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ホームルーム 恋をしたら死ぬとか、つらたんです!


 薄ぼんやりとした光の中、その黒猫のぬいぐるみにマイクが突きつけられた。



インタビュー:今のお気持ちはどうですか?



 椅子にふんぞり返った黒猫――シュルツは、その短い足を組んで、遠い目をしながら答える。


「ん……そうだね。今はとりあえず、ホッとしているかな。少しの達成感もあるけれど、それに浸っている暇はない。会社はボクを求めている。また次の戦いはすぐに始まるだろう。ひとつを終えて、またひとつに取りかかる。人生とはその繰り返しさ。ボクたちは皆、運命の奴隷なのだから」



インタビュー:なるほど、ありがとうございます。



 ひとつの光源が消え、辺りは暗闇と化した。

 だがすぐにまた、ひとつの光が浮かぶ。



インタビュー:藤井ヒナさんのことですが、彼女のことをどう思いますか?



 ふふっ、とシュルツは微笑を浮かべた。

 それはまるで、とても愉快な旧友のことを思い出すようだった。


「ヒナさん、ヒナさんか……ふふふ。そうだね、すごくパワーのある女性だったよ。彼女がゲームにかける情熱は、本物だった。いっぱしのゲーマーを自称するボクも、思わず敬意を払ってしまうほどにね。あの存在感は忘れられそうにないかもしれないな。ただ、なんてことはない。とてもキュートで魅力的な女性だったさ」



インタビュー:わかりました、ありがとうございます。



 シュルツは軽く肩をすくめた。

 その表情には余裕が張り付いている。「この程度でいいのかい?」といったものだ。


 さらに次の光源。シュルツは肉球で指し、「どうぞ」と促した。



インタビュー:これが最後の質問になりますが、今回の仕事を振り返って、どう思われますか?



 そこで初めてシュルツは複雑な顔をした。

「ん……」と、口ごもり、しかしすぐに語り出す。



「人生というのは、冒険だ。ボクたちは一寸先も見えない暗闇の荒野を、いつだって歩いている。それはゲームの中でも現実でも変わらないだろう? 今回の仕事は不運な事故だったと、人は言うかもしれない。だが北風がバイキングを作ったように、このアクシデントはボクを人間的に何倍も大きく成長させてくれた。奇妙な気分さ。こんなに清々しい気持ちでいられるなんて、思わなかったよ。ああ、そうさ。今はただ、感謝の念しかないね。Thank you...この世界を作り出してくれた皆に、そして、数奇な運命のいたずらに、Thank you...」


 ふたつの指でシュッと頭の上を切るようなポーズを取るシュルツに、最後のインタビュアーも沈黙した。


「ふぅ……」と深い息をついて、シュルツは再び椅子に深くもたれかかった。

 

 疲れの残る顔で額に手をかざし、しかしその口元に笑みを浮かべる。


「……ま、終わってみれば、悪くなかった時間、かな」


 過ぎ去った季節を思い浮かべ、シュルツは目を閉じた。

 思い出すのはやはり、ともに歩んできたパートナーの姿だ。


 藤井ヒナ。

 彼女はまさしく強敵だった。


 時に対立し、時にいがみ合い、それでも最後には協力して難関に挑戦してきた。

 

 どんなに高い壁でも、ふたりなら乗り越えられることができた。

 たったひとりではくじけてしまっていたかもしれない。


 それでも常に前を向き、光を追い求める藤井ヒナは、シュルツにとって、理想の挑戦者であった。

 プロジェクトを成功に導くのなら、彼女こそが最高の正解だったのだ。


 そんな藤井ヒナだが――。


「……もう、しょうがないね」


 シュルツは小さくつぶやいた。

 その言葉は、むなしく響く。


「ヒナさんは、もう、いないんだ。ボクたちに愛と勇気と、たくさんの笑いと戸惑いをくれた、あのクレイジーサイコビッチさんは、どこにもいないんだ……」


 暗闇にぽつんと浮かぶシュルツの姿。

 その目は潤んでいた。


「ヒナさん……。キミは確かに、無茶で無謀で、正真正銘のキチ○イで、人間の殻を被ったデーモン、善意も悪意も飲み込む鯨、欲望を喰らい尽くす豚、体内に龍を飼うただの女子高生……そんなキミと会えないなんて、本当にせいせいする……。本当に、せいせいするよ……。ウソじゃない……これは、心から、そうなんだ……」


