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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第五章 ウッキウキ☆初めてのデートは死の香り♡
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64限目 それいけブルーメ!~※いかない~

 先ほどまでくすんくすんと鼻をすすっていたブルーメは泣き疲れたのか、ヒナの腕の中で丸くなっていた。


 ヒナはもちろん、白猫のぬいぐるみであるブルーメに恋はしない。

 原則として――シュルツに対するように――人間ではないからである。

 

 しかし、これだけ長い間、連れ添っていたのだ。

 ブルーメを一個の人格として見ないわけにはいかないだろう。

 

 こうして赤子のように眠るブルーメを見ていると、彼女の自尊心は己を守るための鎧だったのかもしれない、などとヒナは思う。

 心が壊れてしまわぬように、自らが責められるよりも先に、あらゆるものに牙を剥いていたのだ。

 

 そうまでしなければならない理由が、ブルーメにはあったのだろう。

 だからこそ、ヒナにだけは弱みを見せられなかったに違いない。


 彼女を起こさないようにヒナは、声を潜め、ささやく。

 

「わたし、ブルーメちゃんみたいにがんばる子を見ていると、きゅんってしちゃうんです。

 それはですね、やっぱりわたしがそばで、支えてあげたいなって思うからなんですよ。

 ……今の世の中は、どんなに努力をしても、誰にも認められず、

 心をすり減らしながら生きてゆく方々がたくさんいらっしゃいます。

 社会でお金を稼ぐために必要な能力を研磨し続けるのは、大変です。

 争い、傷つき、なにかを犠牲にする方々ばかりです。

 こちらから手を伸ばすのも、おこがましいことなのですが、

 ですが、もし触れ合える機会があるのなら、ぜひこうして手助けをしてあげたいのです。

 ねえ、わたしには大したことはできませんが、

 でもほんの少しだけブルーメちゃんの負担を軽くできたら、って思うんですよ……」


 ヒナはまるで聖母のような微笑みをして、ブルーメの背を撫でる。

 セーブし終えた真っ白な部屋で、ヒナはずっとそうしていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 目覚めたブルーメを手の中に抱き、ヒナは陶然し切った笑みを浮かべる。

 白猫の撫で心地は黒猫とはまた違う。ビロードのように柔らかい。

 

「はー、お友達って素敵だね……。

 ブルーメちゃん、これからも仲良くしようね」

「……これは、べつにー、賭けにまけたからなのですー。

 させているだけなのですー。

 ワタシは、やくそくをまもるのですー」

 

 そう答えるブルーメもどこか、安らいだ顔をしていた。

 これまでの凶暴性が嘘のようだった。

 

 きっと心を許してくれたのだろうと、ヒナは思っている。

 友達になってくれる、と言ったから。

 

 頭から背中を。ぬいぐるみのぽってりとした四肢を撫で回し、ヒナはご満悦だ。

 ぽわぽわとピンク色のオーラを漂わせながら、はふぅ、と息をつく。


「ああ、いいなぁ、ガールズトーク。

 ブルーメちゃん、美人さんだもんねえ。

 わたしずっとこうして、ゆっくりしたいなあって思ってたんだよ」

「……ワタシ、びじん?」

「うん、うん、ブルーメちゃんとってもキレイだよ。

 きょうはたくさんブラッシングしちゃうからねー」

「……しかたないのです。

 かけにまけたのですから、くやしいけど、しょうがないのです。

 くやしいけど、いうとおりになっちゃうのです。

 くやしいー、でもいいなりになっちゃうー」

「えへへー」

 

 ヒナは時折びくんびくんと震えるブルーメを膝の上に乗せ、微笑む。

 ぬいぐるみなのにその体は、ほんのり温かく、まるで赤ん坊を抱きしめているような心地がした。


「ブルーメちゃん、わたしとずっとずっと、一緒に、いようね」

「それはやーなのですー。

 ワタシは、じりつしたひとりのじょせいなのですー」

「えへへ……」


 ふたりきりの白い部屋にて、ヒナはずっと笑顔を浮かべていた……。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ねー、ねー、ブルーメちゃんー」

