●第十一話 もう一度
もう一度、あの大広間に向かう。
「た、助けて」
力なく囁く少女。その美しさに目を奪われるが、痛々しくも胸には大きな赤黒い槍が刺さっている。
あの色は嫌だ。
先ほど見た、ハルトを殺した猛毒に似た色。
「お願い、助けて。これを抜いて。げほっ」
「その前に、ひとつ聞きたい。君は何者だ?」
「私はリリ。それ以外は覚えていない」
リリは北欧系なのだろう、美しい金髪に空色の瞳だ。
彼女を見極めようとすると、唐突に変なものが見えた。
『レベル ??? ???
STR ?
AGI ?
VIT ?
MAG ?
DEX ?
LUC ?』
いやいや、こんな時にゲームじゃないんだから、この左目はどうしちゃったのやら。
しかし、幻覚って。
「お願い、もう……ダメかも。血が流れすぎて」
胸からは今も血が流れており、彼女は顔面蒼白、これで意識があるのが不思議なくらいだ。
「あきれた。久々津、どうみてもそいつは人間じゃない。この状態で人間が五分も生きていられるわけないでしょう」
晶もやってきて言う。
「そうだが、悪いヤツにも見えないんだよな……」
「今のあなた、熊が可愛いって言ってる人に似てると思う」
「そうかぁ。まぁ、ギルドに報告だけして彼らに任せよう。どのみち、僕らじゃとてもあの槍は抜けないし、下手に抜くと彼女は失血死してしまうかも」
「そうね」
「お願い、見捨てないで。抜いて。これを少しでもいいから」
泣きながら頼まれると、何もしないわけにはいかなくなった。
「晶、先に出て、ギルドに報告してくれ。僕はやっぱりちょっと試してみる」
「や、やめてよ、危ないわ」
「だが、このまま放っておくのもな……」
可哀想だ。それに、このまま彼女が死んでしまったらと思うと怖い。エミの叫びが耳から離れない。
二度も目の前で人が死ぬのはごめんだ。
「擬態かもしれないわ」
擬態――葉っぱに自分の体を似せて敵から姿をごまかしたり、提灯アンコウは疑似餌みたいな体の一部を頭から伸ばして、それを餌におびき寄せて獲物を捕まえるというのがあった。
「いや、それはないと思う」
血を流す擬態は考えにくい。ただ、その床に流れ落ちた血が尋常な量ではないのが気がかりだ。
床が赤黒いので、どこからどこまでが彼女の血なのかよくわからないが。
「お願い、もう意識が、うす……」
彼女が意識を失ったようでうなだれる。僕は何かしないとと思って彼女に近づいた。
「待って、久々津。どうしてもと言うのなら、一度試させて」
「ああ。それで何を」
「こうするのよ」
彼女は床に落ちていた石ころを拾うと、思いっきり少女に向かって投げた。
「おい、何を!」
彼女の足に当たったが、それだけで反応が無い。死んでしまったか?
「いいわ。もう完全に意識を失ってる。私は戻るから、止血をしておいて」
モンスターの擬態かどうかを確かめたようだが、瀕死の彼女に酷いことをする。僕は文句を言いたかったが、止血のほうが先だな。言い争っている場合ではない。
「ああ」
僕は少女のところまでいき、槍に手を掛ける。
その瞬間、左目におかしな映像が流れ込んでくる。
まるでスローモーションのように槍が吹き飛び、少女が恐ろしい化け物になって僕に飛びかかってくる。
「くっ、いいや、これは恐怖による幻覚だ。未来が見通せるとでも? そんなことはあるわけない」
一度左目をしっかりと閉じると、やはり彼女は刺されたままでピクリとも動いていない。
もう一度左目を開けると、今度はベッドで眠っている彼女の姿が見えた。
やれやれ、目だけじゃなくて、脳の検査も必要だな。
「さて、それはあとでやってもらうとして、だ」
もう一度槍を引き抜こうと試す。
だが、頭の上の高さなので、抜こうにも力がほとんど入らない。ぶら下がっても、ビクともしない。
「ダメか。この槍はいったい……こんな長くて大きい槍を扱える人間なんているのか?」
槍と言うより柱に近い。赤黒い金属かとも思ったが、よく見ると後ろ側は黒色で、一部だけ塗装したもののようだ。
「いや、これは血? 彼女の? 違うだろうな」
彼女の真っ赤な血と、赤黒い槍では色が違っている。
「あっと、そんなのはどうでもいい、早く止血だけでも」
ポタポタと流れ落ちている血を見て、タオルを取り出す。
彼女の胸に押し当てるが、彼女の体の位置が高い位置で縫い付けられているので、下までしか届かない。
上に届いたところで、この槍が邪魔なんだよな。
「どうにかしてどかせられ、あっ!」
いきなり槍が一瞬で消え、彼女がずるりと落ちてくるので慌てて受け止めた。冷たい体だった。
「と、とにかく止血を」
胸にタオルを押し当てることしかできなかったが、それ以外に僕にはできることがなかった。
心臓マッサージも、傷口からの出血が怖いのでやめておく。
気を失っている彼女は本当に助かるのだろうか。槍を抜かない方が良かったのでは?
焦燥感がぐるぐると頭の周りを回転している。
だが、何もできない。
「こっちです!」
ようやく武装した一団が晶に案内されここにやってきた。
「どいてください、止血をします」
「お願いします!」
すでに状況は伝わっていたようで、すぐに担架に乗せられ、彼女が運ばれていく。
「槍はどうしたの?」
「ああ。どうやら例のアイテムボックスの中に入ったみたいだ」
頭の片隅に黒い箱のイメージが思い浮かぶが、その中に槍も入っていた。
「ううん、なるほど。ま、あなたが襲われなくて良かったわ」
「そうだね」
肩をすくめ、僕らは地上に戻ることにした。
今日はいろいろなことがありすぎた。これからリリのことも含めてギルドにいろいろ聞かれるだろう。どう答えるべきか、考えなくてはいけないのだが、今は頭が回らない。とにかく布団に飛び込んでそのまま眠ってしまいたかった。時が経てば、今日あったことも、いつかは遠い記憶になるのだろうか。
いや、あんな生々しい惨劇を忘れることなんてできやしない。同じパーティーメンバーではなかったが、ついさっきまで普通に話をしていた二人が無残にも、そして理不尽に命を落としたのだ。悪夢も見るかもしれないし、不安で眠れないかもしれない。
それでも、今は、ただただ眠りたかった。
僕は重い足を引きずるように歩きながら、隣を難しい顔で歩く晶と共に、地上に向かうのだった。