 その次の瞬間だ。

 パッと明かりがついて、辺りの様子が明らかになった。


 椅子の目の前には、こちらをのぞき込んでいる黒髪の女子高生がいたりする。

 言うまでもない。藤井ヒナである。


「シュルツさーん……なにわたしを勝手に殺そうとー……」

「……ふむ」


 シュルツは顎に手を当て、彼女を見返した後、天井を仰ぎ見た。


「……ヒナさん、死してなお、ボクたちを見守ってくれているんだね」

「生きてます」


 生きていたらしい。


 



 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 最終話

 恋をすると死ぬなんて、つらたんです!



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 時は少し、さかのぼる。

 震えるヒナの声がしてきたところだ。


『リアルシュルツさんがいるんです』


 その言葉に、シュルツは一瞬思考停止してしまった。

 だがすぐに、我に返る。


「え、いや、どういうこと? リアルボクってなに!? リアルボクここにいるんだけど!」

『ああ、シュルツさんかっこいい……』

「別に普通だよ! 変わったことなんてなにもないよ!」

『わたしもう一生この世界で過ごします!』

「待てぇ!!」


 叫ぶシュルツだが、その声は届いているのかどうか。


「ていうかちょっと待って! それホントにボクなの!? ヒナさんの妄想でしょ!? 大体それがボクだってどうしてわかるの、見たことがないくせに!」

『まず身長が二メートルぐらいあります』

「その時点でもはや!」

『背中に薔薇を背負っています』

「クジャクか!」

『しかもブラッド・ピットとモーガン・フリーマンと、サンドラ・ブロックとナタリー・ポートマンを足して二で割ったような顔をしています』

「その生命体なんだよ! 果てしなく気持ち悪いよ!」


 叫ぶが、ヒナは一向に聞いてくれない。

 なんかあっちのほうからキャイキャイはしゃぐ子が聞こえてくる。

 

 ああ、だめだ、死ぬ、ヒナが死ぬ。

 結構余裕そうなあちらの声にも気づかず、シュルツは半ばパニック状態を起こしていた。


 ヒナが死ぬとこの世界に閉じこめられて、永遠にたったひとりで生きていかなくてはならないのもつらたんだが。

 なによりも、自分が巻き込んだ女子高生が死んでしまうなんて、自分が耐えられない!


「い、いいから戻っておいでよ! ヒナさん!」

『……でも、そっちには本物のシュルツさん、いませんし……』

「紛れもなくボクが本物なんですけど!」

『ぬいぐるみですし』

「ぬいぐるみだけども!」


 そこはかとなくチラチラの香りを感じながら、シュルツは叫ぶ。

 もうどうすればいいのか、こいつ。


 シュルツは額に手を当てながら、告げる。

 

「別に全然関係ないけどさ、さっきまでボクはゲームルームで倒れたキミを介抱していたから、今も生身でキミのそばにいるんだけど」

『――戻ります!!!』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ハッ」


 と目を覚ましたヒナの前には――。


 よれよれの黒のスーツに身を包んだ、金髪の青年がいた。

 端正な顔立ちだ。鼻梁が高く、整っている。どことなく濁った蒼い瞳が、彼(彼!)らしさを醸し出していた。


 ヒナの瞳にハートマークが浮かぶ。

 一個や二個ではない。大量のハートだ。

 ずばっと起きあがるヒナ。凄まじい速度である。


「しゅ、」


 まるで過呼吸状態のようにあえぎながら、ヒナは両手を広げ――。

 

「シュルツさああああああああん!」


 思いっきり抱きしめた。

 抱きしめて、さらに頬をこすりつける。


「これが、これが生身のシュルツさん! シュルツさん! シュルツさんなんですね! やっぱり黒猫じゃなかったじゃないですか! いたんですよ! シュルツさんはここにいたんですよ!」


 だが、様子がおかしい。

 そのシュルツはヒナが抱きしめていたところから、ふたつに折れてしまう。


「シュルツさん!?!?!?」


 おかしな人体構造を見せながら、後ろにへし折れてゆくシュルツに、ヒナは狼狽する。

 

