56限目 アルバイトしてきます、死にます
13回連続生存後、
→14話へゆけ。
やってきました三日目の朝。
ゴールデンウィーク初日である。
久しぶりに見る朝日は……いや、そう久しぶりでもなかった。
つい先ほど、七海光を攻略して二日目の学校を終わらせたばかりだったのだ。
「……ここで一日中おうちでお勉強をしていたら、
一気に五日目まで進められるんですよねー……」
ヒナですら窓の外を気だるそうに眺めてしまう。
その憂いの表情は、病弱な深窓の令嬢といった雰囲気である。
彼女は儚げな瞳に白いカーテンを映しながら、
静かに目を伏せ、その長いまつげを揺らす。
「でもゲームをクリアするためには、逃げてばっかりでもいけないんですもんね。
ちゃんと一個一個フラグも立てていきませんと。
……シュルツさん、わたし、攻略に向けて頑張りますよ」
グッと拳を握りしめる。
ここにシュルツはいないけれど。
でも、モニター室の方から『お、おう』と聞こえてきたような気がするのは、恐らく幻聴ではないはずだ。
さあ、セーブをして前向きにいこう。
今度はアルバイト先選びだ。
労働の対価として、金銭を得るのだ。
自室の椅子に座ってマップを広げるヒナ。
『カフェテリア』か『レストラン』、それに『本屋』、『お洋服屋』。
そのうちのどれかで二日間お仕事をしてお金をためて、
理想のお洋服を買って、優斗とのお散歩(決してデートではない)に挑むのだ。
「履歴書書いたりとかしないでもいいのかな」
下唇を軽く指で触れながらつぶやくその言葉に、
机の上に寝っ転がっていた白猫のぬいぐるみ――ブルーメが肩を竦める。
「ま、ホントはやらなきゃダメに決まってやがりますけどね。
このゲーム世界なら、いけばその日に働けて、シフトも自由自在、
お給料だって日払いの上に、みんなも優しくして……。
ホンットに乙女ゲーはダメ人間製造機なのです」
「えへへ……」
「プレイヤーもダメ人間揃いなら、作っている大人も社会経験のないまるでダメダメ人間どもなのですからホントに社会のゴミクズはみんなまとめて灰になりやがったほうが――」
刹那、恥ずかしそうにはにかんでいたヒナの雰囲気が、変容した。
「――ブルーメちゃん、それはちょっと言い過ぎじゃないかな」
「え」
その言葉に――。
ブルーメは目を剥きながら振り返る。
ヒナは微笑んでいる。
さっき感じたような圧迫感は、とうに霧散していたけれど。
「乙女ゲーを作ってくれている人まで馬鹿にしちゃだめだよ?
わたし、本当に感謝しているんだから。
こんなわたしが人様にご迷惑をかけずに、恋をしながらも生きていられるのは、乙女ゲーのおかげなんだよ。
平凡で凡庸な今のわたしが、あるのもすべて、そうなの。
乙女ゲーがなかったら、わたし、今頃ちゃんと生きれてなかったんだからね。
だからあんまりそういうことを言っちゃ、メッ」
「――」
自分で恋もできない未熟なコムスメ風情がなにを偉そうに、とブルーメは言いかける。
だが、いつものように悪態をつくことはできなかった。
「な、なんなのです……?」
「え?」
ヒナの目がただものではなかったからだ。
思わず爪を伸ばし威嚇する程度に、ブルーメは後退りする。
「い、言っておきやがりますけど、ワタシの爪術はプロにも引けを取りませんのです!
