親友の根性(神崎梓視点)
マイクで喋る玉国生徒会長の声が、第一体育館に響き渡った。
『さぁっ! 今年も始まりました、毎年恒例【部活対抗大食い大会】!』
観客は全校生徒だ。
生徒会長のことばにワッと盛り上がった。
壇上には長机とパイプ椅子が置かれ、16人の即席フードファイターがずらりと横に並んでる。
その中にちっちゃな身体の親友の姿があった。
あの日、自分が出場すると言いだした笑を、私はまず冗談だと思い、笑った。
でもすぐに本気だとわかった。
私は親友を叱った。
「やめなさい! それこそ笑のちっちゃなカラダが爆発しちゃうよ! 何より親友の私を心配させるな!」
「大丈夫だよ、梓ちゃん」
親友はにこっと笑った。
「無理はしないよ。あたし、コンジョーくんと違って普通の人間なんだから」
横から柏木が言った。
「でも朝日奈さんじゃ、優勝が……」
「うん。たぶん優勝はできないけど、根性部の名前をお披露目することにはなるよ」
そう言って、親友は自分の胸をぽん! と叩いた。
「何より根性部の副部長として根性は見せてみせる! 見てるひとが思わず感動するような、そんな戦いっぷりを見せてみせるよ!」
「あ……、朝日奈笑……」
コンジョーくんが泣いた。
「……わかった! おまえを信じてみる!」
そして今、一皿目の料理が長机に運ばれた。
麻婆豆腐だ。
横から柏木が私に聞く。
「辛いの大丈夫なの、朝日奈ちゃんは?」
私はよく知っていた。
「むしろ大好物ね……。一緒に『日本一辛い麻婆豆腐』を食べに行って完食したことがあるわ。私には無理だったけど」
コンジョーくんはその向こうで拳を握りしめ、心配そうに壇上を見つめている。心の中で応援の念を送っているようだ。
玉国生徒会長のマイクの声が響き渡る。
『えー、これは大食い大会ですが、食べる早さも重要となります。一皿ごとに、一番完食するのが遅かったひとから脱落してもらいます』
ゴングが鳴った。
笑はレンゲを素速く手に取ると、麻婆豆腐を口に入れた。
「ンー!」と美味しそうな笑顔を上げてから、凄いスピードでハシュハシュと連続で料理を口の中へ消していく。
早食い競争じゃないんだよ!
もっとゆっくり食べなって!
『おーっと! これは凄い!』
玉国生徒会長がマイクで実況する。
『根性部の朝日奈さん、凄いスピードです! でも、ちょっと頑張りすぎじゃない? 根性見せてるの? さすが根性部?w』
観客が口々にバカにするように笑う。
「根性部?」
「そんな部活あったっけ?」
「なんだよ根性部ってww」
「根性があればなんでもできるっていうの? 時代錯誤だよ」
「昭和か!」
「……見せろ、朝日奈笑」
コンジョーくんが低く呟くのが聞こえた。
「おまえの根性をみんなに見せてやれ!」
「ところで朝日奈ちゃんって、ごはんはたくさん食べるほう?」
いちいち柏木が私に話しかけてくる。
仕方なく答えてやった。
「ふつうよ。まぁ、カラダがちっちゃい割にはよく食べるかな」
一皿目が終わった。
辛いのが無理だったらしく、空手部の逞しい男子が完食できずに脱落していった。
二皿目は酢豚。
三皿目は餃子。
四皿目はラーメン。これは結構重そうだ……。
五皿目のあんかけチャーハンまで食べきると、明らかに笑の顔に疲れが浮かんできた。
六皿目の八宝菜を口に運びながら目がうつろになっている親友のことを、とても私は直視していられなかった。
手を合わせ、強く握りしめ、祈った。
どうか神様……、心配で壊れそうな私を抱きしめてください──
横から安心させてくれるように、そっと私の肩を抱く手があった。
見ると柏木が、顔は壇上を見つめながら、背中から腕を回して私の肩を抱いてくれている。その温かい手が、『大丈夫だ』というように、ぽんぽんと私の肩を優しく叩く。
蹴って退けた。
笑が八宝菜を完食した。危うく二番目に遅い完食だった。
肩で息をしてる──
見ちゃいらんない!
『それでは七皿目は……』
玉国生徒会長がマイクで告げる。
『青椒肉絲です!』
ゴォーん! と銅鑼の音が鳴る。
運ばれてきたのは、量はそれほど大盛りとはいえないまでも、お皿にたっぷりと盛られたアレだった。
記憶にある。
一緒にショッピングモールのフードコートで食事をした時、日替わりランチを注文したら、青椒肉絲定食みたいなのが出てきた。
笑は見事な箸さばきでピーマンだけ避けて食べていた。
リタイヤしてもいいんだよ?
あんたはピーマンが大の苦手なんだから!
しかし笑は自分の前に置かれたソレを見て、不敵な笑いを浮かべた、滴る汗とともに──
『それでは、スタート!』
会長のマイクの声をはねのけるように、笑の生声が体育館に轟き渡った。
「根性ーーーー!!!」




