34限目 死にますけど、友達っていいものです
前回のあらすじ:虎次郎vsヒナ。
「ああ? なんだよてめーは……」
こちらを睨みつけてくる目つきの悪い男。
攻略対象キャラのひとり、ご存知、不良の一ツ橋虎次郎だ。
肩幅が広く、色黒で痩せている。
着崩した制服から覗く、首筋から鎖骨にかけてのラインは野性味あふれていて、芸術的だ。
彼の手はゴツゴツとしていて、なんだかとても暖かそうだし。
強く引っ張られてそのまま抱き締められたら、落ちてしまうかもしれない。
シルバーのアクセサリーがよく似合っており、ワルい魅力がプンプンする。
あと20年も経てば、実にヒナ好みのちょいワルオヤジになってくれるだろう。
いや、今だって相当なものだ。本当にレベル高い。
この傷ついた堕天使のような彼を。
優しく手厚く保護して、愛という名のミルクを与えてあげたい。
ふたりで身を寄せ合って、寂しさを分かち合うのだ。
そう、行き場所のないふたりはまるで捨て猫みたいだ、
部屋は落葉に埋もれた空き箱みたい……なのだ!
と、妄想の太平洋を漂うヒナ。
悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ前に、横から凛子が慌てて口を出してくる。
「そ、その子は藤井ヒナさん。
昨日クラスに転校してきたのよ。
あたしの前の席のともだ……その、クラスメイトよ」
「……あ、そうです、ヒナです」
ぷかっと浮かび上がり、ヒナは現世に戻ってくる。
虎次郎の視線を浴びながら、頭を下げる。
「初めまして、同じクラスですね」
「こんなやついたか……? 地味なやつだな」
「えへへ~」
笑いながら頬をかくヒナ。
地味だと言われるのは、嬉しかった。
だってそれは、クラスに溶け込めているということだ。
誰も自分の行動に引いたりしないし、毛嫌いしてもいないということだ。
少しヤンチャだった幼少期のトゲがすっかり取れて、
真人間でいられている、ということだ。嬉しい。
だが、虎次郎は顔をしかめている。
なんだこいつ気持ち悪ぃ……とでも言いたげだ。
いや、そんなことよりも。
そうだ、違う、和んでいる場合じゃない。
ヒナは気を取り直し、ズバリと告げる。
「虎次郎くん、さっきリンコを押したでしょ」
「ああ?」
「なんで謝らないの?
悪いことをしたんだったらちゃんと謝ろうよ。
心の中でいくら思っていても、言葉にしないと伝わらないことだってたくさんあるんだよ」
「ンだてめえ……」
途端に不快そうな表情をあらわにする虎次郎。
どうやら彼にとって触れられたくないことのようだ。
この年頃の男のコは繊細な子羊のようだ。取り扱いが難しい。
けれどヒナは構わず、眉を寄せながら語る。
「盗んだバイクで走り出しても、自由にはなれないんだよ。
本当の自由っていうのは、自分がしたいことをできることなんだよ」
「はァ……?」
「虎次郎くん、本当はリンコに謝りたいんでしょ?
ならちゃんと『ごめん』って言おうよ。そうしたらすっきりするよ」
「……ゴチャゴチャ勝手なことを言いやがって。
ケンカ売ってんだな、てめーは」
ドスの効いた声でうめく虎次郎。
それを聞いた凛子の顔がサッと青くなる。
もしかしたら本気で怒ったのかもしれない。
知ったような口を、みたいに思われたのだろう。
でも、言う。
「本当の大切なときなんて、今しかないんだよ。
後から後悔しても遅いんだからね。
明日には誰か、大切な人だって死んじゃうかもしれないんだよ。
だったらいつだって、正しいことをして生きていこうよ」
「……女だからって、殴られないとでも思ってンのか?」
「ううん。どっちかというとわたしは、
男女平等に扱ってくれる人が好きかな」
虎次郎が少しずつ近づいてくる。
胸ぐらぐらい掴まれちゃうかもしれない。
そうなったら少し困る。
ドキドキしちゃうし、シュルツとの賭けに負けてしまいかねない。
だから、ヒナは呼吸を整えた。
試したい、という気持ちもある。
これから先、なにかの役に立つかもしれない。
前回の――発勁は、うまくいかなかった。
弟に放ったものの、システムの壁によって防がれたのだ。
ならばさらに強力な奥義を……と思ってしまったのは、ヒナの考えが足りなかった。
強い力により強い力をぶつけたところで、待つのは悲劇だけだ。
そんなものが正義であってたまるものか、なのだ。
だから打ではなく、浸。
鋭ではなく、柔にて。
その骨ではなく、臓を。
身ではなく、魂を。
