42限目(現実逃避パート) 生きるのって楽しいですね
今回のあらすじ:ヒナさん(弱)で遊びます。
(※10/11 プロローグ追加しました)
真っ白なバーチャルルーム。
ぺちり、ぺちり、という音が響く。
ヒナ(弱)とシュルツは向かい合って地べたに座っていた。
ふたりの中央にはリバーシの盤がある。
へにょりと足を伸ばした黒猫のぬいぐるみは悲しそうな顔をしていて。
ぺたりと足を崩したヒナ(弱)がリバーシのコマを盤にそっと乗せて、トドメを刺す。
「わーい、わたしの勝ちですー」
そう言ってヒナ(弱)は両手を合わせて微笑んだ。
ヒナ(以下・弱省略)が白、シュルツが黒で勝負していたのだが。
「もうなんだかわからないなこれ……」
盤の上は白一色である。
最終的にたったのひとつもひっくり返すことができなかった。
シュルツの圧倒的敗北である。
まあヒナのやることだ。
この程度ならもはやシュルツは驚きもしない。
ヒナは目を線のように細めて笑いながら、コマを片づけて。
「さ、シュルツさん、もう一回やりますか?」
「えー、もうリバーシはいいよぉ。
なんか一回も勝てないし」
「じゃあ将棋にします?」
「……将棋なあ」
シュルツはこう見えてもアナログゲームが得意だ。
チェスもバックギャモンもトランプもモノポリーも、大体のものはやり込んだ。
日本の若者なら『もう、あきたよ』という程度には。
その中でも一番好きなのは将棋だった。
学校では棒銀のシュルツと呼ばれていた時期もあった。
将棋で負けた時の悔しさが世の中のどんな感情より勝るから、
次は負けないようにただひたすら将棋をやった時期もあった。
そんじょそこらの小娘には……
いやむしろ、プロにすら良い勝負をするのではないかと自惚れている。
だけど……
シュルツは目をつむりながらつぶやく。
「なぜだろう……
ボクがヒナさんを将棋で打ち負かせている精神的イメージがまるでわかない……」
「?」
バーチャル空間に作り出した将棋盤に駒を並べながら、
シュルツは苦々しい顔をしていた。
きっと蟻の王メルエムの前に引き出された将棋チャンピオンは、
こんな気持ちだったのだろうな、などと思いを馳せながら。
結果、シュルツは11連敗した。
最終的に王一枚のヒナに負けて、シュルツは人生で初めて将棋盤をブン投げた。
散らばった駒を拾い集めるヒナを、
寝転んだまま眺めながら、シュルツが口を開く。
「……あのさあ、ヒナさん」
「はい?」
「ヒナさん前に言っていたよね?
相手に必要以上に媚びたりしないで、
自分の好きな自分を好きになってもらえるように努力するって」
「あ、はい、言いましたね。
……え? え、なんですか?
あ、これ、告白ですか? え?」
「断じて違うから。
やめろ! そわそわしながら髪を直すな!」
怒鳴られてしゅんとするヒナに、咳払いするシュルツ。
「まったく、隙あらばビチるんだから……」
「その動詞、斬新すぎませんか」
シュルツは24時間ビチれるビッチをジト目で見やる。
「ヒナさんさ……
キミが色々とすごいのは『言葉』ではなく『心』で理解できたけどさ、
そこまで圧倒的な人間力で相手の得意なものもなにもかも、
自尊心すら破壊し尽くして、それでまともな恋愛ってできるの?」
と、シュルツは今まで言いたくて言いたくてたまらなかったことを、
得意な土俵で叩きのめされた腹いせに、八つ当たり気味にぶつけてみるけれど。
ヒナはきょとんとしていた。
「まともな恋愛ってなんですか?」
「……え?」
「恋愛にまとももおかしいのもあるんですか?」
「……」
見たこともないお札を出されたレジ打ちのように、小首を傾げる清楚可憐な少女を前に。
シュルツは思わず黙り込んだけれど、すぐに我を取り戻す。
「いや、あるよ、そりゃあるよ。
世間一般的の、99%以上の学生カップルが行なっている形の恋愛だよ。
籠絡とか洗脳とかないやつ。
学校帰りにクレープ食べたりカラオケいったりする……」
リア充どもの宴だよ、と続けようとしてシュルツははたと気づく。
ヒナさんははたして『リア充』なのだろうか、と。
ビッチはリア充だ。
当然だ、男たちにチヤホヤされているのだから。
でもヒナをリア充と呼ぶのは、激しい違和感があった。
ひとり殺した人間を犯罪者とは呼べても、
惑星を滅ぼしたフリーザさまを犯罪者と呼ぶのには抵抗がある、そんな感情なのだと思う。
それはさておき、
ヒナは一生懸命シュルツの言うことを理解しようとして。
「う、うーん? つまり、少女マンガみたいな感じの、ですか?」
「ま、まあそういうの、かな」
「別にわたしも、ああいうのできると思うんですけど……」
「え? いや無理でしょ」
「なんでですか!?」
一言で切って捨てたシュルツに、ヒナは悲鳴をあげるけれど。
はあ? とシュルツは眉根を寄せる。
惑星ベジータを破壊しておいて、なにを言っているんだこの宇宙の帝王は。
「大体、ヒナさんってクレープとか食べれないでしょ」
「え、いや、食べますよ……?」
「ヒナさんが主に食べるのはケルベロスの臓物とか、悪魔王サタンに捧げられた供物とかでしょ?」
「わたしってシュルツさんの中でそんなイメージになっているんですか!?」
うーん、とシュルツは首を傾げた。
ヒナはショックを受けたような顔をしている。
「まあそれはいいんだけど」
「いや、あの、ぜんぜんよくないんですけど……
わたし、平凡でどこにでもいる乙女でいたいんですけど……」
「とにかく、別にわざと負けろとは言わないけどさ。
それでも……もう少し、こう、何というか手心というか……」
シュルツは悔しかったのだ。
『痛くなければ覚えませぬ』とか言われたら泣いてしまいそうだ。
「あ、はい、確かにそういうことはよく言われます」
ようやく得心したようにうなずくヒナ。
ずいぶんと回り道をしたけれど戻ってこれてよかった。
「っていうか、わたしだって、
普段はちゃんと隠していますよ?