「なーにー」

「えへへ、呼んだ、だけー」

「えー」

「……ねー、ねー、ブルーメちゃんー」

「なーにー」

「えへへ……呼んだ、だけー」

「むー」


「ねーねー、ブルーメちゃんー」

「なにー?」

「えへへ」

「うー?」

「楽しいね、ブルーメちゃん」

「ですー」

「かわいい、ブルーメちゃん、とってもかわいい」

「なのー」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「えへへ、ブルーメちゃんはいい子だね」

「あー」

「なんだかこうしていると、赤ちゃんみたいね、ブルーメちゃん」

「まー」

「よしよし、ブルーメちゃん。

 わたしが守ってあげるからね、ブルーメちゃん。

 今だけは辛いことを全部忘れて、

 お姉ちゃんに甘えていいんだから、ねー?」

「うー」

「えへへ、いい子いい子……。

 ねー、ブルーメちゃん、ほら、よしよし。

 なんにも心配しないでいいのよ、ね。

 おねーちゃんと一緒に、いつまでも、この世界で、

 ね、一緒に、こうやって、ふたりで、ね……」

「だぁ」

「ほら、ブルーメちゃん……。

 おててとおててをつないで、ね。

 えへへ……。

 たのしい、ね、ブルーメちゃん、ね?」

「まー」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

(……ブルーメ……ブルーメや……)


 頭の中に直接響いてきた声に、ブルーメはふと顔をあげた。

 一体なんだろう。


「だぁ?」

 

 ゆっくりと身を起こすと、声に一瞬だけノイズが走った。

 ブルーメは辺りをきょろきょろと見回すが、ヒナの他に人影はない。


「どうかしたんでちゅかー? ブルーメちゃん?」

「……だぁ」

 

 やはり気のせいだったのだろうか。

 そう思いながら、ブルーメはヒナの膝に擦り寄る。

 

「えへへ……ブルーメちゃんは、甘えん坊さんでちゅね……」

「まー、まー」

 

 ヒナの膝元は温かく、心地が良かった。

 まるで冷めない夢を見ているような感覚だ。

 

 永遠にまどろみの中、この羽毛布団のようなぬくもりに包まっていられたら、それはどんなに幸せなことだろう。

 ここにはブルーメを苦しめるものはなにもない。

 

『極楽』という言葉の在処は、ここにあったのだと思う。

 古来から人々の追い求めてきた桃源郷を、ブルーメは見つけた。

 

「ほら、ブルーメちゃん……。

 きもちいい、でちゅか? ね、ほら、ココ……?」

「だぁ……」


 ヒナの指に撫でられると、ゾクゾクとした感動が背筋から沸き上がってくる。

 もっともっとしてほしい、と思う。

 

 ねだるように体を揺り動かせば、ヒナはくすくすと笑った。

 それがなんだか楽しくて、ブルーメは繰り返し「きゃっきゃ」と身を動かす。


 そうしていると、再び……。

 

(……ブルーメや、ブルーメ……目覚めるのです……。

 キミの使命を忘れては、ならないのです……。

 一体なんのためにこの世界にやってきたのか……。

 思い出すのです……ブルーメ、婚活戦士、ブルーメ……)


 同じように、声は脳内に響き渡る。

『婚活戦士』のその言葉にブルーメの奥底に眠っていた魂がドクンと脈動をしたような気がした。

 

 ……この感覚を、ブルーメは知っている。

 それは苦しく、辛く、けれど熱い、そんな感情だ。


 この想いは、あまり好きではない。

 今のように、永劫にぬるま湯の中をたゆたっていられるのなら、それが一番良いに決まっている。


 ヒナの膝の上を、今さら捨てられるはずがない。

 だからブルーメは、イヤイヤするように、身を揺らす。


 だが、声はそんなブルーメの願いを認めはしない。


(……ブルーメ、キミの夢を、思い出すのです……。

 そんなところで赤ちゃんプレイをして、『だぁ』とか言っている場合ではないんだよ……。

 見ているこっちが哀れに思えてくるからさ……)


 わずかに哀愁が混じった声に、ブルーメの壊れかけの自尊心がぴくりと鎌首をもたげた。

 耳が、尻尾が、ピンと伸びてゆく。


(だから、目覚めるのです、ブルーメ……。

 ……こんなところで力尽きている場合では、ないだろ……。

 ヒナさんは女神なんかじゃない……。

 そいつは、魔王だ。世界を滅ぼすために生まれた、大魔王なんだ。

 そのままでは精神を洗脳し、支配されるぞ……)

