●第五話 『万能薬』
「ふっ、銀色宝箱の品が出てくるとは、ここのオークションも格が下がったものだねえ」
「まったくですわ」
「芸術性も感じられない。本当にこれが+2クラスの剣なのかね」
「ただのショートソードでは、いくら魔力が籠もっていようとも珍しくも何ともない」
それまでの食いつきとは違い、参加者が露骨に文句を言うほど、不評な様子。
「そ、それでは入札に移らせていただきます。最低価格は五百、いえ、特別に三百から始めさせていただきます。どなたかございませんか?」
誰も札を上げない。
……おや、これってもしかして、僕が番号札を上げれば、買えちゃうかな?
値段として、通常のショートソードなら数万円、これが+1の上位クラスとなると、途端に値段が跳ね上がり五十万から百万円となる。さらに上のクラスだから、確かなことはわからないものの、五百万円でもおかしくはないだろう。それに、ギルドのネットショップはよく眺めているのだが、+1ですら滅多に出品されることはない。
「かなり珍しい品でございますよ、お客様方。正真正銘、レアものです」
冷や汗をかいて主催者が訴えるが。
「晶」
「なに?」
「僕、あの剣、ちょっと欲しいけど、買ってもいいと思う?」
「欲しいなら買えば。お金は出してあげないけど」
あまり興味はなさそうだ。まぁ、ここに来た彼女の目的は『万能薬』を買うことだもんな。それももう諦めてしまったのかもしれない。
「それでいいよ」
僕は番号札を上げた。
「おお、三番のお客様、ありがとうございます。三百万の入札がありました」
「ほう、では私も」
「十三番のお客様、四百万。他にございませんか?」
おい。今さっき、僕が上げたから応じた感じだろう。嫌がらせか。
まあいい、五百万円から一千万円までは適正価格、の気がする。それに、店売りではまずお目にかかれない品だ。このショートソードがあれば、僕のように戦闘スキルがない人間でもゴブリンを一撃で倒すことができるかもしれないのだ。
一回だけ、挑戦してみるか。
もう一度札を上げる。
「三番のお客様、五百万円。他にいらっしゃいませんか? では十三番のお客様との一騎打ちということで、十三番様が下りられればそこでハンマープライスとさせていただきます」
「ふむ、一騎打ちか。ならば応じねばなるまい。一千万!」
おい。今、一騎打ちだから本気を出しただろう。しかも一千万って。ま、相手も僕の小物っぷりを察して一気に決着を付けてくれたのだろう。さすがに一千万円以上は出せないので、諦めも付く。
「三番のお客様、ございませんか?」
「ええ、とてもとても」
僕は首を横に振る。だが、晶が横から僕の札を上げた。
「ちょっ、何してるの? 何してるの?」
「あの親父、気に入らないから、勝負しなさい、久々津。ここから跳ね上がった値段は全部私が払うわ」
「ええ……?」
「はっは、誰も持っていない物が欲しくなり、人が持っているものはもっと欲しくなる私の習性が少々、不快にさせたようで申し訳ない。別に他意はなかったのだよ。では、今回は私が引き下がるとしよう。もっとずっと良い物をすでに持っているからね」
「いちいちムカつく」
「それでは、十三番さまがお譲りになりましたので、三番のお客様に一千百万円でハンマープライス! おめでとうございます」
「どうも……」
高すぎてあんまり嬉しくない。むしろやっちまった感が凄い。一応払えるけど、え? 僕が一千万円を払わなきゃいけないの?