人前で目立たないようにちゃんとしてますよ」
「あー? ああ、まあ、そうだよね。
いつもは平凡(笑)な乙女(笑)だもんね」
「なんか今ちょっぴり悪意を感じた気がします……」
半眼で見つめられて、シュルツは視線を逸らす。
ヒナは少しだけ言いづらそうに俯いて。
「……こんな風に自分をさらけ出すのは、
相手がシュルツさんだから……ですよ?
シュルツさんだったら、わたしのワガママも受け入れてくれそうですもん……」
「お、おー……」
もじもじと指を絡ませながら、そんなことを言うヒナに。
シュルツは思わず拍手した。
「お見事なビチり方でした。
教科書に載せたいくらいだよ、ヒナさん」
「え、今結構勇気出したんですけど、なんでですか!?」
「伝統芸能を見ているようだったよ」
「そんなの見てないで、ちゃんとわたしを見てくださいっ」
ヒナに捕まれてぐわんぐわんと体を揺らされながら。
シュルツは達観した顔でぽつりとつぶやいた。
「で、乙女ゲーは?」
「……」
ヒナはぴたりと止まって。
そそくさと元の位置に戻り、笑顔でぽんと手を打った。
「さ、次はなにをして遊びましょうか、シュルツさん」
「……あの、ヒナさん」
「……お願いします、もうちょっと、もうちょっとだけお付き合い願います……」
ヒナは両手を顔の前に掲げながら、頭を下げてきた。
彼女の精神状態があまりにもアレだったので、シュルツはゲームに付き合っていたのだ。
「ちょっと休もう!」とシュルツが言い出すまで、ヒナは虚空を見上げながら笑っていた。
『カッコイイイケメンが点いたり消えたりしている……えへへ、カッコイイ……光センパイかな……
ううん、違う、違うよね……光センパイはもっとスラっとしているもんね……』なんて言ってた。
すごいこわかった。
それに比べたら――ツッコミなんてするぐらい弱っているけれど――だいぶマシだ。
「仕方ないなあ」なんて言って、ため息をつくシュルツだけれど。
堂々とヒナの優位に立てるのは、珍しいことだから。
「まあ、ヒナさんの頼みだからなあ」
「……うう……」
「ヒナさんは本当にイケメンに弱いからなあ」
「……ううう……」
落ち込むヒナの前。
シュルツは内心でにやにやと笑う。
せっかく掴めたヒナの唯一と呼べる弱点だ。
最終的には克服してもらわないと、この世界から脱出できないからとても困るけれど。
でも、せっかくだからもう少しだけストレス解消させてもらおう。
この機会を逃したら、たぶん、もう一生こんなチャンスは回ってこないから。
「……いつもこんな感じのヒナさんだったら、
もうちょっと親しみがあるんだけどなあ……」
そうぽつりとつぶやいた言葉を。
ヒナはぴくりと顔をあげて、わずかに頬を緩めながら。
「シュルツさん、もしかして今告白しようと」
「まるで言ってない」
「告白」
「黙れよ」
シュルツより一言:ヒナさんは精神崩壊寸前ぐらいのビチり具合がちょうどいいです。
次回予告
あぁ、最早なにも言うまい。
語るべきビッチここにあらず。
語るべきイケメンここにあらず。
雛一羽、輝きを取り戻し、光を目指す。
輝きを取り戻し、光を目指す。
帰ってくる。
彼女が帰ってくる。
唯一無二にして天下無敵。
ただひとりのビッチ、ここにあり――。
43限目『光射す未来へ』