「な、なんで!? わたしの愛が重すぎたんですか!? そういうことですか!?」

『そういうことじゃないです』

「ハッ」


 顔をあげる。

 ヒナが目を覚ましたのは、例によって窓も扉もない真っ白な部屋である。

 

 そこには空気が抜けたようにしぼんでゆく青年金髪シュルツと、ヒナしかいない。


「え、なんですか、これ?」

『それ、ボクが昔遊んでたネトゲのアバターです』

「……えっ、えっえっ!」


 パッと手を離すヒナは、頬を膨らませて立ち上がりつつ、天井に恨みがましい視線を向ける。

 それからマシンガンのように言い放つ。


「な、なんですかそれ! いくらなんでもずるくはないでしょうか! わたしをこの世界に引き戻すにしても、嘘はよくないですって! わたしのこのときめきを返してください、返して! ねえ返してください! 女の子の大事なもの、返してよぉ!」

『あのさぁ……』

「なんですか!?」


 憤懣やる方ない顔で言い返すヒナに、シュルツは一言。


『リアルシュルツさんいた、とか嘘だよね』

「……………………」


 お口は笑顔を浮かべたまま、だらだらだら、とヒナは目に見えて汗をかき始める。

 視線を逸らしつつ、口笛を吹いた。


「えーいましたしー、わたしこのめではっきりみましたしー」

『ヒナさん、嘘はよくないな』

「うううううううう」


 そこで敗北したように、ヒナはがっくりと肩を落とした。


「ごめんなさい……」

『嘘だったの?』

「う、うそではないです。リアルシュルツさんっぽいのが見えました……。ホントです、それはホントに……」

『強情だね、ヒナさん』

「ホントにいたんですってば! なんかこう、すごいのが!」」

『二メートルのボクか……。しかし、恐ろしい体験だった』


 シュルツはため息をついた。


 そしてぽわんと小さな煙を出し、ヒナの前に出現する。

 もちろん、いつもの黒猫姿だ。


「何はともあれ、この世界に戻ってきてくれてよかったよ、ヒナさん」

「シュルツさぁん……」

「生きてて良かった。ホントに、うん」


 黒猫のシュルツはいつものようにぽてっと座り、なぜだか涙目のヒナにつぶやく。


「クレイジーサイコビッチも、いつかはゲームをクリアできると信じて、それをそばで支え続けるのが、ボクの役目だからね……」

「シュルツさん……っ!」


 抱きついてこようとするヒナを手で制止し、シュルツはすっぱりと言い切る。


「ま、というわけで」

「はい!」


 ヒナは力強くうなずいた。

 ここでやることなど、ひとつに決まっている。


 久しぶりに会いたい人たちがいる。

 校門前で挨拶をされたい人たちがいるのだ。


 シュルツを抱きしめながらも、ビッチは目移りしつつ、拳を握る。


「1169回目の挑戦ですね、早速始めましょう!」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 シュルツは観測ルームで、顔に手を当てていた。

 本当に、心配していたのは事実だったけれど。


「といっても、ヒナさんも未成年だし、年下だし、ボクがしっかり面倒を見てあげなきゃいけないんだよな……」


 時々忘れてしまいそうになるけれど、そうなのだ。

 シュルツは長い金髪を後ろでまとめ、くくると、ため息をつき、律儀にも締め続けているネクタイをきゅっと整えた。


「ヒナさんは、放っておくと、なにをしちゃうかわからないからな……。安定しているように見えて不安定で、不安定なようでどこまでが計算かわからない……。本当に、手がかかるビッチだ……」


 画面の奥ではヒナが再びキャッホーイと騒いで、死んでは生きて、生きては死んでゆくのだろう。


 これから先もずっとずっと、彼女は死に続ける。

 恋をするために死に、恋に引き寄せられるように死ぬ。


 つらたんな日々ではなく、きっとヒナにとっては充足の時間だろう。


 それがこのゲーム『乙女は辛いデス』の絶対の運命にして、ヒナに与えられた宿命だ。


 いつか出られるその日のために。


「……今のうちに、インタビュー用の映像とか、録画しておこうかな」


 シュルツは顎を撫で、真顔でつぶやいたのだった。

 




              <FIN>


 

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