30限目(Aパート) 死に続けますよ、勝てるまで
今回のあらすじ:重い……。
※作中に出てくる藤井ヒナの過去は、
あくまでも『乙女は辛いデス』の主人公の設定であり、
藤井ヒナ本人とは何ら関わりがありません。
◆◆
再び葬式。
ヒナの納棺が済み、僧侶を迎え、焼香をあげてから。
集まった親戚、知人、さらには優斗や一ツ橋樹たちの前。
喪主である父による、挨拶が始まる。
一同の前に立つ父は、一回りも二回りも小さくなったようだった。
彼は挨拶状を開いて、静粛の中、語り出す……。
「……本日は、お忙しいところ、娘――ヒナの告別式にご参列下さり最後までお見送り下さいましてありがとうございました。
また多くの方々より御弔慰ならびにご香典を賜りましたこと、この場をおかりしまして厚くお礼申し上げます。
娘が生まれましてから、17年。その成長をそばで見守り、彼女もようやく元気を取り戻してきた矢先の出来事でした。
もともと体の弱かった娘のこと、いつかはこうなる日が来るのかもしれないと思うと、大変ショックで、しばらくは仕事も手につきませんでした。
しかし彼女も直前まで笑顔を浮かべており、これまでにない充実した日々を送らせていただきました。
みなさまの懸命のご介護で、からだの苦痛も少なく、やすらかなうちに静かに息を引き取ることが出来ました。
皆様本日はどうもありがとうございました」
粛々と……
頭を下げる父親の傍ら。
喪服姿の女性が、ハンカチで目元を抑えながら、その場を離れてゆく。
母だ。
「かあさ……」
息子、翔太が追いかけようとするのを手で押しとどめて。
父は小さくうなずいた。
「私が行く」
「……わかった」
親戚一同に頭を下げ、父は母の後を追った。
母は告別式会場の廊下にいた。
身を震わせながら、涙を流している。
「……おまえ」
父の声に気づいているのだろうが、顔をあげはしない。
ただただ、個人との思い出に浸り、悲しみの海に水没しているのだ。
藤井ヒナ。
彼女との記憶を、父もまた、思い出す。
幼いころから、体が弱い少女だった。
入院と退院を繰り返し、ナースには可愛がられながらも、
登下校する同学年の子供を窓から眺め、本を友達として過ごす毎日だった。
そのうちヒナはワガママを言わなくなり、いつも穏やかに微笑むようになった。
見舞いに来てくれた弟や両親、近所に住んでいた優斗などに、精一杯元気な姿を見せようと。
そんなことができるはずもないのに、誰にも心配をかけないように、振る舞って。
まだ小学生なのに、そういう風に育ってしまったのだ。
転機は小学六年生のときに訪れた。
ヒナの体は日に日に――ゼロに向かうように――衰弱していったのだ。
コップから水が漏れるように、ヒナ自身の生命の器が割れてしまったように。
手を尽くしたところで、ヒナの生き延びる道はもはやないように思えた。
どうにもならず、少女は命を落とす……かに思えた。
――突如として、
彼女の体調はめまぐるしいほどに変わった。
まるでエンジンを入れ替えたかのように、快方へと向かっていったのだ。
必ず死ぬと思われていた少女が、救われた。
それはまるで“魔法”のようだった。
父も母も心から喜んだ。
それはまるで神が彼女に「生きてもいい」と、そう告げたような気がしたのだ。
きっとヒナの命は奪われるはずのないものだったのだ。
あんな、天使のような罪を知らない清らかな少女だったのだから。
ヒナは退院し、空気のキレイな環境の良い、田舎の祖父の家へと引き取られた。
そこで中学三年間と高校一年生を過ごし……
そして、ヒナはやはり両親の元へと帰りたがった。
医者も平気だと、太鼓判を押してくれたのだ。
だって、彼女は神様に許されたのだから。
もう二度と、あんなことが起きるはずない……はずだったのに。
今、
父と母は互いに身を寄せあっている。
ひっく、ひっく、とすすり上げる母を、父が慰めていた。
「……これがヒナの望んだ道だったんだ。
帰ってきたあの子は、私に学校は楽しかった、と言ってくれたんだ。
きっとあの子は幸せだったんだよ、だから、いいじゃないか」
「だって、だってぇ……まだあの子、17才だったのよ……
それなのに、こんなのって……!」
喪服を着た母親は顔を押さえて泣きじゃくる。
父親はその肩を抱いていた。
「なんで、ヒナちゃんが死んじゃうんだったら……
なんでなの、なんでたすけたの、神様は……!
だって、そんなのってないじゃない、ずるいじゃない……!
