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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第四章 ピッカピカ☆新たな一日は恋の冥土♡
42/103

34限目 死にますけど、友達っていいものです

 前回のあらすじ:虎次郎vsヒナ。

  

「ああ? なんだよてめーは……」

 

 こちらを睨みつけてくる目つきの悪い男。

 攻略対象キャラのひとり、ご存知、不良の一ツ橋虎次郎だ。

 

 肩幅が広く、色黒で痩せている。

 着崩した制服から覗く、首筋から鎖骨にかけてのラインは野性味あふれていて、芸術的だ。

 

 彼の手はゴツゴツとしていて、なんだかとても暖かそうだし。

 強く引っ張られてそのまま抱き締められたら、落ちてしまうかもしれない。


 シルバーのアクセサリーがよく似合っており、ワルい魅力がプンプンする。

 あと20年も経てば、実にヒナ好みのちょいワルオヤジになってくれるだろう。

 いや、今だって相当なものだ。本当にレベル高い。 

 

 この傷ついた堕天使のような彼を。

 優しく手厚く保護して、愛という名のミルクを与えてあげたい。

 

 ふたりで身を寄せ合って、寂しさを分かち合うのだ。


 そう、行き場所のないふたりはまるで捨て猫みたいだ、

 部屋は落葉に埋もれた空き箱みたい……なのだ!

 

 と、妄想の太平洋を漂うヒナ。

 悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ前に、横から凛子が慌てて口を出してくる。


「そ、その子は藤井ヒナさん。

 昨日クラスに転校してきたのよ。

 あたしの前の席のともだ……その、クラスメイトよ」

「……あ、そうです、ヒナです」

 

 ぷかっと浮かび上がり、ヒナは現世に戻ってくる。

 虎次郎の視線を浴びながら、頭を下げる。


「初めまして、同じクラスですね」

「こんなやついたか……? 地味なやつだな」

「えへへ~」

 

 笑いながら頬をかくヒナ。

 地味だと言われるのは、嬉しかった。


 だってそれは、クラスに溶け込めているということだ。

 誰も自分の行動に引いたりしないし、毛嫌いしてもいないということだ。

 

 少しヤンチャだった幼少期のトゲがすっかり取れて、

 真人間でいられている、ということだ。嬉しい。

 

 だが、虎次郎は顔をしかめている。

 なんだこいつ気持ち悪ぃ……とでも言いたげだ。

 

 いや、そんなことよりも。

 そうだ、違う、和んでいる場合じゃない。

 ヒナは気を取り直し、ズバリと告げる。


「虎次郎くん、さっきリンコを押したでしょ」

「ああ?」

「なんで謝らないの?

 悪いことをしたんだったらちゃんと謝ろうよ。

 心の中でいくら思っていても、言葉にしないと伝わらないことだってたくさんあるんだよ」

「ンだてめえ……」

 

 途端に不快そうな表情をあらわにする虎次郎。

 どうやら彼にとって触れられたくないことのようだ。

 この年頃の男のコは繊細な子羊のようだ。取り扱いが難しい。

 

 けれどヒナは構わず、眉を寄せながら語る。


「盗んだバイクで走り出しても、自由にはなれないんだよ。

 本当の自由っていうのは、自分がしたいことをできることなんだよ」

「はァ……?」

「虎次郎くん、本当はリンコに謝りたいんでしょ?

 ならちゃんと『ごめん』って言おうよ。そうしたらすっきりするよ」

「……ゴチャゴチャ勝手なことを言いやがって。

 ケンカ売ってんだな、てめーは」

 

 ドスの効いた声でうめく虎次郎。

 それを聞いた凛子の顔がサッと青くなる。

 

 もしかしたら本気で怒ったのかもしれない。

 知ったような口を、みたいに思われたのだろう。

 

 でも、言う。


「本当の大切なときなんて、今しかないんだよ。

 後から後悔しても遅いんだからね。

 明日には誰か、大切な人だって死んじゃうかもしれないんだよ。

 だったらいつだって、正しいことをして生きていこうよ」

「……女だからって、殴られないとでも思ってンのか?」

「ううん。どっちかというとわたしは、

 男女平等に扱ってくれる人が好きかな」

 

 虎次郎が少しずつ近づいてくる。

 胸ぐらぐらい掴まれちゃうかもしれない。

 

 そうなったら少し困る。

 ドキドキしちゃうし、シュルツとの賭けに負けてしまいかねない。



 だから、ヒナは呼吸を整えた。

 

 試したい、という気持ちもある。

 これから先、なにかの役に立つかもしれない。


 前回の――発勁(はっけい)は、うまくいかなかった。

 弟に放ったものの、システムの壁によって防がれたのだ。

 

 ならばさらに強力な奥義を……と思ってしまったのは、ヒナの考えが足りなかった。

 強い力により強い力をぶつけたところで、待つのは悲劇だけだ。

 そんなものが正義であってたまるものか、なのだ。

 

 だから打ではなく、浸。

 鋭ではなく、柔にて。

 その骨ではなく、臓を。

 身ではなく、魂を。

 

