは割愛しよう。


 ヒナは死んだ。

 挑戦のたびに曲が流れ、そしてそのたびにコロコロと死んだ。


 ワンフレーズごとに死んだし、ワンメロディでも死んでいった。

 高まるムードと優斗の笑顔、そして彼の言葉の三重殺だ。

 展望台イベントは、まさしく強敵だった。


 もうシュルツができることはなにもない。

 あとはただ、ヒナがOPテーマに耐えられるかどうか、それだけだった。


 乙女ゲー世界の命運はヒナの手に託された。

 ……いや、それは最初からそうだったか。


「しゃららーしゃららー、恋に囚われたこのこころー、

 まるでつばさのおれたー、てんしのようだねー」


 口ずさむヒナは、終始幸せそうであった。

 その歌も一流の歌手のように非常に上手なのがまた、憎たらしかった。



 ヒナはOPテーマが流れる中、優斗とともに展望台を降り、

 夕日照らす自宅へと帰宅して、セーブを完了した。


『ぜったいイベント』は今、すべてのカリキュラムを終了した。

 五日目が、過ぎ去ってゆく。


 ――通算1152回目の挑戦であった。


 1001回目。

 1002回目。

 1003回目。

 1004回目。

 1005回目。

 1006回目。

 1007回目。

 1008回目。

 1009回目。

 1010回目。

(中略)

 1143回目。

 1144回目。

 1145回目。

 1146回目。

 1147回目。

 1148回目。

 1149回目。

 1150回目。

 1151回目。

 1152回目。


 死因:歌×優斗×笑顔=無限大∞。


 シュルツより一言:ちなみに展望台で死んだ回数だけ優斗くんは逮捕されています。大体百回ぐらいです。だれか、彼に救いを、だれか。


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