39限目 チャラ男ー? はいはい、死にません死にません(笑)
前回のあらすじ:イケメンには勝てなかったよ。
雨の降る中の、告別式会場。
最初は誰も、その男に気がつかなかった。
鮮やかに染めていた髪を真っ暗に染め直し、やってきたその青年。
普段はアレンジしていたはずの制服も、まるで喪服のようにしっかりと着込んでいる。
七海光。彼は薄い笑みひとつ浮かべず、現れた。
その表情は真剣そのもので、痛いほどだ。
「……」
憔悴したヒナの両親に頭を下げて、彼は滞りなく焼香を済ませると、光は足早にその場を後にした。
光は雨の中、傘も差さずにぼんやりと視線を落としながら帰ってゆく。
その背中は、まるで捨てられた猫のように寂しそうなものだった……。
◆◆
「……なんか七海センパイ、ちょっと印象が違いましたね」
「そうだね」
「もしかして、なにか過去のトラウマなんかを引きずっているんでしょうか……」
「まあ乙女ゲーだからね。キャラ背景はしっかりしているだろうね」
「ああ、そんな、なんてこと……
ただの、ただのチャラ男じゃなかったってことですか……
そんなの、そんなの困ります……!」
両手で顔を覆っていやいやと首を振るヒナ。
実はその額と頬には、マジックペンで大きな字で、
『わたしはシュルツさんのイヌです』と描かれていたりする。
二度目の罰ゲームだ。
シュルツ自身、嫁入り前の女の子に落書きをするのはちょっと気が引けたのだが。
しかし相手はあのヒナだ、ということを考慮して踏み切った。
シュルツはヒナの体だけではなく、ヒナの心まで征服したのだ。
ヒナは、シュルツを絶対的上位存在と認識しただろう。
人としての尊厳を奪われて辱められた彼女は、もはや抵抗の意思を完全に失った人形だ。
なんてことだ。
自分にこれほどの鬼畜な所行ができるとは思わなかった。
おそらくはこの乙女ゲー世界に閉じこめられたことで、新たな力が生まれたのだ。
シュルツの中にある狂気が目覚めた瞬間であった。
このバーチャル空間を抜け出して、果たして日常生活に戻れるかな……とシュルツは危惧してしまう。
もはや自分は行き着くところまで行き着いてしまったのだ。
ネオシュルツだ。
これからは自らをそう呼ぼう。
シュルツはゲームに感謝している。
ゲーム開発会社に就職していなかったら、
きっと猟奇的殺人者になっていただろうから……
と、シュルツがそんなことを考えていると。
ヒナが問いかけてくる。
「それでシュルツさん、次の賭けは」
「ああ、うん」
ニヒルな笑みを浮かべながら、シュルツはうなずく。
気持ちが高揚しているのを感じる。きっと勝利の余韻に熱が後を引いているのだろう。
「もう賭けはよそう。どっちみち一回や二回でクリアできるはずがなかったんだ」
「……そう、かもしれませんね」
眉根を寄せて小さくうなずくヒナに、シュルツは微笑みかける。
「それに、これ以上罰ゲームを続けてしまえば、
ヒナくんの“ココロ”が“壊”れてしまうからね……」
「はい。……はい?」
「思えば、手加減をしてあげなかったボクも悪かった。
ヒナくん、このことにめげずに強く生きておくれ……」
おかしなテンションになっているシュルツを見て。
ヒナは首を傾げるより他ない。
「え、えと、じゃあ再び二日目、がんばります」
「負けるんじゃないぞ、ヒナくん」
いつもより少しだけシュルツの目が優しい気がして。
ヒナは自分なりにその理由を解釈した。
ああ、きっといいところまでいって死んだから、
気落ちしていると思ってくれているのかな? と。
それで励ましてくれているのかな?
シュルツさんはやっぱりいいひとだなあ、なんてそんな感じに。
それはそれで、
なんだか嬉しいヒナであった。
◆◆
でやーっとお昼休みまで駆け抜け……ようとして。
立ち止まる。今回はまた違うパターンのルートを編み出そう、と思ったのだ。
ヒナは教室を出る。
一時間目の休み時間だ。
ヒナはシュルツを抱きながら、
三階にある、三年生の教室にやってきていた。
通常ならばそれはありえない行動だ。
わざわざモンスターの襲ってこないキャンプ地を出て、
魔物の徘徊する外エリアをうろついているのだから。
体力は瀕死で、あとがなく。
もはやランゴスタに刺されただけでも即死なのに。
もしかしたらシュルツの精神攻撃によって、
思考回路が崩壊した結果、奇行種ヒナの誕生か、と黒猫は多少心配したものの。
「とりあえず、もう一回だけ、
七海光センパイに会ってみようかな、って思いまして」
「あ、ああそういうことか、なるほど」
イヌです、とかかれた左頬――もちろんNPCには見えない――を見上げ、シュルツは得心する。
前に初日を攻略したときと同じだ。
彼と遭遇することが二日目のイベントに組み込まれているのなら、
早い段階でそのイベントを終わらせてしまえばいいのだ。
そうすればあとは延々と1番のエリアで、
凛子でもおちょくりながら時間切れを待つだけでクエスト終了だ。
特になんの理由もなくディスってみるけれど。
ヒナは頭のてっぺんからつま先までビッチ元素で構成された純粋ビッチ結晶体だ。
そんな彼女も前回、言っていた通り。
チャラ男がモテるために力を尽くし、モテることをただ目的に着飾っているように、
このビッチもまた、男を落とすために適応進化した新人類なのだ。
いずれ人類とビッチの間のミッシング・リンクが埋まるような生命体も見つかるだろう(たぶん獣耳少女とか、そんなあざとさ特化の生物だ)。
それはともかく。
それだけに目的遂行能力は、他の誰よりも高い。
おそらく暗殺者などにも向いているはず。
つまり、『今なにをすればいいか』にかけては、
シュルツの助言すら必要ではないのだ。
「えーっと……何組、かなー……?」
ヒナは次々とクラスを覗いてゆく。
その目はまるで標的を見定める鷹のように鋭い。
シュルツは胸の中、つぶやく。
聞こえるか、七海光。
今おまえに近づくこの足音が。
ひたひたと、暗闇より近づく邪悪が。
おまえが深淵を覗いたがために、深淵がおまえを覗きに来たのだ、と。
と、見つかった。
七海光は、3年1組だ。
後ろの方の席で女子に囲まれながら、
いかにもチャラそうな笑顔でチャラい言葉を放っている。
彼もだが、周りの女子たちも、お世辞にも賢そうには見えない。
「やかましい! うっとおしいぞこのアマ!」と叫びたくなってくる。
だが、これはあくまでもヒナのゲーム。
シュルツはでしゃばらず、事態を見守ることにしよう。
さてさて、彼女は一体どんな奇抜な能力で、
七海光を裁くのかと思えば……
「……センパイ」
……ヒナは、教室の後ろのドアの元で、
半分身を隠しながら、その、七海光の姿を見つめていた。
その体、まるで金縛りにあったように動かない。
どうしたの、とシュルツが問いかけようとしたとき。
ヒナの様子に気づいた。
シュルツは、ぽかーん……、と大きく口を開けて固まる。
「はぁぁ……
……か、か、か……かっこいぃいいいい~~~……♡」
その瞳、完全に恋する少女のそれだった。
591回目。
死因:ニコポ(他人への)。
シュルツより一言:うそだろ、ヒナさん。




