76限目 デートです。人はなぜ死ぬのでしょう。
「はーうー、はーうー」
ヒナは頭を抱えながら悶えていた。
時は多少前後する。
通算900回目の死亡を迎えた時点であった。
死体のように床にべたーっと張っているゾンビシュルツを横目に、ビッチは体を揺らす。
十回連続で優斗の笑顔の前に沈み、ようやく突破したと思ったらあの男前なメイドさんにやられたのだ。
「特製オムライスでござーいー」と運ばれてきたそれにケチャップでハートのマークが描かれていたために、ヒナは死亡した。
可愛かった。キュンとした。
テーブルにべったーんと倒れ、顔面ケチャップまみれの血まみれであった。
「うーうー、うーうー」
その後、葬式にやってきたあのメイドさんは、しっかりとした喪服姿に身を包んでいた。そのスタイルもまた、スラっとしていて格好良かったのだ。
しかしそれにしてもあの美女は、ヒナの死に対しても他の人たちのように過度に取り乱すことはなかった。修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。やはり非常に格好良かった。
思い出すだけでドキドキメーターが上昇してきそうなので、ヒナは思わずケータイを手に取った。
補給だ。ビタミンI(愛)を今すぐに補給しなくてはならない。
砂漠でオアシスを見つけた遭難者のように、慌ててケータイを操作し、コールをかける。
トゥルルルと呼出音が鳴り、すぐに切り替わって声がした。
『はい、もしもし?』
「うー、リンコちゃんー、リンコちゃんー」
『うん? 今度はどうしたの、藤井さん?』
藤井ヒナの親友キャラ、百地凛子のその疑問の声が聞こえてきた。
凛子の感覚的には、先ほど軽食店の場所を聞かれてから、すぐまたかけ直してきたヒナである。
そんなヒナは黒髪の一房をくわえながら、弱音を吐く。
「だめだよー、リンコー、わたしもう死んじゃうよー」
『えっ? えっえっ?』
ヒナは電話の向こうの少女に、思いっきり甘えた声をあげる。
「ひゅーどろどろー」
『ちょっと、なに、どうしたの?』
「リンコちゃんの腕の中で息絶えたいー」
『なになに、なんなの……?』
「うわーんうわーん、うわーん」
『ちょ、ちょっと、藤井さん……?』
「えへへー」
『なに、なに……やだ、なに……?』
「凛子ちゃん、可愛いね!」
『ええー…………?』
ヒナのめまぐるしく変わるテンションに、凛子、朝からドン引きである。
なぜ彼女がこんな目に合わなければならないのか、シュルツは思わず目頭を押さえた。
しかしその一方、冬虫夏草のようにヒナはぐんぐんと調子を取り戻してゆく。
「なんか、元気出てきた気がする!」
『そ、そう……?』
「ありがとね、凛子ちゃん! 大好き!」
『う、うん…………そ、そう、なんだ……』
さんざん凛子を振り回し、困らせた挙句、ヒナは電話を切った。
ふう、と額を拭い、ヒナはだらしない笑みを浮かべる。
「凛子ちゃんとお喋りするの、楽しい!」
「このビッチ、死ねばいいのに」
シュルツが言うまでもなく、実際すぐ死んだ。
900回目の死亡であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、時を戻そう。
995回目の死を迎え、996回目の挑戦である。
優斗にフラワーブローチのプレゼントをもらったヒナは、彼の目の前でそれをフェミニンなシャツの上に付けてみたりする。
完全に浮かれ気分であった。
「どうかな?」
「……い、いいんじゃないか?」
「えへへ」
「……」
照れのあまり、優斗もいつもより舌が回っていない。
普段ならヒナを一撃で仕留めるその口撃も、刃が鈍りまくっていた。
完全にチャンスだ。
アパレルショップを出た後、優斗が行くのは須内市である。
あっという間に元の街に帰ってきた優斗とヒナは、さらなるポイントへと移動する。
そこはイベントの流れの先であり、普段は向かうことのできないスペシャルな場所であった。
須内市を一望できるような、そんな小高い山の上の展望台である。
優斗はその端の手すりにもたれかかりながら、街を見下ろしていた。
「……ずっとさ、へへ」
絶好のロケーションだ。
このままエンディングテーマが流れてもいいくらいのムードだ。
『このままエンディングテーマが流れてもいいのに!(怒)』とはシュルツの弁だ。
それはさておき、夕日に照らされながら、優斗とヒナは街の陽の中に沈んでゆく。
「ここに、ヒナと来たくて……」
照れながら振り返った優斗が見たものは、血だまりに沈む藤井ヒナのその姿であった。
夕日に照らされているため、いつもよりも若干血の色が薄めだ。まるで教育上配慮されたホラーゲームのようであるが、残念ながらヒナの死とは無関係である。
「ヒナー!? ヒナー!?」
一体なにがヒナの琴線に触れたのかはわからない。
そもそもこのシチュエーション自体が彼女にとって、致命的であったのだろう。
ヒナは今、ドキドキメーターの上限を突破し、トキメキ死してしまっていた。
