75限目 デートです。引き続き死んでます。
「あじゃじゃしたー」
カウンターであろうことか携帯ゲームをプレイしているメイドの、そのやる気のない声に見送られて、ヒナと優斗は連れ立って店を出た。
優斗は相変わらずの笑顔を浮かべている。
「良い店だったな。ハンバーグもすごく美味しかった」
「そ、そうだね……」
ヒナはハンカチーフを額に当て、冷や汗を拭いながら外に出てくる。
カフェの落ち着き払った空気は良かった。非常に良かった。
なんかこう、ヒナの淫気を中和するかのように、働いてくれた感じであった。
無論、その程度のムードで、ヒナのクレイジーサイコビッチ力を無効化することなどはできない。
ヒナは礼拝堂やお葬式の真っ最中ですら、逆にドキドキしてトキメいてしまえるほど業が深いのだ。
しかし、この場に限っては、その紙一重ほどの作用が窮地を脱するための援護に回ってくれた、ということだろう。
シュルツは、ぐだりながらため息をつく。
「セーブしてぇ……」
それはかなわない願いである。
デートの最中で一旦家に帰るなどということは、許されていない。
いや、もしかしたら本気で頼み込んだら許してもらえるのかもしれない。
そうだ、最初から諦めていたら、なにも始まらない!
勇気を出して、さあ飛び込もう!
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥! シュルツに促され、ヒナは意を決した。
「あ、あの、優斗くんー」
「んー?」
「わたし、その、おうちに忘れ物しちゃってー、エヘヘー……。
い、一回帰っても、いいかなあ……?」
きょとんと目を丸くする優斗の前。
システムメッセージがポップする。
『ぜったいイベント中の帰宅はできません』
案の定である。
ご親切にドーモ、だ。
シュルツはヒナのポケットに収まったまま「チックショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」と劇画調の顔で泣き濡れていた。
ヒナは引きつった顔で「えへへへ……」と笑い、小さなため息をついた。
死のデートはまだまだ続くのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
第三の試練は、物欲地獄だ。
やってきたのは大型スーパーの上位店舗、
すなわち、街にある『ショッピングモール』である。
ここは様々な店が詰め込まれている。
それらに自由に立ち入ることはできないが、本日はその中のひとつ、『アパレルショップ』にだけ訪れることができるのだ。
なんてことはない。要するにこれもチュートリアルである。
今回はデートというよりは、デートによってどういう行動が取れるのか、あるいはイベントとはなにか。自由行動でなにができるのか。そしてお金の使い方とは。そういったことを学ぶイベントなのだ。
そうした解説を、説明臭くしないために、エスコート役の王子様が付いてきているだけである。
シュルツはようやく本質を理解した。本来こんなものは、死ぬようなイベントではなかったのだ。
「……いやまあ、そんなことを言ったら、イケメンの顔を見ただけで死ぬなんてことも、本来はありえないんだけどね……」
ぐったりとうめくシュルツの口からは、魂が抜け出ているかのようだ。
本日、いまだ五日目である。
「アパレルショップかあ……」
優斗の後をついていくだけだったヒナもまた、お洋服の山を前に、顔をあげる。
その目が徐々に猛禽類のように細められていった。
【プレシャス・ビビッド】よりも何倍も広い店舗面積を前に、オシャレ女王の魂が燃えてゆくようだ。
ピピピピと素早く視線を動かす彼女は、まるで生きるレーダーである。
だが、すぐに思い出す。ヒナの手持ちのお金はもう、ほとんどない。
気に入った服があったところで、買って帰るわけにはいかないのだ。
そのためにアルバイトをするのも、なんだか不毛だ。乙女ゲーはバイトゲーではないのである。
やめよう、別にオシャレをするためにこのゲームの中にいるわけではないのだ。
そうだ、ヒナがここにいるのは、誰かひとり攻略キャラクターを惚れさせ、そして念願のエンディングを見るためである。
ヒナはそのためにここにいるのだ。それをゆめゆめ忘れてはならない。よく忘れるけれども。
優斗は先ほどからヒナを飽きさせないように、様々な話題を振ってくれている。
その大体すべてに「はあ」と「うん」と「そうなんだ」の三種類の返事を、リズムゲームのように使い分けているヒナである。
事務的な機械であった。すなわちメカビッチだ。
もっとも、そんなヒナに対しても優斗の真摯な態度は一切崩れない。
彼は心からこのデートを楽しんでいるようである。聖人なのかもしれない。
「なあなあ、ヒナ、ヒナ」
「うん」
「ちょっとちょっとこれ見て、これ」
「はあ」
「可愛くね? このアクセサリー。なあなあ」
「そうなんだ」
「どれか気に入ったのある? ちょっと一個選んでくれね?」
「はあ」
完璧な応対である。嫌な客を追い払うキャバ嬢のようだ。
