朝、起きたら……
「むうっ……!」
隣で段田くんが声を出した。
「むうっ……! むうぅっ……!」
ジェットコースターが途中で止まってしまった。
みんなパニックになってる。無理もない、これ、ふつうに走行してくれてるより怖いもん。逆さまになってて苦しいし──
安全バーを外そうとしてるひとがいるのを見て、あたしは大声で言った。
「大丈夫ですよっ! 信じて助けを待ちましょう!」
言わなかったけど、あたしはこの状況を楽しんでた。
こんな珍しい出来事、滅多に経験できるもんじゃない! キャホー!
でも死ぬのは嫌だなぁと思っていると、隣の段田くんがあたしの顔をじっと見つめているのに気がついた。
「どうしたの? 段田くん」
「こ……こん……」
「こんな時に? うんこしたくなったとか?」
あたしはにっこり微笑んであげた。
「大丈夫、助けが来るから。そしたら落ち着いてトイレで出来るよ」
あたしの顔から光が溢れたようにでも見えたらしい。
段田くんは感動したように震えると、叫んだ。
「て、天使猫、出たーーーっ! お、お、俺は絶対におまえを助ける!」
そして安全バーから自分だけ、迷いもなく抜け出した。
「何してるの!? やめなさい!」
叱りつけるあたしに構わず、段田くんが絶叫する。
「こここ……、根性ううぅーーーッ!!!」
信じられなかった。
段田くんは重力を無視して、レールの上を逆さまに走りだした。
車体の後ろへあっという間に移動すると、押した。
「根性ーーー!!!」
彼に押されてジェットコースターが動き出した。
だんだんと勢いがつき、やがて轟音をあげて走り出すと、無事にゴールした。
スリルのあるはずのジェットコースターが、とても安心できる乗り物に思えた。
ゴールまで走るあいだ、コースターの上からあたしは何度も振り返った。
段田くんはレールの上に取り残されて、どんどん遠ざかった。
ホームで降りて見ると、遠くのほうで、レールから飛び降りる彼の影が見えた。
「根性オォォッ!」と叫びながら──
「笑っ!」
心配して駆けつけてくれた梓ちゃんに、あたしは笑顔を一瞬向けた。そしてお説教を続ける。
背の低い段田くんがあたしの前に土下座して、より小さくなってる。そのつむじを睨みつけながら、あたしは言った。
「二度とあんなことしちゃダメだよ! 段田くん、死んだかと思ったじゃん!」
「すまない! すまない!」
「めっちゃ心配したんだからね! 今度あんなことしたら絶交だからっ」
「すまない! すまない、朝日奈笑ーーっ!」
平謝りする彼に、だんだんあたしの怒りも収まってきた。
「……でも、すごかったよ、段田くん。すごいこと出来るんだね? みんなを助けてくれて、ありがとう」
笑顔であたしがそう言うと、彼が勢いよく顔を上げた。
嬉しそうなその顔が、かわいくて──
次の朝、目覚めると、あたしは段田くんのことしか考えられなくなってる自分に気づいた。