再び、デートのスタート地点からやり直し、であった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
997回目である。
「よう、ヒナ。へへへ、きょうはなんだか、可愛いな」
「モルスァ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
998回目である。
「よう、ヒナ。へへへ、きょうはなんだか、可愛いな」
「モルスァ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
999回目である。
「もうだめだ、ボクとヒナさんはもうだめだ。
ずっとここに一生閉じ込められるんだ……。
もう二度と外には出られなくて、ボクはきっと考えるのをやめるんだ……」
「あ、久々に見ました、シュルツさんのそのモード」
「……うう、だめだだめだ、もう一生新作ゲームとかで遊べないんだ……。
新しいゲームが出てもボクだけここに閉じ込められたままだからダウンロード購入とかできないし、VRMMOのバージョンアップには間に合わないで、ボクだけレベルキャップに取り残されるんだ……。
ああ、ああ、おしまいだ……モルスァ神に殺される……。
ファービーが、ファービーの大群が攻めてくるんだ……。
目を光らせながら、おお、おお……窓に、あと扉に、スプーンの照り返しに……コップの中の水面に……」
「心配しないでください」
ふわふわの(ぬいぐるみだからだ)頬を引っ張ったり伸ばしたりして絶望するシュルツの前。
ヒナは自信満々な顔をして、胸を叩いた。
その小ぶりな胸を張り、彼女は黒髪を耳にかけ、にっこりと笑う。
「いくらわたしでも、もう慣れました。
優斗くんに殺されるようなことは、今後ありません。
当然じゃないですか。今まで一体何度殺されたと思っているんですか。
知っていますか? シュルツさん。
もうわたし、優斗くん対策はバッチリですよ?
だってさんざん慣れましたもん。
優斗くんは確かに優しいです。殺人的な優しさです。
その優しさを前に、わたしは幾度と無く辛酸を舐めました。
笑顔も素敵ですしね、とってもカッコイイです。
それよりもなによりも、あの瞳がすごく優しいんですよね。
見つめられると、まさしく天にも登る気持ちになっちゃいます。
恐ろしいですよね、優斗くん。
他にも、まだまだ良いところはありますけど。
まるで王子様みたいに自然にかばってくれたり、他にも気を遣ってくれたり。
もう完璧に近いです、人間力が高すぎます。
乙女ゲーのスタッフさんはすごいですよね、あんな素敵な男性を造形できるんですから。
やっぱり女の子の憧れなんですよね、ああいう方。優斗きゅんすごいです。
あ、でもですね? でもそれももう大丈夫ですよ?
わたしは、藤井ヒナは、しっかりと克服しました。
ええ、本当です。完璧です。恋心だけを殺す白血球ができあがりました。
だっていい加減、何回死んでいると思うんですか、優斗くんで。
もう500回ぐらいですよ。そんなにひとりの人にときめくということが、あるのでしょうか。
いいえ、ありえませんよ。いくらわたしがちょっぴり惚れっぽいからといって。
ものには限度というものがあります。恋だってそうです。
恋愛にだって賞味期限があるんですよ。
よく言うじゃないですかほら、恋の賞味期限は三年が限界って。
まあわたしには別にそんなことはないんですが、でも一般的にはそうなんです。
さすがにプレイ中の時間でもまだ三年は経っていないとは思いますが、
それでもですね、やっぱり人は慣れて生きていくものなんですよ。
ゲームの破壊と再生を繰り返す上でも、『飽き』と『慣れ』は重要なキーワードなんです。
以上、長々と語らせていただきましたが、わたしとして言いたいことは今ひとつです。
もう絶対に優斗くん相手になんて、死なないんだからねっ! です。
ご清聴ありがとうございました」
「あ、はい」
床に寝そべってキーボードを叩いていたシュルツは、顔をあげる。
猫のぬいぐるみが仰向けの体勢で首を傾げる姿は、なかなかにプリティーではあるが。
「前フリもう終わった?」
「なんですかそれ!?」
「いや、だってヒナさんがひとりでばーっとまくし立てるときなんて、
そんなのもう、死へのカウントダウン以外のなにものでもないじゃないか……」
「シュルツさん、わたしをなんだと思っているんですか」
当然、天下無双のクレイジーサイコビッチである。
システムというバルサンの前に為す術もない蛍のようなものだ。
しかしヒナは腰に手を当てて、えっへんのポーズを取った。
満面の笑みで、藤井ヒナは宣誓するのだ。
「絶対にもう、わたしは、死にませんっ!」
996回目。
死因:優斗と夕日の展望台のロケーションで。
997回目。
死因:笑顔の優斗に挨拶され。
998回目。
死因:笑顔の優斗に挨拶され。
999回目。
死因:「絶対にもうわたしは死にません」の十七秒後に、笑顔の優斗に挨拶され。
シュルツより一言:次回、ついに千回目のメモリアル死亡です。ちくしょうがー。




