44限目 まだ生きていますけど……えっ!?
前回のあらすじ:パロディはほどほどに。
「明日からのゴールデンウィーク、
どっか遊びにいかないか?」
という優斗のお誘いの言葉に。
ヒナは背筋をピンと伸ばして硬直したままイスに座っていた。
「え、えええええっと……」
笑顔が徐々に青ざめてゆく。
暑くもないのに額に汗がにじんできた。
違う、ぜんぜん違う、まったく違う。
ヒナはまるで浮気のバレた亭主のように――ヒナが実際に“浮気がバレたこと”などは一度もないが――心の中の恋愛を司る53万人の自分に弁解を繰り返す。
――違います、これは優斗くんはそういう意味で申し上げたのではないのです!
――そう、被告人は「遊びにいこう」と誘っただけあり、恐らくは友達グループでの犯行でしょう!
――結局、椋くんと凛子ちゃんがついてきて「なーんだっ」って納得するんです!
――まさにこれこそ、古典的少女マンガ風の早とちり展開です! わたしは見通しました!
この間、わずか0・1秒である。
ヒナはあえてブレスレットを見ないようにして――優斗に引きつった笑顔を向ける。
「それって、あの、優斗くん、
椋くんとか凛子ちゃんとかと一緒、だよね?」
ノートに顔を埋めていた凛子が「え゛っ」とこちらを見るけれど気にせず。
優斗は後頭部に手を当てながら、あっけらかんと笑う。
「いや、久々にふたりでどうかな、って思ってたけどさー」
「ゴボォ」
「えっ!? えっ、えっ!?」
最後の悲鳴は凛子である。位置的に彼女にしか見えなかったようだ。
特に意味もなく血を吐いたヒナはハンカチで口元を押さえながら。
「えと、その……ど、どういう意図で?」
「へ? 意図?
なんだよそれ、おかしなことを聞くなあ」
「色々あるでしょ……お、お金目当てとか、
財産目当てとか、うちの遺産が目当てとかっ」
「それ全部同じことだと思うんだけど……」
凛子が控えめに指摘してくるけれど、誰も気にしてはいない。
少し天然の入ったこの幼馴染の優斗と長く会話を続けるのは圧倒的に不利だった。
どこからどんな無防備なモテ行動を繰り出すのか、まるでわからないのだ。
隙あらばヒナの背後から、その死角から、モテようと迫ってくる。
なぜそんなにヒナからモテたがろうとするのか、理解ができない。
そうだ、これが乙女ゲーだからだった。
しばらく失念していた。
「んー、意図かぁ。そうだなあ」
一拍間を置き、優斗は力を溜めた。
やばい。これはモテの前兆だ。
たぶん次のコマでページ半分ぐらい使って優しい笑顔とともにそれっぽいセリフがふわふわした吹き出しの中に登場することだろう。
例えばそう、「お前と一緒にいたいから、さ」とか、「ふたりで鳥になろうぜ?」とかそんな、よく意図のわからない意図を。
でも雰囲気には思いっきり流されてしまうだろう。
それを聞いたヒナは「えっ……?」か「(……キュン)」となるのだ。
ただこの世界は少女マンガの世界ではなく乙女ゲーの世界なので、
ヒナは「えっ」とはならずに「モルスァ!」となり、(キュン)とはならずに(心肺停止)となる。
乙女ゲー世界こわい。
だからヒナは全力で回避しようと――。
「優斗くん! 優斗くん、優斗くん!
大変、大変大変!」
「え?」
「えっ!? えっ、な、なに!?
