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開戦

「全ては私の事を思ってって、どういう事? ゼファー」


 アイは痛む体を起こすも立っていられず、ゼファリーへしがみつく。


「話します、話しますから、お離しください」


 痛みに顔を歪めながらもアイはラムレッダに促され、横になる。取り乱しピンク色のアイの乱れた髪をラムレッダは整えてやった。


「お嬢様。まず頭に入れておいて欲しいのが度々お嬢様の命が狙われるのは、決して偶然ではありません。そして、それを回避しようとリーン様は常に動いておられた」

「それは……わかっているけど。でも、偶然じゃないってどういうこと? 自分で言うのもなんだけど、私なんて、それほどのものかしら?」


 今回も誘拐された時もリーンが助けてくれた。頭では、それは理解しているアイだが、やはり、弟レヴィのことを考えると居たたまれない気持ちになってしまう。

そして、決して自分の命を軽んじてる訳ではないが、命を狙われる心当たりが全くないと。


 ゼファリーは、膝を折り、アイの前に座ると優しくアイの両手を包み込む。


「あるのですよ。それは、リーン様が心底お嬢様を愛しているからです。お嬢様を愛し、結婚し、やがて二人の子を成す。その未来をリーン様は、望んでいます。だから、お嬢様が狙われるのです」

「どういうこと? 私の命を狙ったのは、その将来を望んでいない……つまり、同性が犯人?」

「詳細はまだ話せません。リーン様は強かなのですよ。アイ様を切っ掛けに、もう一つの使命を果たそうとなされている」


 アイにはとんと理由がわからずにいた。わかっているのは、今戦争が起きて、弟レヴィが危ういということ。

リーンとの将来を思い描いたのは、幾度とある。それでも、弟を救いたいとの思いも強い。

やはり、こんなところでもたもたしていられないと、アイは立ち上がる。


「邪魔してもいいか?」


 アイ達がいるテントの外から声がして、返事をする間もなく一人の男性が入ってきた。


「レントン男爵!?」

「はーっはっは、お久しぶりですな、アイリッシュ様!」


 現れたのは、リーンの変態仲間でもあるレントン男爵であった。以前に会った時と違い、腰には細身の長剣を差していた。


「どうして、こんなところに?」

「まぁ、まぁ、動けるならば、一度テントから出てくだされ」


 アイはゼファリーとラムレッダの肩を借りてテントを出る。眼前には、きれいに整列した幾人もの兵士が。


「どうです! 千人もの援軍ですぞ」

「援軍……」


 リーンが用意したのだろうか。アイはリーンが徹底的に弟レヴィを攻めるつもりなのだと、胸が締め付けられる。


「さぁ、行きますぞ」

「行く? 行くって何処に?」


 ゼファリーは知っているのか、ニヤリと笑う。ラムレッダが付き添いアイは用意された馬車の中へ。


「ねぇ、何処に向かうの?」


 馬車に並走する馬に乗っていたレントン男爵は、ドンと拳で自分の胸を叩いて張る。


「このレントンにお任せを! リーン様直属の援軍千人で、アイリッシュ様の弟君を助けに参りますぞ!」


 リーンではなく、レヴィを助ける。それも今まで無かったリーン直属の兵士によって。

アイは、耳を疑うが少なくとも奇襲を行うための兵士だということは、理解出来た。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 一方、スタンバーグ領では今、領内の境にズラリと二千の兵士が待ち構えていた。

当然、リーンを迎え撃つべく。


「おい、おい! サビーヌ! なんだ、あの兵士の数は!? うちで用意出来るのは、せいぜい五百だぞ! 一体いつの間に!?」


 レヴィには寝耳に水であった。両親が亡くなった事を責めればリーンの方から謝罪があると聞いていた。そうなれば、帝国領と隣接する。ブルクファルト辺境伯と互角の取引がもちこめ、スタンバーグ領の経済は潤うと。


 リーンが軍を動かすと聞いた時は、まさかとさえ思った。リーンの元には姉のアイリッシュがいる。姉と争うとは

と戸惑っているところへ、サビーヌが用意した千以上の兵士である。


「レヴィ様は、なーんの心配も要りませよ。前に言ったでしょ? 備えて置くに越したことはないって」

「い、いや、しかしだな。我が伯爵家に軍の保有権など与えられていないのだぞ? あれは規定の千を優に越えているではないのか?」

「そんなもの終わってから千人だと言い切ればいいのです。王国は関与を否定して、誰も見てはいないのですから」


 サビーヌは、己の胸にレヴィの顔を埋めさせ、不安を取り除く。結局、レヴィはそれ以上何も言えなくなり、兵士の出所が何処からなのか、知るよしも無かった。


 そして、遂にリーン率いる軍がスタンバーグ領近くの丘の上に現れる。その報せを聞いたサビーヌは、嘲り笑う。


「聞きましたか、レヴィ様。相手の数は僅か千だそうですわよ」


 もう勝ちは決まったと、サビーヌは勝利の美酒を味わうべく、ブドウ酒を用意させ始めた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 一方、リーンは丘の下った場所に陣取るスタンバーグ軍を望遠鏡で眺めていた。

自分達より、倍の兵力に余裕の笑みを浮かべた。


「どうぞ、バリッシュ殿。これで、相手を確認してください」


 リーンは望遠鏡を隣に騎乗していた男に渡す。男の装いは、兵士のように防具を着けておらず、帯剣もしていない。


 鼻の下に生え揃えた髭を指で弄りがらバリッシュと呼ばれた男は、リーンに倣って望遠鏡に目を当てた。


「おお、これは驚く代物だ。ほんに遠くまで見る事が出来るとは」

「僕の妻になる人の創作物です。大したものでしょう?」

「いやいや、本当に。これを一度国王様に見せたいものだ」

「それは、いつでも構いません。それより……」

「そうだったな……。うむ、リーン殿の言うように明らかに千を越える兵力だ。このバリッシュ。証人となろうぞ」


 リーンは、礼を言う。リーンがラヴイッツ公爵を相手にして時間を稼いだのは、この人物の到着を待っていたためであった。


 バリッシュ子爵。子爵ながら、国王に目をかけてもらい現在は、軍事法治官という役職に就いていた。

軍事法治官は、文字通り戦争などで、国際的な法律や国法に照らし合わせる役割を担う。

 

 今回の場合、国は介入しないと公表した。しかし、それは国法に基づいて互いで解決しろという意味である。


 そして、今。スタンバーグ家は、国法を犯した事が確認されたのである。そうなれば、国としても話は別。

謀反とも取れるスタンバーグ家の暴挙をバリッシュが伝えれば、国軍が動くのである。


「それでは、わたしはこれで。リーン殿、国軍が到着するまで待つおつもりかな?」

「いいえ。もう動いています」


 リーンは、バリッシュから戻ってきた望遠鏡を覗く。倍率を最大にして西と東に。


 まとまった軍勢が、東西からスタンバーグ家目指して進むのを確認したのであった。

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