脳内ヒナたちがキャーキャー黄色い悲鳴をあげる中、ヒナ本体は感情を押し殺したまま小さく首を傾げる。
目の前にあるのは、フラワーブローチ、チェーンネックレス、そしてカラーブレスレットの三種類である。
どれもなかなかに、センスが良い。この乙女ゲーを作った開発者がデザインも担当したのだとしたら、大したものだ。
しいて言えばと、ヒナはフラワーブローチを指差した。
「これがいい、かな?」
「ん、なるほどな」
優斗は悪戯っぽい笑みを浮かべると、それを持って会計へと向かう。
ヒナは慌てて彼の背を追った。
「え、えっと、優斗くん?」
「んー?」
「優斗くんそれ買うの?」
完全に女物だが、まあ優斗になら似合うかもしれない。他の人にどう見られるかはともかく、だ。
しかしそれなら優斗に似合うものはもっともっとあるだろう。オシャレの血が騒ぎ出すヒナに向かって優斗は「おー」とうなずく。
「ま、久々にヒナが帰ってきて、なんにもしてやらないっていうのも、ないしな」
「?」
「俺にプレゼントさせてくれよ、ヒナ」
「えっ、ええっ、悪いよ。わたしお金出すって」
「まあまあ、これからもまた仲良くしてくれ、っていうことでさ」
肩越しに顔を出すヒナを押しとどめて、優斗はさっさと会計を済ませてしまう。
可愛らしくラッピングされたその小さな包みを「ほらよ」と手渡されて、ヒナは「うーうー」とうなる。
その様子を腐った魚のような目で眺めているシュルツは、「ああ、これは死んだな」と確信したのだけど。
しかし、ヒナの反応は――シュルツの予想とは多少違うものであった。
ヒナはどちらかというと、プレゼントを贈られる側であった。
それは単純な金銭だけではなく、花や洋服、お菓子や本、アクセサリー、マンション、車、ジャンボジェット、果ては油田や無人島、星の所有権などにも及ぶ。
同年代の平均的な普通の女子に比べれば、まあ多少は貰っているほうであろう。こればっかりはヒナも、自分が平凡とはちょっぴり言えないものだ。
それらのプレゼントに対する、ヒナのリアクションはというと、比較的常識に沿っていた。
高価なものはお返しして、どうしてもという場合、もらった株や土地や油田はそういった管理会社――まとめて一括でお願いしているところだ――に管理を委託し、法的な手続きもお願いすることにしている。
まあ恐らくは、突然油田を貰った平凡な女子高生の反応としては、ごくごく自然なものであろう。
ヒナは誠意と金額の大小に関しては――受け取る側としては気にしてしまうが――あまり関係がないと思っている。
大事なのは気持ちだ。相手がどんなに自分のことを想ってくれているかが大事であって、プレゼントはその触媒に過ぎないのだ。
つまり、同年代の男の子が一生懸命書いてくれた自分の似顔絵も、日本有数の馬主がプレゼントしてくれたサラブレッドの『ヒナタンペロペロ号』も、ヒナとしてはあまり変わりがない。
余談だがヒナタンペロペロ号は牝馬でありながらダービー賞を制覇するという快挙を成し遂げ、近々凱旋門賞に挑戦するらしいが、それは本筋とは関係がない話である。
ともあれ、今回の優斗のプレゼントはどうであったかというと。
「うん……ありがとう、優斗くん」
ヒナとしてはそれを『友情の証』と受け取った。優斗の言葉を額面通りに受け止めたのだ。
そう、ヒナは優斗からプレゼントをもらいながら、死ななかったのだ!
優斗の心にやましい気持ちはなかった。彼は純粋にこれからもヒナと共に学校に通えることが嬉しくて、だからこそヒナに贈り物をしたのだ。
ヒナはその気持ちを正しく受け入れた。だからこその無事であった。
もちろん、ドキドキメーターは変動し、あと少しでも伸びようものなら致命傷であったろうが、死ななければ結果オーライである。
そんなヒナの笑顔と感謝を前に、優斗は――。
「お……おう、別に、気にすんなよ」
慌てて顔を背けた。そのイケメンの頬は赤く染まっていた。
いつもとはまるで逆の立場である。思わず口元を抑えて彼は「やっべぇ……」とつぶやいた。ヒナの笑顔にクラクラの様子であった。
シュルツ的には、見ているこっちが恥ずかしくなるようなリアクションだったが、ヒナは「?」と首を傾げて、気づかない。彼女自身の自己改造によって、鈍感力はいつもの七万倍増しであった。
「じゃ、じゃあさ、いこっか」
「うん」
「俺のとっておきの場所に、案内すっからさ」
照れながらの渾身の笑顔を向けてきた優斗に、ヒナは――。
「そうなんだ」
まるで彼と目を合わせず俯きながら、事務的な発言を繰り返すメカビッチと化しているのである。
優斗もまた、不憫な男であった。
862回目。
863回目。
864回目。
865回目。
866回目。
867回目。
868回目。
869回目。
860回目。
861回目。
(中略)
986回目。
987回目。
988回目。
989回目。
990回目。
991回目。
992回目。
993回目。
994回目。
995回目。
死因:デートという名の有象無象・神羅万象、ありとあらゆるものがヒナに襲いかかる!
シュルツより一言:ヒナさんは元気だけど、見えないところでボクはもう限界です。




