21限目 ナマイキな弟に殺されます
前回のあらすじ:シュルツの、ヒナを見る目が少し変わりました(悪い方へ)。
セーブしたところには、弟がいたけれど。
ロードし直してみれば、そこに彼の姿はない。
「ホッ……」
ヒナは胸をなで下ろした。
これはシステム的な詰み状態を回避するための措置だろう。
たとえば誰かに押し倒されて。
なんかもう色々寸前までいってしまって。
それでたまたま偶然手が日記に当たってしまった場合。
セーブデータを上書きしてしまえば、もうこのゲームの進行は不可能になってしまう。
そんなシステムの不備は、正しい乙女ゲーのあり方ではない。
ただのクソゲーだ。
「とにかく、助かりました」
弟のスタート地点がどこに設定されているのかはわからない。
まあたぶん、この家のどこかだろう。
とりあえず散らばった本を片づけながら、ヒナは改めて内装を確認する。
大きな窓がついた、12畳の少し広めの部屋だ。
端にベッド。その右隣に学習机がある。
さらに向かいに鏡台。そして空の棚。引っ越したばかりなのか、やはりモノが少ない。
クローゼットは壁に埋め込まれており、ちょっと期待しながら開く、と……
「……制服とジャージとパジャマしかない」
これにはがっかり。
やはりアルバイトをしてお金を稼ぎ、衣服や小物を購入したりするのだろうか。
それとも月々のお小遣い内でアイテムを買いあさるのだろうか。
クローゼットの中に引き出しには、コンビニで揃えられるような無地の下着がぎっしりと詰まっていた。
サイズは各種取り揃えられているようだが……
ヒナはその一枚を手に取って、顔の前に掲げる。
うーん、とうなった。
「かわいくないです……」
「キミにもそういう人格があったんだ」
机の上に置かれた黒猫のぬいぐるみ、シュルツがつぶやいた。
ヒナはショーツを掴んだまま振り返り、口をとがらせる。
「好きな人の好みは別として……
わたしにだって好き嫌いありますよ?」
あるらしい。
ちょっとした衝撃の事実だ。
「え、じゃあ付き合っている人が、
ヒナさんの思いっきり嫌いなものが好きだったらどうするの」
「それ下着の話ですか?」
「いやまあ、服でもメイクでも」
まあどうせ、付き合ったオトコによってタイプが変わる女のように、
ヒナのポリシーなど、吹けば飛ぶチリ紙のようなものだろう、とシュルツは侮っていたが。
「ある程度はがんばりますけれど……
でも、努力でなんとかなるお食事や家事と違って、人の好みには限度がありますからね。
さすがにメイク感覚で両親からもらったお体をいじるのは抵抗がありますし。
だからわたしは、わたしが好きなわたしも好きになってもらえるように、努力します」
「お、おお……」
シュルツは軽く仰け反った。
これだ、ヒナはこれだから恐ろしい。
普段は人の人生をスイーツ感覚で破滅させるファッキンビッチかと思えば、
しっかりと自分の考えを持ち、たまに本気で良いことを言う。
恋愛力とは人間力でもある。
人に惚れる力だけではなく、ヒナは相当な数の人間を惚れさせてもいる。
その人生経験が今のヒナロディーテを作り出したのだ。
「というか」
気づいたヒナが、シュルツをジト目で見つめてくる。
「うん?」
「……わたし、シュルツさんとか他の人たちに、
着替え、見られちゃうんですか?」
「見られたいの?」
「そういうのはちゃんと付き合っている人とじゃないと、メッです」
ぷい、とそっぽを向くヒナ。
まるで普通の女子のようだ。
今さらカマトトぶって何様のつもりだこのクソビッチが、と。
思わずつぶやいてしまいそうになるが、シュルツは口の中にとどめた。
「大丈夫。キミがこの世界でセーラー服に着替えたときと一緒だよ。
ポップアップしたウィンドウにタッチするだけで、変身するみたいに着替え完了するから」
「あ、そうでしたか。
安心しましたけど、ちょっとなんだか味気ないですね」
「まあこれ、生活シミュレーションじゃなくて、
ただの乙女ゲーだからね。
ご飯の味もそうだったけど、
必要ないところは作り込まれてないよ」
「そっかぁ」
納得したようなそうでもないような顔で下着をタンスにしまうヒナ。
シュルツは彼女に、思い出したように付け加える。
「あと、ボクは別にキミの裸に一切興味ないからね」
「えっへー」
「なぜ笑う」
「ツンツンしている人ほど、
