玉国くんが掴んだ情報
あたしたちが通う県立 玲輪高校にはライバルと呼ばれる学校がある。
同じく県立の英愛学園だ。
スポーツでも勉強でも張り合っていて、全国レベルで見たらそこそこという他はないんだけど、狭いナワバリの中では『そこそこ同士』、意地を張り合っている。
……まぁ、あたしは楽しい高校生活が送れたらそれでいいので、どーでもよかったんだけど……
「失礼する!」
勢いよく根性部の部室の扉を開けたのは、玉国生徒会長だった。
あたしたちはちょうど放課後のおやつタイムに楽しんでいた『Mrs.ドーナツ』のカラフル・ドーナツセットを急いで隠した。
「……なんか、いい匂いがする。スウィートな……」
生徒会長は鼻をヒクヒクさせてから、話を変えた。
「まぁ、いい……。じつはキミたち根性部に頼み事があってやって来た」
「珍しいですね」
柏木くんが珍しそうに笑う。
「あんなに根性部のことをバカに……いえ、軽んじてらっしゃったのに……」
「あぁ……。実際、藁にもすがる思いで来た」
「何のご用でしょう?」
にっこりとあたしが聞いた。
「とりあえずお茶を淹れますのでどうぞ。よろしかったらドーナツも……」
梓ちゃんに羽交い締めにされて口を押さえられた。
生物室の実験用テーブルを囲んで座り、ビーカーに入れたインスタントコーヒーをお出しすると、玉国生徒会長はそれを嫌そうな横目でチラッと見てから、コホンと咳払いし、用件を告げた。
「我がライバル英愛学園が『対受験問題プログラム』を完成させ、運用させる動きがあるようだ」
「なんですか、それ?」
梓ちゃんが首をひねった。
「大学の受験問題には規則性がある。AIを駆使し、それを完璧に掴んだようなのだ。そのプログラムを用いれば、勉強などしなくても、問題文を読まなくても、良い点が取れるらしい」
「すごい!」
思わずあたしは声をあげた。
「それ、欲しい!」
「しかし英愛学園は当然のことながら、それを社外秘の絶対機密としている」
「学校なのに『社外秘』って、なんかへんだな」
柏木くんがクスッと笑った。
「でも、そんなプログラムを英愛学園が開発したなんて情報がよく掴めましたね? スパイでも雇われたんですか?」
「忍者部部長の服部が情報を掴んで来たのだ」
「そんな部活があったんですね」
「ちなみに服部という名前にルビを振る場合、服のみを『はっとり』と読み、部は発音しない」
生徒会長はそんなトリビアを披露すると、コンジョーくんを見つめた。
「段田紺青くん──。聞いたところによると、キミは根性で『なんでもできる』そうだね?」
「あはい!」
話を聞いていなかったようで、ふいを突かれて慌てたような声をコンジョーくんがだした。
「なんでもっていうのは……あの……その……やる気次第でですが……」
「英愛学園が構築したようなものと、同じようなプログラムを作ってくれと言ったら……できるか?」
「な……、何の話だ?」
コンジョーくんが助けを求めて聞いてきたので、あたしは一から教えてあげた。
うんうんと真剣な顔で聞いてくれてから、「あー」と声をあげ、生徒会長の問に答える。
「無理でしょうね!」
「なんだい。根性ってのはその程度のものか?」
生徒会長が煽る。
「だって俺、勉強もスポーツも苦手だし」
「根性でなんでもできるんじゃなかったのか? ちなみにキミ……成績は学年でどのぐらいだ?」
「中の下ってところだな」
ハハハとコンジョーくんが笑う。
「……無駄足だったようだな」
生徒会長が立ち上がった。
「やはり根性などという非科学的なものに頼ろうと思った自分がバカだったようだ。失礼するよ」
「殿!」
いつの間にかあたしたちの足下にいた忍者が、隠していたドーナツセットの中からポン・デ・ショコラを取り出し、生徒会長に差し出した。
「あたためておきましたぞ!」
「服部……」
さっき言ってた忍者部の服部部長のようだ。手が溶けたチョコレートでビチョビチョになっている。
「そのドーナツすべて没収しろ」
服部部長はチョコまみれの手で箱ごと持ち上げると、時空の裂け目に入り込むようにシュッ! と消えた。
色んなひとがいるものだなぁ……とあたしは思った。
「それじゃ、失礼するよ、根性部の諸君。昭和の根性論などより江戸時代の忍者のほうがよっぽど役に立つ」
扉を開け、出ていく生徒会長の背中に、梓ちゃんが悲しそうに手を伸ばした。
「ど……、ドーナツ返せ……」
「おい!」
柏木くんがコンジョーくんに言う。
「悔しくないか? あんなこと言われて──」
「ちっとも?」
コンジョーくんは隠してたらしいポン・デ・リングをどこかから取り出すと、もちっと齧った。
「俺は大切な誰かのためにしか根性が湧き上がらんからな。生徒会長のために湧き上がるわけないだろ」
あたしはちょっと考えてから、言った。
「でも……そんなプログラムがあるんじゃ、来年の受験志望者は英愛学園に殺到するんじゃないかな、学区を超えてでも──」
「ん?」
コンジョーくんはもぐもぐとドーナツを呑み込むと、聞いた。
「嫌か? 朝日奈笑」
「うーん……」
あたしはまたちょっと考えてから、答えた。
「ちょっと嫌かも?」
「じゃあ、俺がなんとかしよう!」
コンジョーが胸をどん! と叩くと、口からちょっとドーナツ屑が飛び出した。
「根性を出せばできないことはない!」




