31限目 新しい朝が来ます、誰も死なない希望の朝です
これまでのおさらい(シュルツ)。
『そうだ、これは夢なんだ。
ボクは今、夢を見ているんだ。
目が覚めたとき、ボクはまだ新米社員。
起きたら会社にいって、先輩たちに可愛がられながら、
大きなプロジェクトの一員となった喜びをかみ締めて、
高いモチベーションで仕事に挑むんだ……』
これからのあらすじ:現実が始まる。
というわけで、二日目の朝。登校途中だ。
新たな一日が始まり、陽光に黒髪を輝かせながら歩くヒナ。
力なくカバンにくくりつけられているのは、
若干、小型化したキーホルダーサイズのシュルツである。
これからまたきっと、長い長い長い……二日目が始まるのだ。
毛並みも闇のように真っ黒になってしまいそうだ。いや、もともと黒猫だったか。
きょうの天気のように能天気なお天気ビッチは、
歩きながら朗らかに恐ろしいことを提案する。
「でも、この調子で進めるんだったら、
攻略対象キャラを全員片っ端からヒナ式で籠絡しちゃだめなんでしょうか」
「うーん」
徐々にこの環境に慣れつつある自分に恐怖しながら、シュルツはうなる。
この際、倫理感は横に置いておくとしよう。
手段を選んでいられるほど、自分たちは恵まれた環境ではないのだ。
しかし。
「学校の攻略キャラはイベントで密接にかかわり合うからちょっと危険かなあ……」
「そっかぁ」
「誰の好感度がどの場面で影響するか、ボクにもわからないからね。
もし精神をボロ雑巾のようにズタズタにしたキャラのせいで、
最後の最後に攻略フラグが立たなかったりしたら、大問題でしょう?
また一からやり直すのは、さすがにね……」
「わたしはそれも幸せですけど……
シュルツさんがそう言うなら、やめます」
「う、うん」
澄ました顔で素直にうなずくヒナ。
完全に彼女に手綱を握られてしまっている気がする。
だめだ。
このままじゃいけない。
シュルツは気を引き締める。
このままヒナの思い通りになれば、世界は滅んでしまう。
すべてのAIがヒナを神を崇める新世界が生まれるだろう。
ザ・ニュービッチワールドだ。
The world is all one! だ。
不幸だ。それだけはくい止めなければならない。
そうだ。このビッチを止められるのは自分だけなのだ。
乙女ゲームの世界に平和を取り戻すために。
シュルツはヒナに釘を差す。
「ヒナさん、地道にいこう」
「?」
その言葉の意味がわからず、
ヒナはわずかに首を傾げていたのだった。
◆◆
学校に到着し。
優斗や椋と軽く挨拶を交わし、ヒナは凛子の前の席にやってくる。
「おはよー、リンコ」
「あ、おはよう藤井さん」
「きょうもこれ、お願いね」
にっこりと微笑んで取り出した大学ノートを、どさっと凛子の机の上に置く。
七冊。
「増えてる……」
増えてる……
シュルツと凛子は同時に目を剥く。
どちらかというと、白目を剥いていたかもしれない。
この大学ノートはシュルツがヒナに渡したものだ。
例によってバーチャル空間の開発者コードによって作り出したものだが、こんな使い方をするとは。
戦々恐々とする凛子に、首を傾げながら微笑むヒナ。
「リンコ、どうかした?」
「……う、ううん、な、なんでもないよ。
じゃ、じゃあ読むね」
「お願いね」
けなげだ……
シュルツは心の中で凛子にエールを送る。
友達になるために彼女はイヤなことを笑顔で行なっているのだ。
なんていじらしい子なんだろう。
まるで母親のために内職を手伝う孝行娘のようだ。
その姿にヒナも時折胸を押さえて悶えていたりする。
きっと、良心の呵責を覚えているのだろう。
翔太や家族の万分の一でも苦しめばいい、とシュルツは時々思う。
そのためにシュルツができることは、なんとかヒナをまともな道に導くことぐらいだ。
そのうちきっと、このゲームが終わる頃には、
ヒナも「もう恋愛なんてこりごりだよぉ~><」とか言うに違いない。
よくわからないけれどたぶんきっとそうだ。
具体的なプランはまったく見通しが立っていなかったが。
いつかきっとたぶんそんな風になってくれると思う。
信じれば夢は叶う。この世に悪の栄えた試しなし。
本気になったらすべてが変わる。ネバギバ! だ。
と、シュルツが、
方向性の定まらない熱意を燃やしていたそのとき。
ガラッ! と前のドアが乱暴に開かれた。
まだ授業の始まる時間ではない。
やってきたその人物は……
金色の髪を後ろで縛った、日に焼けた少年だった。
例によって凄まじい美形だし、ヒナでも一目でわかった。
間違いない。彼は――攻略対象キャラだ。
ウィンドウがポップする。
『一ツ橋虎次郎:あなたのクラスメイトのひとりであり、硬派な一匹狼の不良です。
担任の一ツ橋樹の弟で、表面上は兄を疎ましく思っていますが、その実は……』
きゅん、と心臓のはねる音がした。
「……樹先生の、弟……」
よく見れば顔立ちがそっくりだ。
優しげな教師の弟で不良。だけどお兄ちゃん大好き。
王道だ。なんて王道なんだ。
ヒナは両手を組み合わせて、熱い視線を虎次郎に送る。
彼は辺りを睨みつけながら一番後ろの席へと向かう。
凛子が小さくため息をついた。
「……まったく、虎のやつ、きょうは来たのね」
えっ、と振り返る。
凛子は頬杖をかいて虎次郎を半眼で見つめている。
「リンコ、お友達?」
「うん、まあね。っていっても、腐れ縁だけど。
樹お兄ちゃんからも、あいつの面倒を頼まれているのよね。
まったく、いつまでも突っ張っちゃって。
早く彼女でも作って、落ち着いてほしいもんだわ」
「彼女……」
ぽわぽわ、とヒナが視線を空中に浮かべていると。
はっ、と凛子が気づいたような顔でノートに向き直る。
「ご、ごめんなさい、藤井さん。
早く読みますから」
夢見がちな瞳のまま、
ヒナははっきりと告げる。
「うん、それはお願いね」
「はい……」
鞄にくくりつけられたままのシュルツがつぶやく。
「鬼か」
シュルツより一言:鬼だった。




