英愛学園に潜入!(柏木陽翔視点)
オレと神崎は忍者装束に着替え、英愛学園へ潜入した。
英愛学園は県南側の高台に位置し、豊かな自然に囲まれた風光明媚なところだ。
町はずれの国道沿いにある我が玲輪高校とは違って、静かな環境が羨ましい。
「小山の上にあるなんて不便なところね」
並んで歩く神崎が呟いた。
「こんなに木に囲まれてたら、夏になったら虫も多そう。同情しちゃうわ……」
英愛学園の制服は男子も女子も白いブレザーだった。賢そうな感じがする。
うちの高校の紺のブレザーよりこっちのほうがいいな、カッコいい。
「豆腐みたいな色ね」
神崎が言った。
「それに汚れが目立ちそうで嫌だわ。かわいそう……」
「えっ?」
「誰?」
「忍者?」
英愛学園の生徒たちがオレと神崎を見て静かに騒いでいる。
「カッコいい!」
「綺麗な子!」
黒と赤の忍者装束にそれぞれ身を包み、堂々と校門から潜入したオレたちは、すぐさま注目の的になった。
オレもそうだが、神崎も目立ちたがり屋だ。コソコソと隠れて行動するのは苦手だ。
忍者装束を着て来た意味は……まぁ、あった。玲輪高校の生徒だということだけは隠せるし、何より最高に目立つ。
「あっ、あれ、『ねすごしえーしょん』の柏木くんじゃない? キャー!」
そんな女子生徒の声に思い出した。オレのバンド、結構他校にも人気があった。バレバレだ。
「さて……神崎。オレたちの仕事は?」
「決まってるでしょ。『対受験問題プログラム』を盗むことよ」
神崎が結構大きな声で答えたので、近くにいたやつには聞こえたことだろう。
でもなんのことだかわからない顔をしていた。どうやら一般生徒はまだ知らない情報のようだ。
しかしオレも神崎も、隠密行動には限りなく向いていないなと自覚し、思わず笑ってしまう。
忍者部の服部部長に聞いた話では、目標は情報処理室にあるらしい。
この学園のプログラミング部に『グプタ・ジェミニ』という名の天才生徒がいて、そいつが開発したプログラムなのだそうだ。
正直、オレごときにそのセキュリティをかい潜れるわけがないと思う。
部屋にもたぶん鍵がかかっていることだろう。
それでもオレはやって来た。
神崎と一緒ならどうにかなるかもしれないからだ。
「ねぇ、ちょっといいかしら? 情報処理室って、どこ?」
神崎が近くにいた女生徒に聞いた。
女生徒は気さくに教えてくれた。
「あっ。二階に上がってまっすぐ行った突き当たりですよ。ところで芸能人ですかぁ? なんの番組の収録?」
「泥棒に来たの。フフフ」
女生徒は冗談だと思って笑ってくれた。
そういえば推理小説の古典的セオリーに『重要な秘密は目に見えるところに堂々と晒しておいたほうが怪しまれない』ってのがあったっけ。オレたちの堂々っぷりはかえって怪しまれることなく──
易々と情報処理室の前にたどり着いた。
「ここにお宝があるのね」
神崎が峰不二子みたいな声で言う。
オレが開けようと手をかけるが、扉は固く閉ざされていた。
「……やはり鍵がかかってるな」
「えっ!? 想定外ね!」
神崎がかわいいことを言う。
「どうする? 帰る?」
「神崎、キミの出番だ」
オレは期待満々に振り向いた。
「想像するんだ。今、キミはこの部屋の向こうにいる。扉には外から鍵がかかっている」
「なんのこと?」
「そして……火事だ! 他人はみんなキミのことなんか知らずに避難を始めた──この扉を開けないとキミは助からないぞ!」
「そりゃ大変ね」
のほほんとしている神崎に、本気を出してもらうため、オレは彼女の根性を煽る。
「イメージするんだ! このままではキミは焼け死ぬぞ! 助かったとしても、その美貌は焼けただれ、醜い火傷を負ったまま一生を過ごすことになる!」
「そんなの嫌」
神崎のキツネ目が少し鋭くなった。
「絶対に、嫌」
「じゃあ、根性でこの扉を開けるしかないだろ!」
神崎の目が、燃えた。
火事よりも激しく、燃え盛った。
その細い指を扉の取っ手にかけると、神崎が叫んだ。
「うらあああああぁ! 根性オォォォーーーッ!!!」
どがーん!
扉が粉々になったかと思うほどの勢いで、開いた。
その向こうで扉を開けてくれようとしていたらしい男子生徒が部屋の奥へ吹っ飛ぶのが見えた。
「……あっ」
「中に人、いたんだ?」
「フフフ……」
吹っ飛んだひとがクールに立ち上がる。銀ぶちメガネを指でクイッと上げながら──
「ようこそ。待っていたんよ。玲輪高校の柏木陽翔くんと、神崎梓さんだよね?」
背の高い、ほっそりとした、理知的な感じのイケメンだった。
「失礼、あなたは?」
オレが聞くと、名乗った。
「僕の名前は倶府田双星──君たちが盗みに来た『対受験問題プログラム』を開発した天才なんよ」
息を整えながら、神崎がクールに聞く。
「あら……。気づいてたの?」
「天才の僕にかかれば得られない情報などないんよ。先日、忍者が来た時も、お茶を出してお迎えし、そしてプログラムのことを教えてあげたんよ」
「親切だな」
神崎が拍子抜けした声を漏らす。
「そのプログラムのことだけどさ──」
単刀直入にオレは切り出した。
「英愛学園がそんなもの独占してるのはズルいって言うひとがいるんだ。オレたちにもそれ、シェアしてくんないかな?」
「いいよ」
「いいんかい」
「その代わり、君たちじゃダメなんよ」
倶府田双星はメガネのレンズをきらーんと光らせ、言った。
「そのセリフを言った張本人にお越し願いたいんよ」
よく見ると、部屋の壁には写真がたくさん貼られていた。
実物大に拡大プリントされた、朝日奈さんの写真が──
「天使猫……朝日奈笑さんに来てもらいたいんよ」
倶府田双星は頬を赤らめながら、言った。
「彼女に直接、僕からプレゼントしたいんよ」




