●第六話 病院へ
翌日、槍に刺されたあの少女の目が覚めたというので、僕らは病院に向かった。
「いいですか、志藤さん、彼女が襲いかかってきたら、すぐに倒してください。絶対に気を抜かないでくださいよ」
スーツ姿の国交省らしき若い男性係員と、中年の男性が病室の前で話をしていた。中年男性のほうには見覚えがある。見覚えがあると言っても、その人はギルドサイトの写真で見かけただけで、僕は直接会ったことは無いのだが。名前は志藤守、国内では七人しかいないトップランカーの一人である。まさかこんなところで有名人に会えるとは。
「わかったわかった。こう見えてもオレはAランカーだ。Eランカーなんぞに遅れはとらんよ」
「そうじゃなくて、相手は未知の魔物、Sランククラスだと考えておいてください」
「へいへい。しっかし、アイテムの所有権争いってのはかくも恐ろしいねえ」
志藤さんが僕らに含むような視線を向ける。
「そーじゃないってのに!」
国交省ではそう見ていない様子だが、まぁ、人間とそっくりの喋る魔物を助けましたと言われても誰もすぐには信じないだろう。人間に近い形をしたモンスターはいくつか存在するが、まったく姿形がそっくりなモンスターは一度も確認されていないからだ。
「分かってる分かってる」
「だいたい、志藤さんは武装もしてないし」
「病室へ入るのに物々しいのはよくないだろう。大丈夫だ、オレの【肉体強化】は鋼より強い。裸の状態でも、武装してるのと同じだよ。なんなら、試してみるといい」
「【毒針】でも?」
晶が好奇心なのか、口を挟んだ。
「毒? いや、毒はなぁ。毒消しが必要だから遠慮しておこう」
「やっぱりダメじゃないですか」
「オホン、お二人ともお静かに願います。では、篝さんのお見舞いに行きましょう」
スーツ姿の女性が咳払いして、病室へと案内する。この人、新宿ダンジョンのゲートチェックをしている国交省の人だな。
「失礼します。国交省の月見です。お見舞いにやって参りました」
「ああ、月見さんですか。どうぞ」
中から透き通った声が聞こえ、僕らは病室に入った。
病室は個室で、リリが上半身を起こしたままベッドで横になっていた。
「少々大人数で申し訳ありません」
月見が謝る。
「いえ……ああ、あなたは私から槍を抜いてくれた人ですね。ぜひ、お名前を」
ベッドのリリが僕に気づき、笑顔が聞いてくる。
「ああ、はい、久々津凪です」
「ナギさん……、良い名前です」
「は、はぁ、どうも」
微笑む彼女に、ちょっとドキドキしてしまう。上品で、清楚で、他にも口では言い表せない何とも不思議な魅力があった。
「あの、リリさん、今日は国交省の係員さんにいろいろと事情を説明してもらうために私たちは来ているのでおかしなナンパはやめてくださいね」
晶が変なことを言い出すが。
「ナンパ……ですか?」
言葉の意味が通じなかったか、リリが小首を傾げた。
「おいおい、病室でもめ事はいかんぞ。晶君だったか、君は黙って。ほれ、月見、早くなんとかしてくれ」
志藤が――彼は完全に僕らの仲間割れ説を信じている様子で、慌てたように月見を急かした。
「はい。ではまず、リリさん、あなたの国籍は?」
「わかりません。この国の気もするのですが……」
「絶対違うっての。金髪に青い目じゃん」
「まぁまぁ、だからって全員が外国人とは限らないよ」
「ほぅら、すーぐ、久々津は彼女の肩を持つし。コイツ、退席させてもらっていいですか」
晶が僕を指さす。
「ダメです。これ以上、騒がしくするようなら、あなたに出て行ってもらいますから、少し黙っていてください、晶さん」
「ええ? 私が?」
国交省の係員の人は結構やり手だな。あっさりと晶を黙らせてしまった。
「ではフルネームは覚えていますか?」
「いいえ。リリ……とだけしか」
「篝絵実という名前に覚えは?」
「無いです」
それは即答だった。
「寺行晴人さんは?」
「いいえ。前にもその名前を言われましたね。どんな人ですか?」
「Eランクの冒険者で、明るい人だそうです。私も少しかお会いしていませんが、ノリの良い方でしょうか」
「ノリ?」
「話のリズム、やりとりが良く、テンションが高い、楽しい雰囲気、そんな意味です」
「ああ、なるほど。ナギさんみたいな人のことですね」
リリさんが僕を見てニッコリ笑った。
「絶対違う!」
「はい、晶さん、申し訳ありませんが、病室の外でお待ちください。これは管理局としての命令で罰則もあり得ます。内容としてはあなたを久々津さんのパーティーから強制離脱、接近禁止命令も出せますよ」
「お、横暴だわ。どうしてみんなこの女の肩ばかり持つのよ」
晶は憤慨したが、冷静さは失っておらず、それだけ言うと大人しく病室から出ていってくれた。いったいどうしたんだろう? いつもと違って彼女は酷く感情的になっていた様子だけど。
「大きな声を出してすみません」
代わりに僕がリリさんに謝っておく。
「いえ、ちっとも。でも、ごめんなさい。次から彼女の前ではもう少し、考えて話すようにします。同じパーティーの方なら仲良くしないとですものね」
「そうしてください。ただ、あなたは同じパーティーだったわけでは……」
月見が事実を歯切れ悪く述べる。
「え?」
「そうだな。リリさんさえ良ければ、僕のパーティーに入ってもらおう。どうですか、月守さん。彼女はいろいろと記憶も混乱しているみたいですし、知り合いがいたほうがいいんじゃないかと」
知り合いと言えるほどではないのだが、この中のメンバーに限って言えば、僕が一番だろう。もしも彼女が他に親しい人間を思い出せば、それは彼女の自由にしてもらえばいいのだ。こんな綺麗で美人で可愛い彼女が魔物だなんて疑うだけ馬鹿馬鹿しい。
「良かった。ナギさんと同じパーティーならもう安心です。だって、私を助けてくれた命の恩人ですもの。誠心誠意、尽くさせて頂きます」
「そうですか。ええ、それについては間違いようのない事実ですので、話はここまでにしましょう。お大事に。もし、何か思い出すようなことがあれば、私に連絡してください」
「ええ、もちろん」
「では。行きましょう、志藤さん、もう護衛は結構です。ありがとうございました」
「そうか。意外にあっさり片付いたな。事情はさっぱりわからんが、まあ、穏便に済むならそれに越したことは無い。さぁて、ダンジョンに潜るとするか」




