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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第八章 ラッブラブ☆ふたりの愛は死に至る病♡
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94限目 ラブラブ・ランデブー

 ヒナとダークヒナ。

 ふたりのヒナは対峙していた。


 容姿もそっくりのふたりなのだが、彼女たちのまとう雰囲気は真逆。

 地味で平凡。そしてゴージャスでスペシャル。


 だが今――会話のイニシアティブを握っているのは、地味で平凡なほうの、藤井ヒナであった。


 壊れてしまったものはもう戻せない。

 愛の不可逆論を述べるヒナは、優しい顔で自らを抱く。


「ヒナ、あなたには無限の可能性があるよ。もちろん、今のあなたもひとつの可能性。でも、ひとつの可能性でしかない。ただひとつの愛の終着地」

「…………」


 ダークヒナがギリと奥歯を噛み締めた音が、ここにまで響いてくるようだった。

 ただひとりの平凡な女子高生は、髪を撫で、そんなダークヒナを諭すように言う。


「わたしはあなたを楽しそうだとは思う。だけど、羨ましくなんてないよ。全然、やりたいとは思わない。だってわたし、今の生活が楽しくて、満足しているもの。乙女ゲーが大好きだし、恋ができない、できないー、って言っているのだって、辛いけど楽しいよ。誰かを好きになれば、他の誰かを傷つけてしまう。胸に秘めなくっちゃいけないから、恋はつらたん。でもそれでいいじゃない。それがわたしの愛の形なの」

「ぐ、ぐぐぐぐぐ!」


 ダークヒナは胸をかきむしり、こちらを睨みつけてきたが。

 ヒナは真っ向から見返し、胸を張ってみせた。


「また違った生き方が楽しそうだなって思ったら、わたしはそうするよ。わたしはいつだって、今だって自由だもん。地味で平凡で、つまらない女子高生のわたしは、わたしにとっては今、一番のわたしなの。わたしがそうしたいからしているだけだもの。あなたにも、認めてほしいなって思う」


 次の瞬間――。


「あああああああああああ!」


 突然、弾かれたようにダークヒナが叫ぶ。

 彼女は日記を放り投げ、そして、拳を握り締めた。


「ごちゃごちゃ、うるさいわ、ヒナちゃん! なんなのさっきから、聞こえの良いことばかり言って! じゃあ私はどうすればいいのよ! 貴女は一生乙女ゲーの世界にいて、一生遊んでいたいんでしょう! そんなの、私となにが違うっていうの! ゲームキャラの人生を滅茶苦茶にして、さぞかし良い気味でしょう! 貴女はその程度の人間なのよ! やりたいことをやって、好きなことをやって、そして最終的に行き着く先は、地獄だわ!」


 その言葉に、思わずシュルツが『こ、こわぁぁ……』とつぶやいた。


 ついに本性を現したダークヒナは、強く大地を踏みつける。

 ――すると、先ほどの怪獣の足音の比ではないほどに、激しく大地が脈動した。


 荒廃していた町は、もはや地に飲み込まれてゆく。

 辺りの様相は一変した。地盤沈下のようにどこまでも沈んでいった大地は、一瞬でマグマ域にまで到達した。

 そこは、赤い炎が吹き出す、灼熱のバトルフィールドへと変貌をしたのだ。


『は? は? なんすかそれ? な、なんすか? ……は? は?』


 ダークヒナの所業だ。シュルツは再びパニックに陥ってしまう。

 周囲をマグマで覆われた地の底にて、ダークヒナは哄笑した。


「どうよ、ヒナちゃん! 逃さないからね! そんな顔をして、私のことをバカにしているんでしょう! 醜い欲望だと、見下しているんでしょう! 私は貴女の闇なのよ! しっかりと見なさいよ! 私はそんな貴女の落ちぶれた姿が見たいのよ! 人を思い通りに操るのは楽しいって言っていたじゃない! 人が破滅してゆく様を見るのが、楽しかったでしょう!?」


 禍々しい暗黒のオーラを放っているダークヒナを前に。


 彼女は――、


「えへへ。でも、そういう楽しさはもうしばらくはいいかな、って。だって、“飽きちゃった”もの」


 可憐に、そして悪魔のように――微笑んでいたのだった。



「――っ」


 言葉を失ったのは、ダークヒナのほうだった。

 ヒナは平然と腰に手を当てながら、言う。


「それに、わたしには光も闇もないよ。愛に上も下もないのと同じようにね。あ、世間的にとか、法律的に見てどうなのかはともかくとして」

『いやそこはともかくとしようよ。そこが一番大事だよ』

「でもよくわかんないんです、シュルツさん。殺人だってそれもひとつの愛の形じゃないですか? わたしも何度か人生があったら体験してみたいですもん。わたしを殺した人がどういう生涯を遂げるのか……たまに思い出してくれればいいかな、なんて。えへへ。別にわたし良い子じゃないですけど、悪い子でもないですよね?」

『こいつはくせえッー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーッ! こんな悪には出会ったことがねえほどなァーッ! 光も闇もないだと? ちがうねッ! こいつは生まれついての悪だッ! ダークヒナさん、早えとここいつを処分しちまいな!』

「なんであっちを応援し始めるんですか!?」


 いつも通りのノリでボケとツッコミを繰り広げるふたり――両者とも百パーセント本気だったが――のテンションにしばらくついていけなかったものの。

 ダークヒナはハッとして拳を構えた。


「う、うるさいうるさいうるさい! くだらないくだらないくだらない! 学校のテストだとか! 友だち付き合いだとか! 遠慮だとか! 地味で平凡だとか! 全部くだらない! 私が全部ぶっ壊してやるわ!」