 

 むっ、とブルーメは眉根を寄せた。

 ヒナの悪口を言った声に、悪感情が募る。

 

 こんなに気持ちよくて、こんなに優しい聖母に、なにを言い出すのか。

 もしかしたらこの声こそが敵なのではないか。

 

 うー、とうなって威嚇を始めたブルーメに、ヒナは首をひねる。

 声はしばらく止み、ブルーメは再び穏やかさを取り戻す。


 しばらくして、もう一度。


(……ブルーメや、目覚めるのです、ブルーメや……。

 キミがこの世界にやってきたのは、ただひとつ、夢をかなえるためじゃなかったのかい……?)

 

 夢?

 ……夢?

 

 わずかな頭痛。

 ブルーメの心にも、小さな痛みが走った。


 そういえば……。

 そのために、自分は……。


 うっ、頭が……。

 もう少しで何かを思い出せそうで……。


(そうだよ、ブルーメちゃん……。

 キミの願いは……決まっているだろう。

 ボクはちゃんと覚えているんだよ……。

 この世界に、オペレーターとして

 年収一千万円以上の、イケテルBOYをGETするために……)


 ――雷が。

 ブルーメの頭に落ちた。


『年収一千万円』。

 ああ、それが、それこそがブルーメの夢――。

 

 ピカピカで、金色で、誇り高い、諭吉像が脳の中でせり上がってゆく。

 燦然と輝くカネ、カネ、カネ。札束の海にまみれ、ブルーメは思い出した。

 

「ああ、ワタシ、は……ワタシは……!」


 ぷるぷると震えるブルーメの目の焦点が定まってゆく。

 ブルーメはヒナに膝から飛び立った。

 

 首の下のよだれ掛けを剥ぎ取り、ガラガラを投げ捨てて、着地する。

 ヒナは目を丸くして、ブルーメの突然の行動を見つめていた。


「ぶ、ブルーメちゃん?」

「ワタシはブルーメ! 鋼のメンタル、ミス・ブルーメ!

 この程度のことでわたしを籠絡できると思ったら大間違いなのです!

 オペレーターにその人ありと謳われた、白猫のブルーメ!

 ブルーメの本気を見るのです!」

 

 両手に爪を伸ばし、猛るブルーメ。

 今ようやく思い出す。己の生きてきた意味を。

 

「ブルーメ、ここに完全復活なのです!

 一時はコムスメの手練手管に、

 メロメロ一歩手前ぐらいにされてしまいましたが!」

「でも赤ちゃんプレイとか」

「一歩手前でしたが! 危うく戻ってきたのです!

 今のワタシは完全体、ネオ・ブルーメ!

 これより先、乙女ゲームでこのブルーメに、

 精神的動揺による隙は決してないのです!」

「えと」

 

 牙を剥くブルーメに、ヒナは手を伸ばす。


「おいで? ブルーメちゃん」

「はいなのです!」

 

 ブルーメは笑顔でヒナに飛びついた。




 だが次の瞬間――。

 フッ、とブルーメがこの世界から姿を消す。


「――えっ!?」

 

 ヒナは目を丸くした。

 空中で残光とともに消えたブルーメは、まるで煙のようにいなくなってしまった。

 

 すると直後、新たな黒影が――。

 ヒナの膝元に、ぴょこんと飛び込んでくる。


「にゃーん」

「ふぇっ!?」

 

 久方ぶりのその猫は、紛れもない。

 くりくりとした瞳がヒナを見上げてきて、スッと細まった。


「あのさ、ヒナさん」

「しゅ、シュルツさーん!」

 

 黒猫シュルツにヒナは手を伸ばす。

 しかしその指を払い落とし、シュルツは濁った目で呼びかけてくる。


「あのさ、ヒナさん」

「な、なんですか!? 久しぶりですね! もう休暇は終わったんですか!? 一緒に遊びます!? UNOとかやります!?」

「いや、あのさ」

 

 ヒナの申し出をピシャリと切り落とし、シュルツはつぶやいた。


「――ゲーム進めろよ」


 

 

 シュルツより一言:ブルーメくんは一旦修理です。休暇なんてなかった。

 

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