通信爪術講座検定、初段なのです!」
「ええ、すごい」
のかどうかはよくわからなかったが。
ブルーメは胸を張る。
「フフーン、そんじょそこらの甘っちょろい女子とは品格が違うのです。
なにもせずに女子力は高めやがることはできませんからね。
資格や講座、習い事によってワタシは日々成長しているのです……じゃなくて!」
「?」
気のせいだったのだろうか。
今のヒナはまるで小動物のように首を傾げていて、奇妙な威圧感はもう欠片もない。
子犬や子猫のようだ。さっきのは一体なんだったのか。
ヒナは両手をぴたりと合わせて体を斜めに揺らし、微笑む。
「じゃあ、わたし、がんばってアルバイトするね、ブルーメちゃん」
「は、はいなのです」
「理想のファッションを手にするために!」
「おー! なのです」
ふたりの女子は、今ここに、ようやく団結する。
勢い良く手を挙げ、自分たちのファッションを成就させるために。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ちなみにわたし、ちゃんとアルバイトしたことあるんだけど」
本日、髪を三つ編みにしてまとめたヒナである。
玄関の前、靴を履きながら隣に立つブルーメに語る。
「ふぅん、ま、人生経験として良いんじゃないでしょうか」
「そのときはファミリーレストランだったんだよね。
ウェイトレスっていうか、ホールでね。
だけど来るお客さん来るお客さんみんなにメロメロにされちゃってたら、
仕事にならなくなっちゃって、なんかずっと喋ってばっかりで、
いつの間にかキッチンに配置換えされちゃってて、えへへ」
「自分がいかに無能かということを、ひけらかしてやがるのです?」
それこそヒナの根源に関わる話なのだが、気にせずブルーメは顔をしかめた。
慣れた二足歩行でぴょこぴょこと玄関を出る。
というわけで、休日の自宅を出て、
制服のままのヒナが向かう先は――。
『ファミリーレストラン』であった。
あっという間に到着したヒナには、思うところがある。
「だって本屋もお洋服屋さんもカフェも、全部接客業ですもん。
その点、レストランなら厨房に引きこもってお料理を作ればいいんですし」
「そんな年で人との接触を拒んでいると、ロクな大人になりやがりませんよ。
何事にもぶつかってゆくべきだとワタシは出がらしみたいなコムスメに言ってあげやがります」
「えへへ……まあ、はい、キモに命じておくね」
苦笑するヒナはドアを開く。
真新しくて清潔なファミリーレストランは、朝一にやってきたからか、ちょうど空いているようだ。
「あのーすみませーん」
アルバイトのコマンドを押してやってきたから、特にビビる必要はないのだろうけれど。
ヒナは辺りを窺いながら、店内の中ほどぐらいまで進んだところで。
声をかけられた。
「ん、アルバイト希望か?」
「あ、はい、そうなんです――」
さすがなにも言わずにわかってくれた。
そちらを向いて微笑むヒナの笑顔が、凍りついた。
真っ白なシャツに黒のスラックス、
まるで燕尾服のような姿に蝶ネクタイをしたイケメンがそこに立っていた。
「――な」
「……」
彼もまたヒナを見て、呆然として。
しばし、ふたりは見つめ合う。
優斗の親友。
『九条椋』だった。
時が止まったようである。
先に喋ろうとしたヒナの起点を制するかのように、その凄まじいイケメンはヒナの口に無操作に手を当てて来た。
口をふさごうと、だ。
間近で、息がかかるほどの距離で睨まれて。
額がくっつくほどの位置に彼の顔があって。
「い、いいか? これは学校からしっかりと許可をもらっているものだ。
それに、この店は僕のグループの系列にある会社だしな。
将来、人を使うことを学ぶために、僕はたまにこの店舗を管理しているんだ。
やましいことなどなにもない、だが、人には言うんじゃない、ぞ……」
――くらっ、と。
ヒナはテーブル席に体を投げ出すようにして派手に倒れた。
大きな音がしてテーブルがひっくり返り、その上にあったメニューや調味料の類が散乱する。
「ふ、藤井!?」
「ご主人サマ!?」
同時に叫ぶふたりの見物人。
中にいた客の誰かが「キャア!」と悲鳴を上げた。
久しぶりに遠ざかる意識の中、ヒナは手を伸ばして。
その人物の名を、細々と口に出す。
「りょう、くん……。
……そのかっこう、しゅごい、すてき……♡」
それはまるで、ダイイングメッセージのようであった。
737回目。
死因:口封じ。
ブルーメより一言:……ひ、人の死ぬところを初めて見たのです。ま、まあでも、別に? そんな、た、大したことでもないですね。ブルーメへっちゃらなのです。問題ないのです。
シュルツより一言:(ゲーム中)