デレに回ったときの破壊力って良いですよね」
「いやボク絶対デレないし絶対に」
「だからわたし、誰にどんなにヒドいことを言われても、
それが未来のスパイスになると思えば幸せなんです。
わたしのことがすごく嫌いで暴力を振るってくる人がいても、
その人がわたしのことを好きになってくれたら、いつかきっと反省しますよね。
なんであのときあんなことをしてしまったんだろう……って。
マイナスがプラスに変わる瞬間って、とっても気持ち良いと思いませんか?」
「やめろぉ!」
本気で叫ぶシュルツ。
しかしヒナは微笑んでいたのだった……
◆◆
せっかくだから、ということで。
「おうちにいるうちに、弟さんを克服しようと思います」
「おー」
シュルツは机の上に寝そべりながらおざなりな拍手。
たぶん2分後ぐらいには死ぬ、と思っている。
ヒナは袖の長いパジャマに着替えていた。
小柄な体はさらに小さく、いつもより幼く見える。
「いざー」
ぬいぐるみのシュルツを胸に抱いたまま、ヒナは進撃する。
たったったと小走りで部屋を出て、隣の弟の部屋をノックする。
中から「あー?」と生意気そうな声。
なるほど、弟のロード後の出現地点は、自室のようだ。
部屋に踏み込まれそうなときはロードし直せば、
いったん弟を追い払うことができるんだな、と思うヒナ。
部屋に声をかける。
「あーそーぼー?」
「はぁ?」
がちゃり、と扉が開いた。
ボサボサ髪のTシャツ姿の弟が現れる。
身長は高い。優斗と同じぐらい。
180あるかどうか、といったぐらいだ。
やや目つきの悪い彼の胸元に、ぽんっとウィンドウがポップ。
人物説明である。
『翔太:あなたの実弟であり、同じ高校に通う一年生です。
しばらく離ればなれで暮らしていたため、あなたに少し複雑な感情を抱いています』
そういえば、弟と顔を合わせるのはこれが初めてだった。
前回は人物説明を見る間もなく死んだのだった。
っていうか。
「……少し複雑な感情、って」
ヒナは恋愛脳だ。
なんでもすぐに恋愛に結びつけてしまう。
だから、すぐに勘ぐってしまった。
もしかして、あるのだろうか。
……実弟ルートが。
弟をゆっくりと見上げる。
彼は頭をかきながら、面倒そうにこっちを見ている。
実の弟。
自分の弟。
かっこいい。
やだ、かっこいい。
「……しょ、しょーちゃん」
「ああ!?」
翔太だからしょーちゃんだ。
姉なのだ。自分は。
だから、こんな呼び方も許されるはず。
小声で彼の名を呼ぶと、翔太はすぐに顔を赤くした。
「な、なに言ってんだよ、ねーちゃん。
ちゃんは止めろっての。ウッゼェなぁ」
「しょーちゃん……」
もう一度、今度ははっきりと告げる。
彼はさらに慌てた。
「ったく、ボケボケっとだらしねぇ顔して……
な、なんの用なんだよ。
あ、つかおまえさ、転校初日だろ? 大丈夫だったのかよ」
「え、え?」
胸が苦しくなってきた。
ヒナはこらえながら、聞き返す。
「……昔から、体弱かっただろ。
だから、心配してたんだぞ」
目を逸らしながら、ぼそっと言う弟。
さっきのはなんとか耐えられたけれど。
これはもう、クリティカルヒットだった。
「もるすぁ!」
ごぼっ、と血の固まりが口の中から飛び出た。
そのまま後ろによろめく。
「ね、ねーちゃん!?」
血を浴びた弟は、そのまま構わずこちらに手を伸ばしてくる。
ああ、偉い。
凛子なんて凍りついて動けなかったのに。
よっぽどヒナのことが大事なのだろう。
ヒナは何度か吐血を繰り返し、
よろめいたまま後ずさる。
その彼女の後ろには、階段が――
「ねーちゃん!」
翔太は必死に手を伸ばしてくる。
彼はすでに意識のないヒナの手首を掴む。
だが。
ずるり、と血で滑ってしまった。
翔太の前で、ヒナが足を踏み外した。
その光景が、翔太の目にはスローモーションで見えていた。
「あ、ああああああ!」
絶叫する翔太。
ヒナはまるでブリキの人形のように、階段を転げ落ちてゆく。
物言わぬまま。
崩れ、砕け、奈落へと落ちてゆく。
「ヒナああああああああああ――!」
翔太の悲痛な叫びだけが、その場には残った。
ジャスト二分。良い悪夢は見れなかったようだ。
556回目。
死因:翔太のデレ。
シュルツより一言:なにを勘違いしている? まだボクたちの一日目は終了しちゃいないぜ……さあ、狂宴の始まりだ……。




