32限目 改めて、もうわたしぜったい死にません
前回のあらすじ:夢だけど、夢じゃなかった! 現実だった。
二日目のイベントは、
とりあえずお昼休みまで、とても平和なものだった。
やはり友人であり死神、ヒナ撃墜ハーラートップをひた走る凛子を
『状態異常:行動不能』に追い込んだのは、非常に大きかったのだ。
しかもノートを追加すればするだけ、その効果時間は延びてゆく。
誰に対してでもできる技ではない――あくまでも波長の合った相手にのみ――だろうが、凛子に限れば実に効果的だった。
自らの経験を本にすることにより、相手を縛りつける。
それが彼女の生み出した、新たな能力。
シュルツはこれを、ヒナ式ヘブンズ・ドアーと名づけることにした。
凛子に開かれたのは、地獄の扉だったろうが。
しかしその実、ヒナ式ヘブンズ・ドアーの精神攻撃によって、
彼女の好感度メーターがぐんぐんと下がっていることにヒナは気づいているのだろうか。
もし好感度が下がった対象が、攻略キャラクターだった場合、
下がった本人だけではなく、周りの誰かにも影響が出てしまうようだ。
一緒になって『ヒナの評判』が落ちる、という感じで、だ。
まったくその影響を受けないのは優斗ぐらいなものだ。
といってもその優しい幼馴染の彼だって、
イベントを進めるためには好感度を高い状態で、安定させておかなければならないわけだし。
なんでバーチャル世界でまでそんな気配りしなきゃならないんだろう面倒な、とシュルツは思うが。
そこはそれ、さすがゲームの世界。
好感度の下がる条件は現実と違って、非常に厳しいようだ。
空気の読めない発言や、ちょっとしたワガママ程度では微減すらしないらしい。
本当によっぽどのことをしなければ好感度は下がらないのだ。
そう、“よっぽど”のことをしなければ……
ちょっと怖くなってきたので、シュルツはこれ以上考えることをやめた。
まさかあの拳法ビッチとて、攻略対象キャラに粗相はしまい。
その後。
「なんだそのピアスは。風紀違反だろう」
「ああン?」と、虎次郎と椋が風紀について衝突したり。
「椋、ちょっと言い方キツいだろー。
ほら、虎次郎も先生に見つかる前にさ」と、ふたりの間を優斗が取り持ったり。
「虎次郎、きょうは来たんだね」
「……っせぇな」などなど、樹が虎次郎を軽く注意したり。
とりあえずはそんな乙女ゲーらしい実に平和な(誰も死なないという意味で)イベントが消化されて、三時間目の休み時間だ。
イベントを眺めて、
「目の保養、目の保養」とウキウキしていただけの観客であるビッチ――彼女はこちらに好意が向けられない限り、死なないのだ――は、
シュルツを抱きかかえながら笑みを浮かべる。
「ふふふ、シュルツさん。
どうやらわたし、二日目に入ってから、
まだ一度も死んでいないんですよ」
なにを言い出すかと思えば。
そんな、たまたま数回連続でロシアンルーレットを成功させたぐらいなくせに。
まあいいか、とシュルツはうなずく。
「そうだね。命のありがたみを思い出したのかな」
「わたし、このまま一度も死なないで二日目を突破するつもりです」
「なん……だと……」
えっへん、と得意げな顔をするビッチ。
シュルツは動揺を隠し切れない。
ついにビッチウィルスに脳を破壊されてしまったのだろうか。
ここにいるのはもう、性欲と色欲の権化か。
いや、このビッチはそんなタマじゃない。シュルツは自分に言い聞かせる。
まだ二日目だ。まだだ、まだ慌てるような時間じゃない。
「とりあえず……その、あんまり強い言葉を使わないほうがいいと思うよ。弱く見えるらしいから」
「えー、シュルツさん、まだわたしを信じてくれてないんですかー」
「信じるとか信じないとか、そういう次元の話じゃなくて……」
それは「気合いがあればなんでもできる!」とか言いながら、
生身でブラックホールに突っ込んでゆくようなものだとシュルツは思う。
人にはできることとできないことがある。
このビッチが二日目で一度も死なない。それはすなわち、不可能である。
「わかりました!」
するとビッチが、ガッチャ! のような感じの声をあげた。
周りの生徒たちの注目を集めてしまい、ハッとする。
誰も友達がいない中、ぬいぐるみに話しかけているおかしな人物に見られてしまう。
ビッチは少し恥ずかしそうに首をすくめて、シュルツにささやく。
「……わたし、今回死んだら、シュルツさんの言うこと何でも聞きますから」
「……ん?」
今、なんでもって言ったような気がした。
思わず聞き返す。するとビッチは……
「はい、なんでもです」
にんまりとうなずく。
無茶だ。一体どうしたというのだ。
大体、初日で600回近く死んでおきながら、どの口が言うのか。
……と、シュルツは気づく。まさかこのビッチ。
「……ちなみにそれ、
もしそのまま二日目を突破した場合ってさ」
「もちろんそれはごほーびです。
シュルツさんがわたしにくれるべきです。
しかもちょっぴり豪華なやつです」
「だよね」
なるほど。
どうやら彼女はシュルツに頭を撫でてもらって、味をしめたようだ。
もう一度あの喜びを、という顔で瞳をうるうるさせながらこちらを見つめている。
この場合も『チョロい』……と言うのだろうか。
どちらかというと、人の肉の味を覚えた魔獣が目の前にいるように感じてしまう。
清楚な羊の皮をかぶった狼ならぬ、破壊神だ。
世界の寿命が尽きた時、世界を破壊して次の世界創造に備える役目を持つ羊だ。そんな羊がいてたまるか。
だが……
懇願するように両手を合わせるビッチに、シュルツは考える。
いや、死ぬだろう、どう考えても。
このビッチが一度も死なずに二日目を突破するなど、想像ができない。
きっとジュール・ヴェルヌでも描けない未来絵図だ。ビッチの可能性を越えている。
「なんでもする、ねえ……」
悪い条件ではない、というか。
はっきり言って、99・9999999%勝てる勝負だ。
ビッチになんでも言うことを聞かせることができる。
これは……はっきり言って、むしろチャンスだ。
シュルツはうなずく。
なにをしてもらおうか。
「いいよ、わかった。
その賭けに乗ろうじゃないか」
「ふふん、シュルツさん、後悔しないでくださいね」
「そっちこそ、本当に“なんでも”だからね。
わかっているんだよね」
「わかっています。それだけの覚悟があります」
念を押すと、
この“黄金の覚悟”を持つビッチは、急に瞳から光を消す。
「しねと いわれたら
シュルツさんのために しにます から
えへへ へへ」
「こわい。唐突にこわい」
すると、顔をのぞき込まれた。
頬を赤らめたビッチが、くすくすと笑う。
「冗談です。さすがにわたしもそんなことはできません」
「はは……」
乾いた笑いしか出なかった。
むしろ乾いた笑いが出せたことを褒めてほしいと思う。
シュルツより一言:地の文が後半全部『ビッチ』なのに違和感を覚えなかった人は、ボクと握手。