体内の龍気を爆発させることにより、叩きこむのだ。
システムが『攻撃』だと認識できないほどのゆっくりとした動きで。
相手を内部から破壊する秘技――透剄。
さすれば虎次郎を仕留めることは難しくはないだろう。
NPCを、ゲームシステムを、騙すのだ。
この世界を騙すのだ。
「……なんだよ、その目は」
虎次郎はなぜか、気圧されたかのように一歩も動いてこない。
学生たちの間ではケンカ最強で通っているかもしれないけれど。
「えへへ」
実際に相対したことはないだろう。
本物の――拳士には。
……けれど。
ヒナはふと、考えてしまった。
いくらゲームだからといっても、そんなことをしたら凛子は悲しむだろう。
たった一度であっても、そんな彼女の顔は見たくない。
今まで行なってきた数々の凶行だって、必要に迫られたからやっただけであって、
ヒナは本当は、凛子や周りのみんなを困らせたくはないのだ。
和をもって貴しとなしたいのだ。
ヒナはゆっくりと握った拳を解いてゆく。
「うん、やっぱりこういうのはやめよっか」
「……チッ」
虎次郎がこちらを睨んできた眼差しが……あからさまに安堵したような気がした。
彼の額から、尋常ではない量の脂汗が流れている。なぜだろうか。
まあそれはいい。
けれど、このままではやられっぱなしの凛子がかわいそうだ。
口で丸め込むしかない。
そうして、虎次郎が己の罪を悔み、凛子に贖うところまで持っていくのだ。
彼のことはまだほとんどなにも知らないけれど。
でも、その挙動を本気で観察すれば、わからないことなんてない。
コールドリーディングもプロファイリングも、すでに学んだ。
普段は相手のプライベートを探るみたいで、気分があまり良くないから、こんなことはしないけれど……
しかし、今は非常時だ。
ヒナの目が澄んで、真実だけを見通してゆく。
>重心がやや左側に傾いていることから、右利き。
>顔をわずかに傾けているのは、視力のズレによるものだ。右目1.0。左目0.4。
>制服のよれ具合や靴の汚れからいって、家庭は裕福ではなく、兄と二人暮らし。
>小指の先の2mmの傷はオールステンレスの果物包丁によってついたものだ。
>彼がそんなことを行なうのは親類。いや、母親だろう。もう長い期間入院している。少なくとも48ヶ月以上。
>幼くして父を亡くしたのだ。だから兄が父親代わりとなって彼を育ててきた。
あらゆるゲームを台無しにするように、ヒナは灰色の脳細胞を活性化させてゆく。
さらに彼のルーツを探ってゆけば、いずれは凛子にたどり着くだろう、と。
そんなことを思っていると。
「もうやめてよ!」
ふたりの間に、凛子が割り込んできた。
彼女は唇を結んで、虎次郎とヒナを交互に見やる。
「別にあたしは平気だから、虎。
だから藤井さんも、もうやめて、ね」
「……でも、リンコ」
ヒナが抗弁をしようとしたそのとき。
一気に現実に引き戻された。
――なぜ、気づかなかったのか。
「……いいの、藤井さん」
凛子のホンのわずかな変化に。
その緊張した表情の緩和に。
虎次郎などに構っている場合ではなかったのだ。
敵はただの敵でしかない。
味方こそが本当の敵なのだ。
この世界では、ヒナを助けてくれる人は、ひとりもいない。
500回以上死んで、学んだつもりだったのに。
それでも、ヒナは彼女をかばったのだ。
何度生まれ変わっても、きっと同じことをしてしまうだろう。
凛子がヒナを友達だと思っていなくても。
ヒナにとって凛子は、この世界で唯一の友達――なのだから。
その思いが。
ヒナの隠し切れない愛情が。
善意が。
善性が。
伝わった。
伝わってしまったのだ。
凛子は小さく、頬を緩めて。
ほほえんだ。
「ううん、いいの……
でも、ありがと。あたし、ちょっと嬉しかった。
なんで藤井さん、あたしにいじわるするんだろう……って思ってたけど、
あっは、ホントは優しいんだね……ヒナ」
なんてことだ。
まさか。
本当にそんな。
好感度が一瞬にして急上昇するとは。
凛子は嬉しかったのだ。
見た目がすごく怖い虎次郎に、ヒナが怒ってくれて。
自分のために、立ち向かってくれて。
それが、今までのすべてを帳消しにするくらい、嬉しかったのだ。
「……ヒナ、ありがと」
かつて拳士・藤井ヒナを、
おびただしいほどの数、殺害したその笑み。
紛れもなく。
――本物のダイアモンドの輝きであった。
589回目。
死因:凛子・ラブ・アンド・ビューティ・ショック。
満身創痍のシュルツより一言:……勝った。