 体内の龍気を爆発させることにより、叩きこむのだ。

 システムが『攻撃』だと認識できないほどのゆっくりとした動きで。

 

 相手を内部から破壊する秘技――透剄(とうけい)

 さすれば虎次郎を仕留めることは難しくはないだろう。

 

 NPCを、ゲームシステムを、騙すのだ。

 この世界を騙すのだ。

 

「……なんだよ、その目は」

 

 虎次郎はなぜか、気圧されたかのように一歩も動いてこない。

 学生たちの間ではケンカ最強で通っているかもしれないけれど。


「えへへ」

 

 実際に相対したことはないだろう。

 本物の――拳士には。

 

 

 

 ……けれど。

 ヒナはふと、考えてしまった。


 いくらゲームだからといっても、そんなことをしたら凛子は悲しむだろう。

 たった一度であっても、そんな彼女の顔は見たくない。

 

 今まで行なってきた数々の凶行だって、必要に迫られたからやっただけであって、

 ヒナは本当は、凛子や周りのみんなを困らせたくはないのだ。

 

 和をもって貴しとなしたいのだ。

 ヒナはゆっくりと握った拳を解いてゆく。


「うん、やっぱりこういうのはやめよっか」

「……チッ」

 

 虎次郎がこちらを睨んできた眼差しが……あからさまに安堵したような気がした。

 彼の額から、尋常ではない量の脂汗が流れている。なぜだろうか。


 まあそれはいい。

 けれど、このままではやられっぱなしの凛子がかわいそうだ。


 口で丸め込むしかない。

 そうして、虎次郎が己の罪を悔み、凛子に贖うところまで持っていくのだ。

 

 彼のことはまだほとんどなにも知らないけれど。

 でも、その挙動を本気で観察すれば、わからないことなんてない。 

 

 コールドリーディングもプロファイリングも、すでに学んだ。

 普段は相手のプライベートを探るみたいで、気分があまり良くないから、こんなことはしないけれど……


 しかし、今は非常時だ。

 ヒナの目が澄んで、真実だけを見通してゆく。 

 

 

>重心がやや左側に傾いていることから、右利き。

>顔をわずかに傾けているのは、視力のズレによるものだ。右目1.0。左目0.4。

>制服のよれ具合や靴の汚れからいって、家庭は裕福ではなく、兄と二人暮らし。

>小指の先の2mmの傷はオールステンレスの果物包丁によってついたものだ。

>彼がそんなことを行なうのは親類。いや、母親だろう。もう長い期間入院している。少なくとも48ヶ月以上。

>幼くして父を亡くしたのだ。だから兄が父親代わりとなって彼を育ててきた。

 

 

 あらゆるゲームを台無しにするように、ヒナは灰色の脳細胞を活性化させてゆく。

 さらに彼のルーツを探ってゆけば、いずれは凛子にたどり着くだろう、と。

 

 そんなことを思っていると。

 

「もうやめてよ!」

 

 ふたりの間に、凛子が割り込んできた。

 彼女は唇を結んで、虎次郎とヒナを交互に見やる。

 

「別にあたしは平気だから、虎。

 だから藤井さんも、もうやめて、ね」

「……でも、リンコ」

 

 ヒナが抗弁をしようとしたそのとき。

 一気に現実に引き戻された。

 

 ――なぜ、気づかなかったのか。


「……いいの、藤井さん」


 凛子のホンのわずかな変化に。

 その緊張した表情の緩和に。

 

 虎次郎などに構っている場合ではなかったのだ。

 

 敵はただの敵でしかない。

 味方こそが本当の敵なのだ。

 

 この世界では、ヒナを助けてくれる人は、ひとりもいない。

 500回以上死んで、学んだつもりだったのに。

 

 それでも、ヒナは彼女をかばったのだ。

 何度生まれ変わっても、きっと同じことをしてしまうだろう。

 

 凛子がヒナを友達だと思っていなくても。

 ヒナにとって凛子は、この世界で唯一の友達――なのだから。



 その思いが。

 ヒナの隠し切れない愛情が。


 善意が。

 善性が。


 伝わった。

 伝わってしまったのだ。


 凛子は小さく、頬を緩めて。




 ほほえんだ。




「ううん、いいの……

 でも、ありがと。あたし、ちょっと嬉しかった。

 なんで藤井さん、あたしにいじわるするんだろう……って思ってたけど、

 あっは、ホントは優しいんだね……ヒナ」

 

 なんてことだ。

 まさか。

 

 本当にそんな。

 好感度が一瞬にして急上昇するとは。

 

 凛子は嬉しかったのだ。

 見た目がすごく怖い虎次郎に、ヒナが怒ってくれて。

 自分のために、立ち向かってくれて。

 それが、今までのすべてを帳消しにするくらい、嬉しかったのだ。


「……ヒナ、ありがと」



 かつて拳士・藤井ヒナを、

 おびただしいほどの数、殺害したその笑み。

 

 紛れもなく。

 ――本物のダイアモンドの輝きであった。

 

 

  

 589回目。

 死因:凛子(ヴィーナス)・ラブ・アンド・ビューティ・ショック。

 

 満身創痍のシュルツより一言:……勝った。

  

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