親友のカノジョの親友と(柏木陽翔視点)
朝日奈ちゃんはかわいい。
バンドでギターボーカルをやっていて、女の子にキャーキャーいわれてるオレの目から見ても、とてもかわいい。
まるで猫の中でもすごくかわいい猫みたいで、愛らしいと思う。
でも、朝日奈ちゃんは、親友の──コンジョーのカノジョだ。
あいつにとって、産まれて初めてできた、しかもこれまでの人生で一番大好きになってしまったひとらしい。
だからオレは朝日奈ちゃんのことをかわいいと思っても、猫のようにかわいがりたいなんて思わないのはもちろん、紳士的に見守ってあげたいとしか思わない。
朝日奈ちゃんがオレに興味がなさそうなのも気にならない。
しかし──この女……
神崎梓。この女のことは、ちょっとイジメたくなっちゃうな。
まるで自分は貴族、オレのことは低俗な平民だとでも思ってるように、いちいち見下してくる。
まぁ、自分がそんな高級な男だとかは思ってないし、彼女は確かに高嶺の花だとは思うけど、こうも上から目線でこられると、ちょっと意地悪したくもなっちゃう。
顔では笑ってるけど、これでも結構傷ついてるんだぞ。
だから一人置き去りにして、自分だけボートに乗ろうとしたら、慌てて追いかけてきた。ふふ……なかなかかわいいところあるじゃん。
コンジョーと朝日奈ちゃんの会話、じつは聞こえてた。
オレと神崎梓を二人でボートに乗せて、親睦を図ろうとしてるんだよな。
いいよ。オレはこの子に『根性部』に入ってもらうため、仲良くなりたい、コンジョーと朝日奈ちゃんのために。
彼女が思い通りに仲良くなってくれるかはわからないけど……。
オレはボート二台ぶんの料金を払うと、白鳥の形をしたボートに先に乗り込んだ。
どうなんだろう、先に女性を乗せるのがマナーなんだろうか?
わからないけど、エレベーターに乗る時は中に不審者がいたりしたら守らないといけないから、男のほうが先に乗るものだと父から教わったことがある。
ボートが沈んだりしたらいけないから、まずオレが乗り込んで、安全を確かめた。
ハンドルと足元にペダルがついていて、まるで自転車を漕ぐみたいにして乗るボートのようだ。
これなら初めてでも簡単に動かせそうだな。
「先に乗り込むなんて、エスコートの基本も知らないひとね……」
神崎梓がタラップからオレを軽蔑するように見る。
しまった……。先に女性を乗せるのがマナーだったか?
「ごめんごめん。そういうマナーみたいなの、疎くってさ」
オレは爽やかな笑顔でごまかそうとした。
「フン」
ツンとした態度で神崎が乗り込んでくる。
どうなんだろう。こういう時は手を貸してあげるのがマナーなんだろうか?
そう思って何もせずにいると、神崎が足を滑らせ、前へつんのめった。
「うあああ!」
神崎梓が叫んだ。
「キャー!」
タラップの上で朝日奈ちゃんが悲鳴をあげた。
「梓ちゃん!」
がしっ! とボートの縁を神崎が掴む。
彼女の足はタラップにひっかかっていた。
彼女が手でボートを押す形になり、 ボートが沖へ向かってユラリと動いた。
「だ、大丈夫!?」
思わずオレは声をあげたけど、場違いなセリフだとすぐに思った。
どう見ても大丈夫じゃない。
神崎はボートとタラップのあいだで宙ぶらりんになっている。ピーンと身体をまっすぐ伸ばした姿勢で、今にも湖面にお腹から落ちそうになっている。
ど……、どうしたらいいんだ、コレ。
券売所のおじさんは遠くの小屋の中にいて、気づいてないようだ。
そうだ。オレがボートを操作して、岸のほうへ動かせば……
ハンドルを岸のほうへ回し、ペダルを少し漕いでみた。
ボートが前へ動き、神崎梓の身体がさらに引っ張られた。
「ギャー!」
彼女が怒声をあげる。
「こら、糞イケメン! てめー、私の身体を引き裂く気か!」
ヤバい……。
親睦を図る予定が、これじゃますます険悪になっちまう……!
オレは縋るようにコンジョーを見た。
こんな時に頼りになるのがオレの親友だ。
コンジョーは腕組みをしていた。
なんか……何もする気がないようだ。
まるでどこかの鬼教官のように、神崎梓に向かって、命じた。
「カワイコちゃん! 根性だ!」