なになに!? やだ、やだやだっ!」
急に血相を変えたヒナは立ち上がる。
目を丸くしている優斗と、ヒナ以上に狼狽をして頭を抱えている凛子を眺めつつ。
……なにが起きたことにしようか。
ヒナは考えを巡らせるけれど、特になにも思いつかなかったので。
小首を傾げながら振り返り、微笑みかける。
「え、えっと……なんだっけ? リンコ」
「知らないよ!? っていうかそもそも、
あたしと藤井さんまだお友達にもなっていないしね!?」
なぜかこちらにノートを見せつけながら涙目で叫ぶ凛子。
ともあれ――ヒナはなんとか乗り切ったようだ。
「ははは、もう仲良くなってんな、お前たち」
「えへへ」
「え゛……へ、へへ……?」
照れて頬をかくヒナと、その顔色を伺うように引きつったすすり笑いを浮かべる凛子。
その凛子と軽く目が合ってしまったけれど、あんまり魅力的じゃない笑顔だからセーフだった。
と――。
ヒナは優斗が立ち去る気配を感じて気を配る。
彼らモテ男の使う技は多種多様だ。
先制攻撃。タメ攻撃。
そしてもうひとつ、必ず警戒しなければならないものがある。
ヒナはそれを、撤退攻撃と名づけた。
「またな」と優しくささやきかけてきたり、意味深に微笑んだり、
あまつさえ別れ際にポンと頭を撫でてきたり、肩に手を置いてきたり。
なぜか彼らモテ男は去り際に異常な執着を見せるのだ。
去り際を制するものが世界を制する、とばかりに。
とにかくモテ男に殺されないためには、この三種類の攻撃から身を守らなければならない。
だからヒナは――。
「んじゃ今度メールすっからさ、またなヒナ」
と、優斗の笑顔から――今回は優しくささやきかけてくるパターンだ!――さっと顔を背けて。
それだけでは不安だったため、凛子の陰に隠れた。
「ジャアネ、ゆうとクン」
「えっ、ちょ、なんであたしの声真似?
しかもうまいし!? どうやってんのそれ!?」
「はは、仲良いな」
「アタシマダふじいサントトモダチジャナイシ」
「あたしまだ藤井さんと友達じゃないし――ってなんであたしの言うことわかったの!? エスパー!? エスパーなの!?」
そんな風にぎゃあぎゃあと騒いで。
ヒナは久しぶりに友達――とヒナは一方的に思っている――と心休まるような時間を過ごしたのだけれど。
「ふぅ……なんとか、昼休みをしのぎました」
「いや、それはいいんだけど……」
シュルツが納得できないような口調でつぶやく。
「どーするの? 明日からの連休」
「ああっ! せっかく胸の奥にしまっていましたのにっ!」
◆◆
ついに六時間目が終わり、
「えっ、あっ、ちょっ……」
なにか言いたげな凛子の手からノートを返してもらいつつ、ヒナは小さくため息をつく。
これから帰るのだけれど。
家庭を鎮圧し平和な聖地に変えた以上――最後の障害は、その帰り道だった。
「シュルツさん、きょうの帰りはどうしましょうか……」
「そうだねえ……昨日みたいに、椋さんにお願いしてみたら?」
「万が一オッケーされたら困っちゃいますけど」
「う、うちでっ、うちで読んでくるからさっ、
だからちょっと貸してよ! ね、ねえ藤井さん!」
ぬいぐるみに語りかけるヒナのその後ろからなにやら慌てた声をあげてくる凛子。
それはいいとして。
「……あ、それならシュルツさん」
「ん」
「ね、ねえってばっ、徹夜して読んでくるからぁ!」
ひょいひょい避けつつ。
ヒナは珍しく最後の授業まで残っていたその彼の元に近づいてゆく。
「……あ? なんだ?」
シュルツが小声で「あ、なるほど」とつぶやく。
一ツ橋虎次郎。
担任教師の樹の弟にして、孤高のヤンキーだ。
彼とはきょう出会ったばかりだし、彼の中には凛子と口喧嘩しているところを横からはやし立ててきただけの女、という程度の印象だろう。
これなら間違いはないはずだ。
鞄を肩に背負い、胡乱げにこちらを見下ろしてくるその彼に。
ヒナはにっこりと笑いながら小首を傾げつつ。
「虎次郎くん、一緒に帰らない?」
当然、それは断られるだろうと確信して。
だからこそ、彼に話を持ちかけたのだけれど。
虎次郎は、じろり……とヒナを眺めて。
しばらく三秒ほど、無表情で。
ニコニコニコニコと満面の笑みで待つヒナに向けて。
そうしてゆっくりと口を開いた。
「いいぜ」
『――!?』
ヒナとシュルツと、そしてその様子を後ろで眺めていた凛子までもが同時に驚愕した。
シュルツより一言:謝ろ。とりあえず凛子さんに謝ろ。




