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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第六章 ルッンルン☆初めてのデートは彼岸の彼方♡
83/103

75限目 デートです。引き続き死んでます。

「あじゃじゃしたー」


 カウンターであろうことか携帯ゲームをプレイしているメイドの、そのやる気のない声に見送られて、ヒナと優斗は連れ立って店を出た。

 優斗は相変わらずの笑顔を浮かべている。


「良い店だったな。ハンバーグもすごく美味しかった」

「そ、そうだね……」


 ヒナはハンカチーフを額に当て、冷や汗を拭いながら外に出てくる。

 カフェの落ち着き払った空気は良かった。非常に良かった。

 なんかこう、ヒナの淫気を中和するかのように、働いてくれた感じであった。


 無論、その程度のムードで、ヒナのクレイジーサイコビッチ力を無効化することなどはできない。

 ヒナは礼拝堂やお葬式の真っ最中ですら、逆にドキドキしてトキメいてしまえるほど業が深いのだ。

 しかし、この場に限っては、その紙一重ほどの作用が窮地を脱するための援護に回ってくれた、ということだろう。


 シュルツは、ぐだりながらため息をつく。


「セーブしてぇ……」


 それはかなわない願いである。

 デートの最中で一旦家に帰るなどということは、許されていない。

 いや、もしかしたら本気で頼み込んだら許してもらえるのかもしれない。


 そうだ、最初から諦めていたら、なにも始まらない!

 勇気を出して、さあ飛び込もう!

 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥! シュルツに促され、ヒナは意を決した。

 

「あ、あの、優斗くんー」

「んー?」

「わたし、その、おうちに忘れ物しちゃってー、エヘヘー……。

 い、一回帰っても、いいかなあ……?」


 きょとんと目を丸くする優斗の前。

 システムメッセージがポップする。


『ぜったいイベント中の帰宅はできません』


 案の定である。

 ご親切にドーモ、だ。


 シュルツはヒナのポケットに収まったまま「チックショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」と劇画調の顔で泣き濡れていた。

 ヒナは引きつった顔で「えへへへ……」と笑い、小さなため息をついた。


 死のデートはまだまだ続くのである。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 第三の試練は、物欲地獄(ショッピング)だ。

 

 やってきたのは大型スーパーの上位店舗、

 すなわち、街にある『ショッピングモール』である。


 ここは様々な店が詰め込まれている。

 それらに自由に立ち入ることはできないが、本日はその中のひとつ、『アパレルショップ』にだけ訪れることができるのだ。


 なんてことはない。要するにこれもチュートリアルである。

 今回はデートというよりは、デートによってどういう行動が取れるのか、あるいはイベントとはなにか。自由行動でなにができるのか。そしてお金の使い方とは。そういったことを学ぶイベントなのだ。


 そうした解説を、説明臭くしないために、エスコート役の王子様ゆうとが付いてきているだけである。

 シュルツはようやく本質を理解した。本来こんなものは、死ぬようなイベントではなかったのだ。


「……いやまあ、そんなことを言ったら、イケメンの顔を見ただけで死ぬなんてことも、本来はありえないんだけどね……」


 ぐったりとうめくシュルツの口からは、魂が抜け出ているかのようだ。

 本日、いまだ五日目である。


「アパレルショップかあ……」


 優斗の後をついていくだけだったヒナもまた、お洋服の山を前に、顔をあげる。

 その目が徐々に猛禽類のように細められていった。


【プレシャス・ビビッド】よりも何倍も広い店舗面積を前に、オシャレ女王の魂が燃えてゆくようだ。

 ピピピピと素早く視線を動かす彼女は、まるで生きるレーダーである。


 だが、すぐに思い出す。ヒナの手持ちのお金はもう、ほとんどない。

 気に入った服があったところで、買って帰るわけにはいかないのだ。

 そのためにアルバイトをするのも、なんだか不毛だ。乙女ゲーはバイトゲーではないのである。


 やめよう、別にオシャレをするためにこのゲームの中にいるわけではないのだ。

 そうだ、ヒナがここにいるのは、誰かひとり攻略キャラクターを惚れさせ、そして念願のエンディングを見るためである。

 ヒナはそのためにここにいるのだ。それをゆめゆめ忘れてはならない。よく忘れるけれども。

 


