74限目 デート始まってますけど死んでます。
ゴールデンウィーク最終日の朝。
百地凛子はカーテンを開くと大きく伸びをした。
「ん、ん~~……」
昨夜は友達のつき合いで、イベントのお手伝いをしていて、すっかり帰るのが遅くなってしまった。
家についたのは23時を過ぎたぐらいだったろう。
それからラインやツイッターを見ていたり、なんやかんやしていたり、もらったコスメのノリを試していたら、もうかなりやばい時間になってしまっていた。
慌てて寝付いたものの、疲れからかこんな時間までぐっすりと眠りこけていたというわけだ。
あくびをかみ殺し、目元の涙を拭う。
染めた長い髪をくるくると指で回しながら、凛子はつぶやいた。
「明日から学校かあ……」
起き抜けにそんなことを考えるのも億劫な話だが、思い出してしまったのだから仕方ない。
特に最近は『少し変わった子』が転校してきたため、なぜか学校生活がひどく疲れるものになってしまっていた。
決して悪い子ではないと思うのだ。少し変わっているだけで。
そもそも、悪い子ではないのが問題というか、なんというか。
「……ま、いいや」
凛子がベッドを降りると、思い出したようにケータイが鳴り響く。
「ん、んー」
こんな朝から一体誰が、と見やれば。
着信は彼女からだった。
『藤井ヒナちゃん♪』の名が液晶に浮かぶ。
「げっ……、って」
思わずうめいて、凛子は慌てて口を塞いだ。
誰に聞こえているというわけでもないのに、なぜかカメラを探すように左右に視線を動かす。
気のせいだ、たぶん気のせいだろう。
一呼吸おいて、凛子はゆっくりとケータイを取った。
「も、もしもし」
『あ、ごめんね、リンコ』
おっかなびっくりと通話ボタンを押すと、慌てた声が飛び込んできた。
『もしかして寝てた? 今大丈夫?』
「う、うん、大丈夫だけど……藤井さん、どうかした?」
『あ、あの、えっと、その……』
「?」
躊躇する気配が伝わってくる。珍しいというか、らしくないというか。
たった二日間の付き合いしかないが――彼女が自分の前でこうした隙を見せることは、ほとんどなかった。
いつも悪の大帝のようにどっしりと構えて、自分をからかって遊ぶキャラクターなのだと思っていたから、ヒナのこの反応は新鮮ですらあった。
『きょ、きょうね……実は、その、優斗くんとお出かけで』
「あ、うん。言ってたね。デートだっけ」
『ゴボ』
「……?」
向こうからむせ込むような音がする。
凛子が首を傾げたまま待つ、と。
『ま、まあ、うん……そう、そうだね。デート……デートって知ってた? 語源はラテン語のDataから来ててね……』
「う、うん?」
意味の分からないごまかし方をするヒナだったが、しばらく経った後で彼女はおずおずと尋ねてきた。
『あ、あの……リンコ、どこか静かで、時間を潰せるような、軽食店みたいな場所、知らない?』
「軽食店って、カフェみたいな?」
『う、うん、そう……このままじゃ、あのお店にすごく迷惑をかけちゃうから……』
「……?」
最後のほうの言葉の意味はよくわからなかったものの。
消え入りそうな声の彼女に、凛子は斜め上を見つめながら、言う。
「そうね、静かって言うなら、大学の近くに雰囲気の良い喫茶店があるから、そこがお勧めかな」
『あっ、ありがとうね、リンコちゃん! あと、その、ごめん、できれば……」
「いいよ、場所を今、メールで送るね」
『もるっ……あ、ありが、とう! 持つべきものは、お友達だよね!』
「あたしと藤井さん、まだお友達じゃなかった気がするけど」
『う、うん……で、でも、本当にありがとうね! この埋め合わせはあとでするから!』
「どういたしまして」
声に出さず、凛子はクスクスと笑う。
電話を切った後、メールを打ちながら、凛子はひとりつぶやいた。
「……なんだか、藤井さんもかわいいところあるのね。
久しぶりにあった幼なじみとのデートで、直前になって、あたしに慌てて電話をかけてくるなんて。
あんな藤井さんの一面もあったなんて、ちょっと驚きだな。
……あたし、藤井さんのこと、誤解していたかも」
人知れず好感度があがってゆくことにも気づかない藤井ヒナ当人は今、凛子のあまりの優しさに電話を潰しかねないほどに握り締めながら、身悶えていた。ギリギリであった。ギリギリもいいところあった。
受話口の向こうでクラスメイトが死んでいた、という一生もののトラウマを作らずに済んだ凛子は、にまにまと笑いながらメールを飛ばす。
その笑顔の欠片でも添付されていたら、恐らくヒナは即死していただろう。そんな魅力的な微笑みであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、凛子からメールを受け取った直後に、キチンとセーブをしたヒナである。
「ゲットしました、シュルツさん」
「でもそれ、別に根本的な解決にはなってないよね? ミスターファインを巻き込まないってだけで」
「……わたしはもう、わたしが死ぬことで、他の誰かの大切な人生を傷つけたく、ないんです……!