 その瞬間、彼女から圧倒的な黒い煙が立ち上る。

 すべてが可視化された気の塊だ。先ほど怪物を一撃で破壊したヒナにもまるで劣らない、凄まじい力だった。


 そしてヒナもまた、構えを取る。


「それはだめだよ、ヒナ。わたしは生きて現実世界に帰るんだもん。わたしは大切なわたしの愛を守るからね」


 右足と右手を突き出す、拳法のような立ち姿であった。

 わずかな金色の燐光を発しながら、ヒナは毅然と言い放つ。


「あなたには、負けない」

「だったらぁ――!」


 ダークヒナが姿勢を低くしたまま、ヒナめがけて超高速で駆けだした。

 その目は赤く染まり、ヒナを貫く。


「私を止めてみなさいよぉ――!」



 しかし、叫んだ直後であった。

 

『じゃあ止めてみます』


 次の瞬間、ダークヒナは眼前に突如として出現した白いブロックに頭を強く打ちつけて、昏倒したのだった……。


 

「今のはひどくないですか、シュルツさん……」

『え、いいよ別に……だってどうせまたヒナさんが謎の拳法でぶっ飛ばすだけでしょ……もうわかってるし……』

「そりゃ負けられませんし……」


 不満げに唇を尖らせながらも、ヒナは振り返る。

 先ほどまでダークヒナが倒れていた位置には、もはやなにもない。


 黒い影が消え去って、そしてそれだけだ。

 ヒナが放ったトドメの一撃は、切なかった。いろんな意味で。


 火山の中のようだった辺りの景色も、もうなんの変哲もない町並みへと戻っていた。

 まるで一瞬の、夢のような出来事だった。


 

 ヒナはしばらく、俯いていた。

 スカートの裾を握りしめながら、つぶやく。


「……あの、シュルツさん」

『んー』

「さっきの、ダークヒナさん、見ましたよね」

『まあ半分ぐらいは泡吹いてたけどね』


 シュルツのいつも通りの返しに、ヒナはいつも通りには返せなかった。


「……どう、思いました?」

『うわ、ヒナさんがふたりもいる。マジ引くわ。世界が終わりだわ。ふたりで早く潰し合ってくれないかな、って思ったよ』

「そ、そうですか……」

『……えっと』

「……」


 沈黙に耐え切れなかったわけではないだろうが、シュルツは付け足した。


『……まあ、マジレスすると、だ』

「はい」

『人は気分次第で壊せるものをそれぞれ持っている。おもちゃだったり、ペットだったり、恋人だったり、家庭だったり、国だったりするんだけど』

「はい」

『ヒナさんはそれが人よりデカい。それだけだと思うよ』

「……それって、もしかして、慰めてくれてます?」

『いや、好きな漫画の台詞をなんとなく暗唱したくなっただけだよ。他意はない』

「……えへへ」

『他意はないです』

「はーい」



 彼(彼女?)の何気ない優しさに触れた気がして。

 ヒナは日記を拾うと、その表紙をタッチした。


 すると、浮かび上がってくるウィンドウ。


 そこにある『ゲーム終了』に指を当て。

 ヒナは小さく、微笑んだ。


「それじゃあ、戻ります」

『ん』


「わたしたちの、世界へ――」











 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ゲーム世界で待つシュルツは、首を回す。


「はぁ、疲れた……」


 藤井ヒナが死ねば、自分も生涯このゲーム空間に閉じこめられる状況下だったのだ。

 心労どころではない。そんな生やさしいものではない。


 なんかもう、もう少しでストレスで死んでいてもおかしくはない気がした。

 ヒナが先か、自分が先か、といったところだ。

 

「でも、まあ、生きてて良かった……マジ良かった……」


 シュルツのそばには、目を閉じた藤井ヒナの姿があった。

 ゲーム世界のヒナだ。ただし、精神なかみがない。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 要するに、ノーマルエンディングを見た瞬間に、ヒナがゲームをクリアしたのだと思い込んでしまったのだ。


 恐らくは彼女が乙女ゲーのマニアだったことが原因だろう。

 これでノーマルエンド確認。CGコンプ。よし改めて最初から。既読スキップ。そのように。

 

 体に染み着いたその『ゲームクリア』というキーワードに、脳が反応してしまったのだ。

 すべて正誤のわからないシュルツの分析だが、きっとそんなところだろう。


『――大変です、シュルツさん』

「ん、んん?」


 シュルツは慌てて飛び起きた。

 なぜまだ精神世界から、ヒナの声が聞こえてくるのか。


「もうゲームを抜け出したはずじゃ?」

『――だめです』

 

 ヒナの声は震えていた。

 真に迫った声だった。


『――わたしこれ、たぶん、死にます』

「ま、まって、まってまって!」


 シュルツは慌ててキーボードを操作する。

 一度モニタを閉じてしまった。油断していたのだ。

 あちら側でいったい何が起きているのか――。


「ていうか早く戻ってきなよ! 日記そこにあるんでしょ!?」

『――ああ、でも、だめなんです……』

「ヒナさん!?」


 その叫び声に、ヒナは――。




『シュルツさんがいます。

 ――リアルシュルツさんが、ここに、いるんです』


 次回、(第一部)最終回

『ホームルーム 恋をしたら死ぬとか、つらたんです』


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