梓ちゃんの根性
大変だ!
梓ちゃんが──ボートと岸を繋ぐ橋みたいになってる!
このままじゃ湖に落ちちゃう!
なんとかしてほしくて、コンジョーくんのほうを見ると、何もする気がないみたいに腕組みして立ってた。
どこかの鬼教官みたいに梓ちゃんに声を投げる。
「カワイコちゃん! 根性だ!」
カワイコちゃんて……
なんかその言葉、昭和のヤンキー漫画で見たことある……。
そんなことより──!
「お願い! コンジョーくん、梓ちゃんを助けてあげて!」
あたしは彼の肩を掴み、ユッサユッサと揺すった。
コンジョーくんは腕組みをしたまま、左右に揺すぶられながら、言った。
「ここはカワイコちゃん自身に任せるんだ! カワイコちゃんの根性を信じるんだ!」
「ひどいよっ! あたしがもしあんなことになっても助けてくれないの!?」
「朝日奈笑だったら、俺は何が何でも助ける! 朝日奈笑は俺のカノジョだからな!」
コンジョーくんの頬が真っ赤になった。
いや、それよりも──
あたしは駆け寄り、岸になんとかひっかかってる梓ちゃんの両足を、掴んだ。腹筋運動を手伝う時のように──
「助けて! たたた……助けてーっ!」
梓ちゃんが必死で叫ぶ。
「根性だ! カワイコちゃんの根性を見せてみろ!」
コンジョーくんの声が飛んできた。
「根性を振りしぼり、自分でボートを引き寄せるんだ! それしかおまえが助かる道はない!」
「なんてやつ!」
梓ちゃんは詰るようにそう吐き捨てたけど、あたしにはわかってた。
コンジョーくんの声に、ほんとうはなんとかしてくれようとしてる、あったかい色が浮かんでること。
「コンジョーっ! 頼むよ!」
柏木くんもあたふたしてる。
「おまえならなんとかできるだろ!? 助けてくれっ!」
「いや! 俺にはわかる!」
コンジョーくんが自信満々に言った。
「カワイコちゃんの中にはものすごい根性が潜んでいる! それを引き出す時が今だ!」
「フッ……」
梓ちゃんが笑うのが聞こえた。
「誰も何もしてくれる気はないようね」
足を掴んでてあげるしかできないのが申し訳なかった。
「おっ……オレは助けたいんだ」
ボートの上で柏木くんが慰めの言葉をかけた。
「でもオレがボートを動かすと、ますますキミを苦しめてしまう!」
「てめーはなんにもすんな」
梓ちゃんのふくらはぎがパンパンに膨らんだ。
「仕方がない……。日頃うちのジムで鍛えたこのパワー、見せてやんよ」
そうだ。
梓ちゃんの家はトレーニング・ジムをやってる。
毎日を優雅に過ごしてるように見える梓ちゃんだけど、家のトレーニング・マシーンを使って結構鍛えてるのを、あたしは知ってた。
この逞しいふくらはぎがそれを物語ってるし!
「ふんぬ……!」
梓ちゃんの腹筋に力が入った。
「こ……、根性オォォォ!!」
「が……頑張れ!」
あたしは声援を送るしかできなかった。
「頑張れっ! 梓ちゃん、頑張れっ!」
「いい腹筋だ!」
腕組みしたままコンジョーくんが褒めた。
「いけるぞっ! カワイコちゃん! その意気だっ!」
ボートが梓ちゃんの腕に引っ張られ、岸のほうへゆっくり近づいてくる。
柏木くんが向こうでパシャパシャと手で水を掻き、力を貸してくれようとしてるけど、あんまり力にはなってないようだった。
今、ボートを動かしてるのは梓ちゃんの腹筋の力だ。
すごい! すごいパワーだ、梓ちゃん!
コンジョーくんは梓ちゃんの中に眠るこのパワーを見抜いていたのかもしれないと思った。
「うぉらーッ! 根性オォォォーーーー……ハアァーッ!!!」
梓ちゃんの身体が逆向きに海老反った! 見事なまでに! 思わずあたしは足首を掴んでた手を離した。
引きずり寄せられたボートが勢いよく護岸にぶつかり、柏木くんがボートから転落しかけた。
まるで体操選手のフィニッシュみたいな格好で立つ梓ちゃんの背中に、あたしは抱きついた。
「梓ちゃん! すごかった!」
ぐゎんぐゎんと揺れるボートの上から柏木くんも、まるで神を見るように、驚いた目で梓ちゃんを見ている。
ずっと直立不動で見守っていたコンジョーくんは、安心して力が抜けたようにその場にへたりこんだ。
あたしに背中を向けたまま、梓ちゃんが言った。
「自分の中に……こんな力が眠っているとは……知らなかった」
「ほんとに……すごかった」
あたしは嬉し泣きしてしまいながら、笑った。
「スーパーヒーローみたいだったよ、梓ちゃん」
「私……、やるわ、笑」
「えっ?」
あたしを振り返ると、梓ちゃんは力強く言った。
「入るわ、根性部! 新しい自分に出会えそう!」