急に冷静になると、これって高級布団を買わされてる会場に似ていなくもない気がして、冷や汗が出てきた。
「よし、勝った! じゃ、私があとで六百万、ウォレットに渡すから」
「ああ、それでいいんだ」
「そういう約束だったでしょ」
晶には悪いが、五百万円で済むならそのほうがいい。
「それでは皆様いよいよ最後の品でございます。もはや説明は不要でしょう。あらゆる病をたちどころに一瞬で治してしまうダンジョン産の『万能薬』! まさに現代の奇跡! かつて数千年の歴史に渡って王侯貴族が追い求め続け、決して手に入れられなかった至高の一品がここにございます。それでは長々と説明するのも野暮でございますので、入札と参りましょう。なお、今回の値幅は一千万円単位とさせていただきます。最低価格一億円からどうぞ」
「ありゃりゃ」
これでは金色の宝箱でニワカ金持ちになった僕らではとても太刀打ちできない。ショートソードも買ってしまったから、晶と僕で二人合わせても持ち合わせは三千万円ちょっとだろう。
「二億!」「三億!」「五億だ!」
参加者もそれまでのお上品な入札とは打って変わって、これが本命だったのだろう。皆、目の色を変えて食い気味に宣言している。はえー、みんなお金があるんだなぁ。
「十億!」
放心しながら観戦モードになっていると、隣で凄い値段を言った青いドレスの少女に見覚えがある。
「ちょっ、晶、お金あるの?」
「ないけどある。お父さんのクレカを使わせてもらうわ」
「クレカって親のクレカかよ! 絶対怒られるからやめて」
「大丈夫、このクレカは好きに使って良いって言われてるし、百億円くらいまでなら私が稼いで返せると思う」
「い、いやいや、無理だって」
「わかってるの? 久々津、『万能薬』は本当にレア中のレアよ。それこそファースト・ユニーク・アイテムくらいしか出てこないって言うし、今まで十本も産出してないわ。これが最後の一本かもしれないのよ」
「それでも、僕はこの目を治すために、十億も百億も使おうとは思わないし、君や君のお父さんにそこまでしてもらう義理もない。本当にやめてくれ。それはありがた迷惑だ」
「義理はある。最初にあなたはあの隠し通路をギルドに報告しようと言っていた。あのとき、私があなたの意見に賛成していれば、こんなことにはならなかった」
「それは仮定の話でしか無いよ。君が反対していたところで結局、ハルトさんたちが押し切るに決まってる。僕だって途中で意見を変えてしまったんだ」
「でも、あなたや私は、あのとき立ち止まることができたかもしれないじゃない!」
「よそう。もう僕らはこの結果を選んだんだ。過去の可能性を選び直すことだってできやしない。だけど、これから未来の選択は二人の意思でしっかり選んだ方が良い。パーティーメンバーだろ、僕らは」
「それなら、パーティーメンバーの私の意見を尊重しなさいよ」
「ダメだ、一対一で賛成多数じゃない。だから、それはあとで話し合うにしても、今ここで『ハイドシーカー』としての決定にならない」
「……久々津のくせに、生意気」
僕はのび太君ですか。だが、どう言われようとも、ここは絶対に引かない。理屈や感情だけの話ではない。彼女は十億だか二十億だか、それだけの金を冒険で稼いで父親に返すつもりでいる。それはどう考えても危険だった。そんな高額な宝を求めれば、初級ダンジョンではどうあがいても無理。クリアも難しい未踏の上級ダンジョンに挑むのは必至だろう。そうなれば危険も初級とは段違い、いつ死人がでてもおかしくない。
「晶、僕は君には生きていて欲しいんだ。わかるだろ?」
「それは……」
はっとした様子の彼女は、僕の気持ちが正確に理解できたようだ。一時的に組んだだけのパーティーだったとはいえ、ハルトとエミの死に僕らはショックを受けた。あんな気持ち、さらに何度も顔を合わせて親しくなっている相手で、同じ事を繰り返されるのはごめんだった。少なくとも、晶も僕に対して、そういう想いはあるらしい。
「十五億、他にございませんね? これが本当に最後の確認、ラストチャンスですよ」
僕は晶の上げようとする手を押さえ、主催者に向かって首を横に振る。彼も分かってくれたようだ。
これはお金の問題じゃあない。僕らの意思、生き方、パーティーの問題だ。
「では、ハンマープライス! おめでとうございます。見事、十三番のお客様に『万能薬』は十五億円で落札されました!」
後悔はみじんも無い。この瞳を治すのは、他の方法だっていいのだ。




