●第八話 鍛冶職人
廊下の長椅子で大人しく待っていたリリが僕らが会議室から出てきたのを見て、不安そうに立ち上がる。
「久々津さん」
「大丈夫だ。話も終わったよ」
「そうですか……」
「リリ、一つだけ、僕と約束してくれ。人間を殺さないと」
「分かりました。ですが、『トラッパー』のようなPKがあったときは?」
「それでもだ。ダメージは与えても良いが、致命傷は避けてくれ」
「分かりました。私も、モンスターだと疑われるような行動は慎むようにします。一条さんに逐一、私の行き先や居場所を伝えればいいですよね?」
リリにそう聞かれた一条が少し戸惑う。
「ええと、はい、そうですが」
「ちなみに、一条さんのレベルはいくつなんですか?」
鵜飼が聞いた。
「私のレベルは32です」
「ふーん。リリが30だから、ちょい上か」
「オホン、それから、普段は私のことを、二条と呼んでください」
「ええ? そのスパイごっこ、まだやるつもりなんですか? 顔写真付きでサイトに載ってる有名人が」
鵜飼が小馬鹿にしたように笑う。
「ス、スパイごっこ……いえ、私は月見さんから『無貌のイヤリング』というレアアイテムを預かっています。これがあれば、皆さんも、名前を聞くまで私の顔は写真と一致しなかったはずですが」
「ああ、それですぐに思い出せなかったのか」
ただ、もう事情が分かったからには、一条遥だと顔を認識できる。
「私、不器用なのでー、ときどきわざと一条さんて呼んで遊んじゃうかも」
「え? え?」
からかってるなぁ。
「気をつけますけど、私もうっかり呼んじゃうかも」
晶が言うが、そうだな、うっかりは僕もあり得そう。
「うーん。では、私のことは、普段は遥と下の名前でお願いします。下の名前なら、そう珍しくもないですから」
「フッ。偽名もひねりが無いし、まんま下の名前は本名って」
「そ、そこは時間がなくて……お恥ずかしいです」
遥は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「鵜飼、年上をからかうのもそのくらいにしておけ」
「はぁい。あ、それなら、ナギさん、私も『ハイドシーカー』に正式加入してるんですから、柑奈って下の名前でちゃんと呼んでください。私だけ名字呼びだなんて、仲間外れのいじめみたいでイヤです」
「ええ? 言わんとすることはわかるが……」
「じゃ、決まりで。フフ」
真衣に名前呼びを聞かれたら、なんか言われそう。ヤダなぁ。
「それで、久々津、ショップに戻る?」
「いや、あまり良い物が無かったし、少し遅いけど、ダンジョンに潜るか?」
もう夕方近いが、潜ろうと思えば潜れる時間帯だ。
「私は構わないけど」
「私もオーケーです」
「私は装備を修理に回しているので、参加できませんが」
そういえば遥はミスリルソードがダンジョンボスの広目天に折られたと話していたな。
「遥さん、ミスりルソードの修理って、ギルドに任せたんですか?」
「いいえ、ギルドでは+2よりランクが上の装備は扱えませんから。専門の鍛冶職人にお願いしました」
「ああ……なるほど」
「久々津も、ショートソードをその人に頼んでみたら? お金はパーティーで出せば良いし」
晶が言う。
「それも悪いんだけど……」
「何言ってるの、前衛の装備の修理代をパーティー全員で負担するの、そう珍しいことでもないはずだけど。そうですよね、遥さん」
「ええと、私は基本がソロなので、何とも言えませんが……そういうやり方のパーティーも確かにいますね」
「じゃ、決まりですね」
反対するかと思った鵜飼……柑奈が反対しなかったので、今回は甘えておくことにしよう。みんなの装備も調えていかないとな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
遥に教えてもらった鍛冶職人のところへみんなで向かう。
下町の工場が建ち並ぶ地域で、金属を叩いたり、削ったりする音がひっきりなしに聞こえてくる。
「ここです。陶冶さん!」
小さな工場の奥に向かって遥が大きな声で名前を呼ぶと、しばらくして灰色のつなぎを着た作業員がやってきた。僕よりは年上のようだがまだ若い。二十代後半くらいだろう。目つきの鋭い男だ。
「一条さんか。悪いが、ミスリルソードはまだ打ち始めたばっかりだ。一週間はかかるぞ」
「いえ、それは時間が掛かっても構いません。予備の剣で戦いますので。それより別件なのですが、私のパーティーメンバーも剣の修理をお願いしたいのですが……」
「パーティーメンバー? 珍しいな、あんたが他の知り合いを連れてくるとは。で、どいつだ?」
陶冶と呼ばれた男は、周りを見回す。
僕はショートソードを取り出した。
「これをお願いしたいのですが」
「なんだ、お前か。お前はダメだ」
「え?」
「ちょっと、何でよ?」
「理由は――」
陶冶はいきなり殴りかかってきた。
「久々津さん!」
「うわっ!?」
驚いたが、パンチは見えていたので、ギリギリで躱せた。
「ふうん、目は意外と悪くないな。だが、その動きはせいぜいCランクってところだろう。剣術はド素人だ。オレは、気に入った相手しか剣を打たない。どんなに金を積まれようとも、腕がなまくらなヤツにオレの剣は扱えねえよ」
高レベルの客限定ってことか。まぁ、腕の良い職人だと引く手あまただろうし、仕方ないな。
「そっちの金髪の嬢ちゃんになら、打ってやってもいいぞ」
「私は魔術師です。剣はいりません」
リリが不満そうに答える。
「そうかい」
「すみません、久々津さん。無駄足になってしまって」
「いえ、腕を上げて出直しますよ」
「ええ。それでは陶冶さん、お邪魔してすみませんでした」
「いや」
「久々津さん、もし良かったら、風齋先生のところへ行ってみますか?」
Aランクの一条遥が先生と呼ぶなら、剣術のということだろうか。
「剣術師範の人ですか?」
「ええ。大丈夫、風齋先生は鷹揚な方ですから、追い返されることはないですよ」
「でも、お高いんでしょう?」
「え? いえ、そんなに高くないと思います。月謝は初級、三万円だったかな?」
お高い。だが、それくらいは今の僕にも払えそうだ。