いやなんです、もう、そういうのは……わたしは、みなさまに笑っていてほしいんです……。
それがわたしの願い、ですから……っ!」
「……だったら今すぐ死…………にゃーん」
黒髪を振りながら、ぐっと唇を噛む藤井ヒナには、自己犠牲の輝きが宿っていた。ジャンヌダルクのようだった。
ちなみに今シュルツが言いかけたツッコミは、あまりにも人の道を外れたものであったため、自発的に飲み込まれたようだ。
ともあれ、ビッチは立ち上がる。
誰もが傷つくことがない世界を建国するために。
貴族や諸侯、教会から権威を取り戻し、中央集権をはかるのだ。
深い愛を持つビッチによる絶対王政だ。ビッチは国家なり、だ。もう終わりだ。この国は滅亡する。
「ヒナさんはパンがなければ、なにを食べればいいと思う?」
「えっ? ご飯を食べればいいと思いますけど」
「……これだからビッチは。そんなのエゴだよ、人間のエゴだよ!」
「えっ、えっえっ、なんでわたし責められているんです?」
シュルツに睨まれながら、ヒナは頬に手を当てて首を傾げていた。
ぱっちりとした大きな目を丸くして、上目遣いにぱちぱちとまつげを動かすその姿は、まるでぶりっこのようであった。憎らしかった。
優斗と合流した後、一同はそそくさと場所を移動する。
当然、赤髪の美青年はミスターファインへといきたがっていたのだが、ヒナが断固阻止したのだ。
『わ、わたしきょうのために、リンコちゃんに良いお店聞いてきたんだー!』
ヒナがそう引きつった顔で叫ぶと、優斗はなにやら感動していた。
『俺のためにリサーチまでしてきてくれるなんて、よっぽど楽しみにしていてくれたんだな……』といった風だ。
実際は『ヒナが優斗とともに行動をすると高確率で死亡して、ミスターファインが潰れてしまうため』であるのだが、そんな真実は誰も幸せにはしてくれない。
というわけで、ふたりはうらぶれた路地にある喫茶店にやってきた。
「へえ、なんだか雰囲気のいいところだな」
「そ、そうだね」
当然、お店を誉められたところで、凛子が教えてくれたところなので、ヒナのドキドキメーターは上昇しない。
これがヒナの選んだお店だったら、危ないところであった。
ゆっくりとドアをくぐると、カランカランというベルの音と共に「……しゃーさーせー」とやる気のない出迎えの声がした。
長身の美女だ。大学生ぐらいだろう。目の下にクマができており、全体的に覇気がない。しかしびっくりしたのは、その格好だ。
「おわ……」
優斗などは思わず声に出していた。
メイドなのだ。それもロングスカートのヴィクトリアンメイド風だ。
由緒正しきそのスタイルには、気品すらも感じられた。
案内された席に座ると、優斗が声をひそめて話しかけてくる。
「なんか、すごいな」
「う、うん……なんか、すごいね」
お盆を両手で持っている店員はこちらの視線に気づくと、わずかに微笑みながら手を振ってきてくれた。
ヒナは慌てて目を逸らす。危ない。うっかり見とれていたら死ぬところだった。
店内には他に客はいないようだ。落ち着いた調度品で固められた洋風喫茶という雰囲気が、なにやら妙に心地良い。
優斗が開いたメニューを見せてくる。
軽食店を、というヒナの要望通り、凛子が教えてくれたこの店はオムライスやパスタ、サンドイッチ。他にもハンバーグやカレーなど、一通りのメニューが揃っているようだった。
「どうする? ヒナ」
「う、うん、えっと……それじゃわたし、カルボナーラにしようかな?」
「ん、じゃあ俺はハンバーグで」
とヒナが顔をあげたそのとき、優斗と目があった。
優斗は間髪入れず、にっこりと笑う。
うっ……。
いつものヒナなら死んでいたところである。
だが、この程度で即死するような、やわな鍛え方はしていないのだ。むしろ鍛えすぎて窮地に陥っているのかもしれないが、それはそれ。
ヒナは胸を押さえながら「はーはー」と呼吸を整える。
大丈夫。この落ち着いた雰囲気の喫茶店なら、大丈夫。
ここなら、心を無にして耐えることができる、そのはずだ。
いつの間にかやってきたメイド服のお姉さんが注文を取って去ってゆく。
いかんいかん、いつまでも黙ってたら優斗に怪しまれる。平常心、平常心。
「そ、そういえばさ、優斗くん」
「んー?」
「きょうは、部活とか、ないの?」
「ああ、大丈夫。朝練はしてきたからさ。へーきへーき。
ヒナこそ、なんか予定とかなかった?」
「わたしも大丈夫、かな……」
本当なら全力で予定を入れたいところだったのに。
なにが『ぜったいイベント』だ。滅びてしまえばいいのに。
そんな風に怨嗟の声を漏らしても、意味はない。
ていうか、なにこれ、なにこの日常会話。
ヒナはゆっくりと真綿で首を絞められるように絶望してゆく。
目的もなく優斗とふたりきりで、時が過ぎるのを待つ?