 優斗は先ほどからヒナを飽きさせないように、様々な話題を振ってくれている。

 その大体すべてに「はあ」と「うん」と「そうなんだ」の三種類の返事を、リズムゲームのように使い分けているヒナである。

 事務的な機械であった。すなわちメカビッチだ。


 もっとも、そんなヒナに対しても優斗の真摯な態度は一切崩れない。

 彼は心からこのデートを楽しんでいるようである。聖人なのかもしれない。


「なあなあ、ヒナ、ヒナ」

「うん」

「ちょっとちょっとこれ見て、これ」

「はあ」

「可愛くね? このアクセサリー。なあなあ」

「そうなんだ」

「どれか気に入ったのある? ちょっと一個選んでくれね?」

「はあ」


 完璧な応対である。嫌な客を追い払うキャバ嬢のようだ。

 脳内ブレーンヒナたちがキャーキャー黄色い悲鳴をあげる中、ヒナ本体ボディは感情を押し殺したまま小さく首を傾げる。


 目の前にあるのは、フラワーブローチ、チェーンネックレス、そしてカラーブレスレットの三種類である。

 どれもなかなかに、センスが良い。この乙女ゲーを作った開発者がデザインも担当したのだとしたら、大したものだ。


 しいて言えばと、ヒナはフラワーブローチを指差した。


「これがいい、かな?」

「ん、なるほどな」


 優斗は悪戯っぽい笑みを浮かべると、それを持って会計へと向かう。

 ヒナは慌てて彼の背を追った。


「え、えっと、優斗くん?」

「んー?」

「優斗くんそれ買うの?」


 完全に女物だが、まあ優斗になら似合うかもしれない。他の人にどう見られるかはともかく、だ。

 しかしそれなら優斗に似合うものはもっともっとあるだろう。オシャレの血が騒ぎ出すヒナに向かって優斗は「おー」とうなずく。


「ま、久々にヒナが帰ってきて、なんにもしてやらないっていうのも、ないしな」

「?」

「俺にプレゼントさせてくれよ、ヒナ」

「えっ、ええっ、悪いよ。わたしお金出すって」

「まあまあ、これからもまた仲良くしてくれ、っていうことでさ」


 肩越しに顔を出すヒナを押しとどめて、優斗はさっさと会計を済ませてしまう。

 可愛らしくラッピングされたその小さな包みを「ほらよ」と手渡されて、ヒナは「うーうー」とうなる。


 その様子を腐った魚のような目で眺めているシュルツは、「ああ、これは死んだな」と確信したのだけど。

 しかし、ヒナの反応は――シュルツの予想とは多少違うものであった。


 

 ヒナはどちらかというと、プレゼントを贈られる側であった。

 それは単純な金銭だけではなく、花や洋服、お菓子や本、アクセサリー、マンション、車、ジャンボジェット、果ては油田や無人島、星の所有権などにも及ぶ。

 同年代の平均的な普通の女子に比べれば、まあ多少は貰っているほうであろう。こればっかりはヒナも、自分が平凡とはちょっぴり言えないものだ。

 

 それらのプレゼントに対する、ヒナのリアクションはというと、比較的常識に沿っていた。

 高価なものはお返しして、どうしてもという場合、もらった株や土地や油田はそういった管理会社――まとめて一括でお願いしているところだ――に管理を委託し、法的な手続きもお願いすることにしている。

 まあ恐らくは、突然油田を貰った平凡な女子高生の反応としては、ごくごく自然なものであろう。

 

 ヒナは誠意と金額の大小に関しては――受け取る側としては気にしてしまうが――あまり関係がないと思っている。

 大事なのは気持ちだ。相手がどんなに自分のことを想ってくれているかが大事であって、プレゼントはその触媒に過ぎないのだ。

 

 つまり、同年代の男の子が一生懸命書いてくれた自分の似顔絵も、日本有数の馬主がプレゼントしてくれたサラブレッドの『ヒナタンペロペロ号』も、ヒナとしてはあまり変わりがない。

 余談だがヒナタンペロペロ号は牝馬でありながらダービー賞を制覇するという快挙を成し遂げ、近々凱旋門賞に挑戦するらしいが、それは本筋とは関係がない話である。

 

 ともあれ、今回の優斗のプレゼントはどうであったかというと。


「うん……ありがとう、優斗くん」


 ヒナとしてはそれを『友情の証』と受け取った。優斗の言葉を額面通りに受け止めたのだ。

 そう、ヒナは優斗からプレゼントをもらいながら、死ななかったのだ!


 優斗の心にやましい気持ちはなかった。彼は純粋にこれからもヒナと共に学校に通えることが嬉しくて、だからこそヒナに贈り物をしたのだ。

 ヒナはその気持ちを正しく受け入れた。だからこその無事であった。


 もちろん、ドキドキメーターは変動し、あと少しでも伸びようものなら致命傷であったろうが、死ななければ結果オーライである。

 そんなヒナの笑顔と感謝を前に、優斗は――。


「お……おう、別に、気にすんなよ」


 慌てて顔を背けた。そのイケメンの頬は赤く染まっていた。

 いつもとはまるで逆の立場である。思わず口元を抑えて彼は「やっべぇ……」とつぶやいた。ヒナの笑顔にクラクラの様子であった。


 シュルツ的には、見ているこっちが恥ずかしくなるようなリアクションだったが、ヒナは「?」と首を傾げて、気づかない。彼女自身の自己改造ビッチチューニングによって、鈍感力はいつもの七万倍増しであった。


「じゃ、じゃあさ、いこっか」

「うん」

「俺のとっておきの場所に、案内すっからさ」


 照れながらの渾身の笑顔を向けてきた優斗に、ヒナは――。


「そうなんだ」


 まるで彼と目を合わせず俯きながら、事務的な発言を繰り返すメカビッチと化しているのである。

 優斗もまた、不憫な男であった。


 862回目。

 863回目。

 864回目。

 865回目。

 866回目。

 867回目。

 868回目。

 869回目。

 860回目。

 861回目。

(中略)

 986回目。

 987回目。

 988回目。

 989回目。

 990回目。

 991回目。

 992回目。

 993回目。

 994回目。

 995回目。


 死因:デートという名の有象無象・神羅万象、ありとあらゆるものがヒナに襲いかかる!



 シュルツより一言:ヒナさんは元気だけど、見えないところでボクはもう限界です。

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