いちどよろこばせたのに、すぐまた奪い取るなんて、ひどすぎるよ……
助けてくれたんだったらさぁ、さいごまで責任、もちなさいよぉ!」
「……」
とても濃い不幸の匂いが立ち込めている。
それはちょっとやそっとでは払えない、濃霧のようだった。
「……今はまだ、受け止められないかもしれない。
だが、これからともに歩いていこう。
ヒナのいない人生を……家族三人で、な」
「……できることなら、ひっく、えぐっ……
わ、わたしが、わたしがぁ、
ヒナの代わりに、いのちを、かわってやりたかった……」
「……」
父と母は抱き合って傷を癒している。
そこに、翔太がやってきて。
彼もまた、苦悩をしていた。
「……ねーちゃん、様子がおかしかったんだ。
ひょっとして、わかっていたんじゃねーかな……
自分が死んじまうってこと……」
「……そうだったのか、翔太」
「……誰にも言わないでくれ、って、おれだけに……
おれ、もっと他にできることが、あった、んじゃねーかな、って……」
翔太の声は震えて、最後のほうは言葉にならなかった。
父はその肩も抱く。
親子三人寄り添いながら、きっとこれから生きてゆくのだろう。
ヒナの命はもう二度と戻らないけれど。
けれど、それでも姉の命が、
家族の絆をより一層強固なものにしたと信じて……
◆◆
と。
ヒナは惜しみない拍手を送っていた。
今まで眉一つ動かさずスキップしていた葬式シーンを前に、興奮しているようだ。
「すごい、すごいです! わたし感動しました!
いい話ですね、シュルツさん!」
「う、うん……」
なんだかちょっと安心する。
正直、この光景を見て退屈そうにしていたら、
もう二度とこの子のことを信じられなかったかもしれないが。
このヒナにも、まだわずかにヒトのココロが残っていたようだ。
良かった。このビッチも手遅れではない。ビッチだがクズではない。
繁殖以外の情緒も生きているようだ。
「あー、いいなあ……
わたし、あんな家族と一緒に暮らせるんですねえ……」
「まあそうだね」
そのうちのひとりは精神崩壊手前でセーブしているけれど。
ヒナはうっとりとしていた。
「あれでもし、オジ様が家族を裏切っていて、
高校二年生の彼女と不倫でもしていたら、どうなるんでしょうねえ……
この光景も、まったく違ったものに見えますよねえ……」
「!?」
シュルツは風を切るような勢いでヒナを見た。
しかしヒナは「はい?」と首を傾げている。
今、確かに“ドス黒い悪の匂い”を感じたはずだが……
シュルツは念のため、尋ねてみる。
「え、えと、ヒナさん。今なんかすごいこと言い出さなかった?」
「えへへ、ただの妄想ですよお」
「そ、そっかそっか、妄想かあ」
「ああ、泣きじゃくっているオバさまも……とっても、かわいらしい……
わたしが慰めてあげたいです……」
「……」
もう父とか母とか言っていない時点で、完全にヒナのターゲットにロックオンされている気がする。
百発百中の伝説のスナイパー、ヒナ=ヘイヘだ。
まず確実に一撃で撃ち殺される。
「えーっと……そろそろ葬式終わるけど、飛ばす?」
「えー、もう少し見ていたらだめですか?」
「ん……モニターの要望ならお応えしたいけれど、どれくらい? 出棺? 火葬が終わるまで?」
「しょーちゃんが結婚して娘が生まれて、
その娘に『ヒナ』って名付けてくれるまで……」
「そこまでデータは入ってねーよ」
ちぇっ、と小鳥のように唇をとがらすヒナ。
その癖がまた、ときどき可愛らしいのが腹が立つ。
完全に自分の清楚さを振りかざしている。
これはもう、清楚の暴力だ。
清楚の素材で仕上げたビッチハンマーだ。
そして、恐ろしいことに彼女は今、
そのハンマーをこの綺麗なガラスのように透き通った家族に向けていて。
それを渾身の力で叩きつけるために、
パワーをためている最中なのだった……
シュルツより一言:もうやめてあげて。
次回予告。
ひょんなことから乙女ゲーのモニターを行なうことになった少女。
どこにでもいる平凡な彼女にはただひとつだけ、変わったところがあった。
それはなんと……彼女はとってもとってもホレっぽかったのだー☆
恋するたびにクラッと来ちゃう女子高生のヒナちゃんは、
周囲のイケメン♪に囲まれながら、楽しい楽しい学校生活を送る。
けれども……とっても困ったことがあったのだー。
なんとなんと、パパもママも弟もとっても素敵な人だったの♡
おうちで過ごすだけでドッキドキ☆ こんなのってしんじらんなーい!
このままじゃゲームになんないよぉ~(むー)
こーなったら、アタクチ♪がどーにかしなきゃ~(ぷんぷん)
そう決意したヒナは、
一家の情を粉砕せしめることを此処に決意致す。
彼女の使命はシュルツの道を仇なす愚者を
その肉の最後の一片までも絶滅すること―――Amen。
諸君、夜が来た。
無敵の敗残兵諸君。
最古参の新兵諸君。
万願成就の夜が来たのだ。