なんだそれ、信じられない。ここが地獄なのか。
デートってこんな苦しいものだったっけ。
ヒナの中の概念が破壊されてゆくようだ。
できれば、早く時間が過ぎてほしいのだが。
このゲームの花形的イベントである『デート』がスキップで一瞬にして経過するというのは、なかなかに考えにくい。
もうだめだ、耐えきれない。
「わ、わたし、ちょっと……お花摘みに……」
「花摘み?」
怪訝そうな顔をする優斗の前、ヒナは立ち上がり、そそくさとテーブルを離れてゆく。
トイレに逃げ込むのは我ながら情けないとは思ったがしかし、命には代えられないのである。
できればこのまま二時間ぐらい閉じこもっていたい。ヒナはそんなことを考えながら、個室から出た。
ハンカチをくわえながら手を洗い、きちんと手を拭いて、トイレのドアを開く。
「うー、うー……今すぐこの付近一帯に隕石が落下してきたり、地球の自転が静止したり、あるいは世界全体が氷で覆い尽くされていったりしたら、デートなんてうやむやになっちゃいますのに……うーうー」
ぽかぽかと頭を叩きながら、可愛らしく世界滅亡を願うアンゴルモアのビッチである。
そんなことをつぶやきながら、俯いて席に戻ろうとしたときであった。
ちょうど食器を運ぼうとしていたウェイトレスと、ヒナは鉢合わせになってしまった。
突然の交通事故だ。このままではぶつかる、というその瞬間である。
「わ」
「おっと」
ウェイトレスは両手に持っていた皿を器用に片手に持ち直すと、空いた右手でふわりとヒナの体を抱きとめた。
「大丈夫かい? お嬢さん。
前を見て歩かないと、危ないよ」
「えっ……」
メイドさんの声を間近で浴びせられるヒナは、まさしく物語の中のお姫様のようである。
――実はヒナが注意をしていたのなら、ヒナの運動神経なら十分に避けられた衝突であったのだが。
無意識にこんなハプニング展開になることを求めたヒナが、無意識に自らの行動を制御してブレーキをかけ損なったのだと思えば、なんとも業の深い話だった。
そしてその願い通り、ヒナはメイドの腕に抱かれた。
端正な彼女に顔を覗きこまれ、ちょっとずつヒナの顔が赤くなってゆき……。
マンガ的な表現ではボンッと頭から湯気が出るものだが。
代わりにヒナは、痙攣しながら全身から力を失ってゆく……。
「えっ、ちょ、ちょっと?
お嬢さん? あの、えっ? ちょっとー!?」
「ヒナー!?」
男女の声が響き渡る店の中、白目を剥いたヒナのその口元は、あくまでも幸せそうであった。
幸せの中、彼女は息絶えるのだ。
完全に迷惑以外のなにものでもない存在であった。
なお、この喫茶店が潰れたかどうかは、定かではない――。
854回目。
855回目。
856回目。
857回目。
858回目
859回目。
860回目。
死因:優斗との待ち合わせに向かうまでに色々と(ひとりで)盛り上がっちゃって。
861回目。
死因:メイドさんが男前で。(Over Kill!!)
シュルツより一言:ヒナさんが誰かを幸せにする日は、来るのだろうか。




